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番外編

アルヴァン⑧

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 マーカスから聞いた話は、俺の予定を変えるに十分だった。もう近衛騎士を辞めて普通の騎士に戻ろう、そう思っていた俺だったが、マーカスの婚約者を襲った連中を捕まえることを次の目標にすることにした。グローリア様に心酔する先輩騎士や上司、そして取り巻きたち。彼らへの恨みがその原動力になったのは言うまでもない。こんな思いで騎士を続けることなど以前の自分には考えられなかったが、ヴィオラとの未来を奪われた俺は怒りや後悔をぶつける先を欲していたのだと思う。

「辞めたいと言われた時はどうしようかと思ったのだけれど……こうしてアルヴァンが戻ってきてくれて嬉しいわ」

 笑顔でそう告げたグローリア様に、俺の心が一層冷え込むのを感じた。この方が何かをしたわけではないが、彼らを増長させた一端があるのも事実だ。自分は無関係だと言わんばかりの態度に、婚約破棄などなかったかのような言動に、静かに怒りが燃えるのを感じた。

「アルヴァンの婚約者の方にお会いしましたの」

 一番俺を苛立たせたのは、グローリア様がヴィオラに会って婚約破棄の撤回を求めたと聞かされた時だった。どの面下げてその様なことを……と言いたくなったし、余計なことをしてくれたと思わずにはいられなかった。これまであった情までも全て消え去るほどだ。この方が他人の気持ちを推し量るのは無理だな、と俺の中に残っていた最後の希望が消えた時でもあった。


 ラファティでの一件も、王家はあまり深刻に受け止めていなかったのか、そのことを問題視する声がなかった。ラファティ王に不興を買ったのに大丈夫なのか、との思いが過る。

 王太子殿下に呼ばれたのは、そんな時だった。

「グローリアのラファティでの様子を教えて欲しい」

 唯一、王太子殿下だけは事の重要性を理解していたらしく、俺は同行した時に見聞きしたことを全て話した。最も、あちらでは俺たちの出番は多くはなく、表立った場面に俺が出る事もなかっただけに、その内容は微々たるものだったと思う。

「婚約破棄の件、すまなかった」

 そう言って王太子殿下に頭を下げられた時には驚きしかなかった。王族が軽々しく頭を下げるべきではないし、そもそも殿下には関係のないことだったからだ。

「私がグローリアに付いて欲しいと頼んだのが、そもそも間違いだった」
「その様なことはございません」
「しかし、婚約破棄が成立してしまった。父上も父上だ。アルヴァンが帰国するまで待つべきだったのに……」

 殿下はせめて両者で話し合いをしてからにすべきだと考えていたと仰った。確かに話し合いの機会が欲しかったし、自分が不在の時に許可した陛下には思うところはある。陛下はグローリア様に甘く、俺がグローリア様のお気に入りだとご存じだから、これ幸いにと許可したのかもしれない。

「それにしても、このままあれに仕えていいのか? 嫌なら希望の部署への異動を私からも口添えするが」
「ご厚情ありがとうございます。でも、大丈夫です」
「そうか……」

 王太子殿下は納得されていなかったが、もしかしたら間接的にヴィオラを守れるかもしれない。そう思うと今グローリア様の元を離れるのは得策ではないとの思いは変わらなかった。
 実際、婚約破棄された後は、グローリア様を崇める先輩方や取り巻きの俺への態度が変わっていた。前のような敵視する視線は鳴りを潜めた。何と言うのだろうか、自分たちの仲間に加わったと言いたげな物言いをされることが増えてきたのだ。反吐が出るが、これでマーカスに協力しやすくなるだろう。その思いだけがぎらつく怒りを押しとどめてくれた。



 それからの俺は、今まで通りグローリア様に仕えながら、マーカスと証拠集めに奔走した。元々取り巻きの令息たちは不正ギリギリの暴力沙汰を起こしたり、侍女に関係を迫ったりとろくでもないことをしていたので、その証拠は割と簡単に集まった。
 だが、一番の黒幕とみられているマセソン公爵家の令息は、噂の割には証拠を残さず、中々手強かった。彼は王妃様の甥という立場もあって取り巻きの中で最も力があり、彼らを動かしていたのが彼なのは明白だったが、警戒心が強いのか、中々尻尾を出さなかった。

 歯がゆさを感じる日々が続く中、事件が起きた。夜会で令嬢が媚薬を盛られたのだ。そしてその令嬢を助けたのが、ハガード公爵令嬢とヴィオラだったと聞いて、俺は言いようのない焦燥感を抱えることになった。


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