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番外編
アルヴァン⑩
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グローリア様が幽閉されると、俺の周辺は一気に静かになった。何度かグローリア様のことで事情聴取を受けたが、答えられることは少なかった。周りは俺が相談を受けていると思っていたようだったが、俺だって夜会の後に人伝に聞いたくらいだったのだ。
「ヴィオラが、婚約?」
「ああ。ラファティ国で発表があったと聞いた」
彼女が婚約したとマーカスが教えてくれた。相手はグローリア様が婚約を望んでいたラファティの第三王子で、その事に驚かずにはいられなかった。第三王子は秀麗な容姿を持ち常ににこやかな表情を浮かべていたが、令嬢に囲まれても嬉しそうではない姿が印象に残っていた。そんな彼がどうしてヴィオラを……と疑念と不安が過った。
だが、その不安はその後に行われた夜会で、あの二人の姿を見て霧散した。引き攣った笑顔を浮かべながらエスコートされるヴィオラは想像通りだったが、第三王子は蕩ける様な笑みを彼女に向けていたのだ。その様子からは、彼女をとても大事に思っているのが伝わってきた。
(あんな目を、彼女に向けたことはなかったな……)
その視線は、マーカスが婚約者に向けているものと同じだった。将来の伴侶だと思っていた彼女は、今にして思えば恋する相手ではなかった。それは貴族としては珍しくもないことで、ヴィオラも恐らくそうだったのだろう。
第三王子は彼女の側を離れず、その表情は今までの張り付いた笑顔とは全く別物だった。そんな二人の様子に、寂しさと重い荷物を下ろした時の安堵感に近い何かを感じていた。
俺にとって一つの区切りとなった夜会では、その後、更に俺の人生を変える事件が起きた。泥酔してヴィオラや第三王子に絡み始めたオスニエル殿を諫めようとしたところ、彼に刺されそうになったのだ。そして、彼の凶刃から俺を庇ったのは、意外にもアメリア嬢だった。
「アメリア嬢、どうして……」
「オスニエル様が……申し訳、ございません……」
彼女は婚約者の暴走を止めようと、身を挺して俺を守ってくれた。この事件でオスニエル殿は逮捕され、彼の罪の数々が明るみになった。あの場でラファティの王子に媚薬を盛ったことを白状したのが大きかっただろう。相手がラファティの王族であれば誤魔化すことも揉み消すことも出来ない。お陰で俺とマーカスの悲願だった令嬢襲撃の犯人も捕まった。
それから一年が経った。あの後、王妃様がグローリア様を殺害して自死を試み、その騒動に心身ともに疲弊した国王陛下が病気を理由に療養に入られるなど、我が国は落ち着かない状態が続いた。
「アルヴァン、俺は近衛を辞める」
「本懐を遂げたからか?」
「ああ。もう一度彼女に求婚するんだ」
「そう、か」
婚約が白紙になってからも、マーカスは元婚約者に手紙を送っていた。後継者の地位を弟に譲り、領地で彼女と一緒に弟を手伝うつもりだと言う。それなら社交の場に出る必要もないからと。
「お前は、どうするんだ?」
「……俺もだ。婿入りする」
「……アメリア嬢か」
「ああ」
あの夜会からアメリア嬢との個人的な交流が始まった。傷を負った彼女を度々見舞っていたのが始まりだった。消えない傷を負い、婚約者が罪人として処刑された彼女は、マセソン公爵家の傍流としても世間から風当たりが強くなっていた。跡取り娘として誰かを婿に迎えなければならないが、その可能性は絶望的だった。
「本当にいいのか?」
「ああ。もう決めたんだ」
昔から俺が好きだったのだと言われて、熱のこもった視線を向けられて、心が動いた。ヴィオラに感じていたほどの情もなく、庇ってくれた事への恩と傷を負わせた責任が殆どだった。それでもいいかと問えば、彼女は泣いて喜んでくれた。
(これが恋なのか……)
自分には経験がのないその熱に、興味を持ったのが一番の理由かもしれない。
一方で彼女がカインを唆して、ヴィオラとの仲を壊したことを俺は知っていた。そして彼女も、俺がその事を知っていることを知っている。わだかまりがあるのは否めなかった。
「幸せになれよ」
「そのつもりだ」
この先どうなるのか俺にもわからない。だが、貴族の結婚は政略で、最初から相愛の方が珍しい。だったらこれから時間をかけて、少しずつ歩み寄ればいいと思う。
近いうちに俺も近衛を辞めて、ヘンリット伯爵から事業と領地経営を学ぶことが決まっている。子供の頃に憧れた近衛騎士は、思っていたのとは真逆の世界だった。今、胸に占めていたのは夢から離れる寂寥感ではなく、そこから解放される安堵感だった。
「ヴィオラが、婚約?」
「ああ。ラファティ国で発表があったと聞いた」
彼女が婚約したとマーカスが教えてくれた。相手はグローリア様が婚約を望んでいたラファティの第三王子で、その事に驚かずにはいられなかった。第三王子は秀麗な容姿を持ち常ににこやかな表情を浮かべていたが、令嬢に囲まれても嬉しそうではない姿が印象に残っていた。そんな彼がどうしてヴィオラを……と疑念と不安が過った。
だが、その不安はその後に行われた夜会で、あの二人の姿を見て霧散した。引き攣った笑顔を浮かべながらエスコートされるヴィオラは想像通りだったが、第三王子は蕩ける様な笑みを彼女に向けていたのだ。その様子からは、彼女をとても大事に思っているのが伝わってきた。
(あんな目を、彼女に向けたことはなかったな……)
その視線は、マーカスが婚約者に向けているものと同じだった。将来の伴侶だと思っていた彼女は、今にして思えば恋する相手ではなかった。それは貴族としては珍しくもないことで、ヴィオラも恐らくそうだったのだろう。
第三王子は彼女の側を離れず、その表情は今までの張り付いた笑顔とは全く別物だった。そんな二人の様子に、寂しさと重い荷物を下ろした時の安堵感に近い何かを感じていた。
俺にとって一つの区切りとなった夜会では、その後、更に俺の人生を変える事件が起きた。泥酔してヴィオラや第三王子に絡み始めたオスニエル殿を諫めようとしたところ、彼に刺されそうになったのだ。そして、彼の凶刃から俺を庇ったのは、意外にもアメリア嬢だった。
「アメリア嬢、どうして……」
「オスニエル様が……申し訳、ございません……」
彼女は婚約者の暴走を止めようと、身を挺して俺を守ってくれた。この事件でオスニエル殿は逮捕され、彼の罪の数々が明るみになった。あの場でラファティの王子に媚薬を盛ったことを白状したのが大きかっただろう。相手がラファティの王族であれば誤魔化すことも揉み消すことも出来ない。お陰で俺とマーカスの悲願だった令嬢襲撃の犯人も捕まった。
それから一年が経った。あの後、王妃様がグローリア様を殺害して自死を試み、その騒動に心身ともに疲弊した国王陛下が病気を理由に療養に入られるなど、我が国は落ち着かない状態が続いた。
「アルヴァン、俺は近衛を辞める」
「本懐を遂げたからか?」
「ああ。もう一度彼女に求婚するんだ」
「そう、か」
婚約が白紙になってからも、マーカスは元婚約者に手紙を送っていた。後継者の地位を弟に譲り、領地で彼女と一緒に弟を手伝うつもりだと言う。それなら社交の場に出る必要もないからと。
「お前は、どうするんだ?」
「……俺もだ。婿入りする」
「……アメリア嬢か」
「ああ」
あの夜会からアメリア嬢との個人的な交流が始まった。傷を負った彼女を度々見舞っていたのが始まりだった。消えない傷を負い、婚約者が罪人として処刑された彼女は、マセソン公爵家の傍流としても世間から風当たりが強くなっていた。跡取り娘として誰かを婿に迎えなければならないが、その可能性は絶望的だった。
「本当にいいのか?」
「ああ。もう決めたんだ」
昔から俺が好きだったのだと言われて、熱のこもった視線を向けられて、心が動いた。ヴィオラに感じていたほどの情もなく、庇ってくれた事への恩と傷を負わせた責任が殆どだった。それでもいいかと問えば、彼女は泣いて喜んでくれた。
(これが恋なのか……)
自分には経験がのないその熱に、興味を持ったのが一番の理由かもしれない。
一方で彼女がカインを唆して、ヴィオラとの仲を壊したことを俺は知っていた。そして彼女も、俺がその事を知っていることを知っている。わだかまりがあるのは否めなかった。
「幸せになれよ」
「そのつもりだ」
この先どうなるのか俺にもわからない。だが、貴族の結婚は政略で、最初から相愛の方が珍しい。だったらこれから時間をかけて、少しずつ歩み寄ればいいと思う。
近いうちに俺も近衛を辞めて、ヘンリット伯爵から事業と領地経営を学ぶことが決まっている。子供の頃に憧れた近衛騎士は、思っていたのとは真逆の世界だった。今、胸に占めていたのは夢から離れる寂寥感ではなく、そこから解放される安堵感だった。
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