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番外編

アルヴァン①

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「アルヴァン、頼む。グローリアの護衛を頼まれてくれないか?」

 王太子殿下からそう言われたのは、俺が十八の頃、国王陛下主催の夜会が開かれた直後だった。グローリア様は御年十五歳、愛らしく可憐な容姿に、穏やかな物言い、王族としての公務も積極的で、王女の中の王女と讃えられる方だった。

「私が、ですか?」
「ああ、国王陛下のご意向なんだよ。この前の夜会でグローリアを諫めてくれただろう?」
「それは……」

 それは偶然だった。夜会の警護を命じられていた俺は、たまたま庭でグローリア様を見かけたのだ。侍女も誰もつれずに一人でいるのを訝しく思った俺は直ぐにその後を追った。

「殿下。このような場に一人でいらしては、あらぬ疑いを持たれます」
「大丈夫よ。庭が綺麗だからちょっと見てみたかっただけだもの」

 そう仰るが、この庭は逢瀬や密会に使われるのが暗黙の了解で、未婚の令嬢が踏み込んでいい場ではなかった。仕方なく実際の使い方と、この後誰かに見られた場合に起こり得る事態を丁寧に説明したところ、ようやく理解頂けたのか会場に戻って下さった。たったそれだけのことだ。

「グローリアは少々足りないところがあってね。どうしてダメなのかを教えてくれた者は今までいなかったと言うんだよ。だから君に側に居て欲しいそうだ」
「しかし……」
「長くてもあれがハイアットに嫁ぐまでだ。私もあれに思うところはあるんだが、つきっきりともいかない。君がいてくれると私も安心だ」

 そこまで言われてしまうと断れる筈もない。元々王家に仕えるのが騎士なのだ。こんな経緯を経て、私はグローリア様の専属騎士となった。



 王太子殿下の仰るように、グローリア様は少々ずれたところのある方だった。本音と建前がある事は理解されているが、それがどれなのかがわからないのだ。お陰で無用なトラブルが起きる、そんな感じだった。

「ありがとう、アルヴァン。あなたのお陰で失敗しなくてすんだわ」

 何度目かの指摘の後、にっこり笑ってそう言ったグローリア様だったが、彼女はご自身に完璧な王女たれと強く課していた。そこには王妃様の強いご要望があったのだろう。そのせいか、彼女は失敗を酷く恐れていた。何かと私に意見を求めるようになり、私はその都度丁寧に説明するようになっていった。

(ヴィオラもしっかりしていると思ったけど、上には上がいるんだな)

 グローリア様を見て思うのは同じ年の婚約者だった。ヴィオラはしっかりしているようでどこか抜けていて、そこが可愛らしくもあり微笑ましくもある。そんなヴィオラと、必死に大人になろうとしているように見えるグローリア様。仕える相手という以上の親しみを感じたのは、同じ年齢のせいなのだろうと思った。



「ヴィオラ様から手紙が来ていますよ」

 そう言って俺に一通の手紙を差し出したのはカインだった。渡された手紙に目を通すと、相変わらず報告書のような内容が綴られていた。検閲があると伝えたせいか一層そうなっているのもあるが、最近どこへ行って何をしたか、そんなことが箇条書きのように並んでいた。

「ヴィオラらしいな」

思わず苦笑が出てしまうが、ヴィオラは本当に手紙を書くのが苦手だった。でも、それでも一生懸命考えて書いてくれるのがヴィオラらしくて愛おしかった。



 グローリア様の護衛になった俺は、一層多忙になった。元々近衛騎士は忙しいが、グローリア様が何かにつけて俺をお呼びになるようになったからだ。理由は明白、不安だからだ。

「アルヴァン、ごめんなさい。お休みだったのに」
「いえ、それが私の役目でございますから」

 グローリア様も悪いとは思うのだろうが、一度気付いた不安は簡単には克服出来ないようだった。他の者では思うように説明出来ないらしく、いつも俺が呼ばれた。どうして俺が出来るかと言えば、その理由はヴィオラだった。子供の頃、何でもやりたがる彼女を止めるため、言葉を尽くし、例をあげて説明するのを繰り返していたからだった。



 グローリア様が十六歳になった後で開かれた夜会。俺はデビュタントを迎えるヴィオラと参加出来るのを楽しみにしていた。エスコートするとの手紙を送り、楽しみにしているとの返事も貰った。彼女は初めての夜会だからエスコートするのは婚約者の役目だ。なのに……

「夜会の警備、ですか?」
「ああ、反ハイアット派の一派が紛れ込んでいるとの情報があってね。ターゲットはグローリア様だ。だから警備を最大にして臨みたいんだ」

 その夜会はヴィオラのデビュタントだ。何とかその日だけはと上司にも交渉したが、俺の願いは叶わなかった。近衛騎士にとって王族の安全を守るのは最も優先すべきことだからだ。王太子殿下にも謝られてしまったが、命令を拒否することは出来なかった。



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