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番外編
アルヴァン⑨
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俺もマーカスも、嫌な予感に囚われていた。この件を摘発したのはいいが、彼らを主導しているのはオスニエル殿ではないかと、この時の俺とマーカスは考えていた。ハガード公爵令嬢には簡単に手が出せないが、ヴィオラなら……と彼らが考えるだろうことは容易に予測出来た。
「どうしてヴィオラが……」
「危険、だな」
ヴィオラが狙われるかもしれない、との焦りから、俺はクリスに連絡を取る事にした。
この時の俺は、グローリア様のことなどどうでもよくなっていた。むしろグローリア様がいなくなればヴィオラが安全になる、そんな風に考えていたくらいだった。
久しぶりに会ったクリスからは、もう以前のような気安い空気は感じられなかった。大事な妹を悲しませた俺を許せないのだろう。俺自身もまだ俺を許せないから、その気持ちはわからなくもないし、許されたいとも思っていなかった。
「クリス、頼む。ヴィオラの身辺に気を付けて欲しい」
「……どういうことだ?」
「まだ証拠がないから、はっきりした事は言えない。だが……先日の夜会の件で、犯人が彼女を狙う可能性がある」
「夜会の件……媚薬のことか?」
「ああ。俺は今、その犯人を追っている。容疑者は上位貴族で権力もある。厄介な相手だ」
暫くの間考え込んだクリスだったが、幸いにも拒絶されることもなく分かったといってくれた。何か思うところがあるのだろうか。だが、それを話しあう関係はとっくに崩れていた。壊したのは俺だから仕方がない。
「……念のために言っておく。ヴィオラのことは諦めてくれ」
言い難そうにそう告げたクリスの言葉は、思ったほど心を乱さなかった。確かにヴィオラなら直ぐにでも次の婚約者が決まる可能性はあった。彼女は気性も穏やかで優秀だし、何と言っても侯爵家の令嬢だ。どこに出しても恥ずかしくないことは、俺だってよくわかっていた。
「……わかっている」
「妹には求婚者がいる。格上で、断れる相手じゃないんだ」
侯爵家の彼女が断れないなら、公爵家か王族だろうか。だが、我が国に彼女の相手となる王族はいない。未婚はハロルド殿下だが、彼には既に婚約者がいる。だったら公爵家だろうか……そう思たったところで、一つの懸念が湧いた。
「格上……彼女は嫌がっているのか?」
彼女は高位貴族の堅苦しさや貴婦人特有の腹の探り合いのような社交を苦手としていた。だから貧乏くじとも言える俺との結婚を喜んでくれていたのだ。そんな彼女が格上の相手からの求婚を是とするだろうか。
「嫌がってはいない、と思いたい」
「そうか」
クリスの表情から、中々難しい相手なのが伺えて心配になった。一方でショックを受けていない自分に驚いた。
「彼女なら、格上の相手でも問題ないだろう」
「……そう願っている」
クリスは不安を感じているようだったが、それが何なのかまでは聞くことは出来なかった。聞いてもよかったのかもしれないが、もうそんな関係ではない。それを壊したのは自分なのだから。
それから暫くして、思いもよらないことが起きた。グローリア様がご自身の送別会の夜会で、あろうことかラファティの第三王子に求婚したと言うのだ。近い未来にハイアットの王子との結婚が決まっていて、その場にその相手がいたのに、だ。
これにはラファティの王太子殿下や第三王子、ハイアットの婚約者である王子や大使たちが強い不快感を表して、我が国は一気に窮地に陥った。下手をすれば戦争に繋がりかねない暴挙だが、グローリア様は両国の関係にはそれは一番だと主張したと言うのだ。
「グローリア様は、何をお考えなのだ……」
マーカスにそう尋ねられたが、それなりに理解できるようになったと思っていた俺でも、今回の件は理解出来なかった。言う相手も、タイミングも、何もかもが最悪だ。
この件でグローリア様は王宮内にある離宮に軟禁されることになり、数日後には流行り病を得たと発表された。グローリア様に近い侍女や護衛は遠ざけられ、厳重な監視下に置かれ、更に数日後にはハイアットの王子との婚約は白紙になり、グローリア様は王領で療養するとの発表が続いた。事実上の幽閉だった。
「どうしてヴィオラが……」
「危険、だな」
ヴィオラが狙われるかもしれない、との焦りから、俺はクリスに連絡を取る事にした。
この時の俺は、グローリア様のことなどどうでもよくなっていた。むしろグローリア様がいなくなればヴィオラが安全になる、そんな風に考えていたくらいだった。
久しぶりに会ったクリスからは、もう以前のような気安い空気は感じられなかった。大事な妹を悲しませた俺を許せないのだろう。俺自身もまだ俺を許せないから、その気持ちはわからなくもないし、許されたいとも思っていなかった。
「クリス、頼む。ヴィオラの身辺に気を付けて欲しい」
「……どういうことだ?」
「まだ証拠がないから、はっきりした事は言えない。だが……先日の夜会の件で、犯人が彼女を狙う可能性がある」
「夜会の件……媚薬のことか?」
「ああ。俺は今、その犯人を追っている。容疑者は上位貴族で権力もある。厄介な相手だ」
暫くの間考え込んだクリスだったが、幸いにも拒絶されることもなく分かったといってくれた。何か思うところがあるのだろうか。だが、それを話しあう関係はとっくに崩れていた。壊したのは俺だから仕方がない。
「……念のために言っておく。ヴィオラのことは諦めてくれ」
言い難そうにそう告げたクリスの言葉は、思ったほど心を乱さなかった。確かにヴィオラなら直ぐにでも次の婚約者が決まる可能性はあった。彼女は気性も穏やかで優秀だし、何と言っても侯爵家の令嬢だ。どこに出しても恥ずかしくないことは、俺だってよくわかっていた。
「……わかっている」
「妹には求婚者がいる。格上で、断れる相手じゃないんだ」
侯爵家の彼女が断れないなら、公爵家か王族だろうか。だが、我が国に彼女の相手となる王族はいない。未婚はハロルド殿下だが、彼には既に婚約者がいる。だったら公爵家だろうか……そう思たったところで、一つの懸念が湧いた。
「格上……彼女は嫌がっているのか?」
彼女は高位貴族の堅苦しさや貴婦人特有の腹の探り合いのような社交を苦手としていた。だから貧乏くじとも言える俺との結婚を喜んでくれていたのだ。そんな彼女が格上の相手からの求婚を是とするだろうか。
「嫌がってはいない、と思いたい」
「そうか」
クリスの表情から、中々難しい相手なのが伺えて心配になった。一方でショックを受けていない自分に驚いた。
「彼女なら、格上の相手でも問題ないだろう」
「……そう願っている」
クリスは不安を感じているようだったが、それが何なのかまでは聞くことは出来なかった。聞いてもよかったのかもしれないが、もうそんな関係ではない。それを壊したのは自分なのだから。
それから暫くして、思いもよらないことが起きた。グローリア様がご自身の送別会の夜会で、あろうことかラファティの第三王子に求婚したと言うのだ。近い未来にハイアットの王子との結婚が決まっていて、その場にその相手がいたのに、だ。
これにはラファティの王太子殿下や第三王子、ハイアットの婚約者である王子や大使たちが強い不快感を表して、我が国は一気に窮地に陥った。下手をすれば戦争に繋がりかねない暴挙だが、グローリア様は両国の関係にはそれは一番だと主張したと言うのだ。
「グローリア様は、何をお考えなのだ……」
マーカスにそう尋ねられたが、それなりに理解できるようになったと思っていた俺でも、今回の件は理解出来なかった。言う相手も、タイミングも、何もかもが最悪だ。
この件でグローリア様は王宮内にある離宮に軟禁されることになり、数日後には流行り病を得たと発表された。グローリア様に近い侍女や護衛は遠ざけられ、厳重な監視下に置かれ、更に数日後にはハイアットの王子との婚約は白紙になり、グローリア様は王領で療養するとの発表が続いた。事実上の幽閉だった。
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