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天敵を撃退

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「ラーシュさん」
「シャナ、遅くなって申し訳ありません」
「いえいえ、大事なことみたいでしたから。もういいのですか?」
「勿論です。シャナよりも大事なことなんてありませんよ」

 どこまで本気で言っているのかわからないけれど、来てくれて助かったと思った。言葉は通じても常識が通じない二人の相手なんてしたくなかったからだ。
 第一、今更何の話があるというのだ。私には何もない。まぁ、一発殴ってやりたいとは思ったけど、手が痛くなるし、今となってはそんな価値すら見出せなかった。

「は? 誰だ?」
「やだ……イケメン……」

 二人が動揺しているのが聞こえた。視界の端に移ったのは、呆然としている一輝と、頬を染めてラーシュさんに見惚れる笠井だった。あまりにもわかりやすくて想定内の反応に、思わず笑いそうになったけど……

(ちょっと笠井! まさかラーシュさんまで誘惑しようってんじゃないでしょうね?)

 最悪の想像に、背筋が冷えるのを感じた。なんせ前科持ちなのだ。全く信用出来ない。

「ラーシュさん、早く帰りましょう」
「そうですね。それで、この者は?」

 ちら、と無表情に視線を向けたラーシュさんに、一輝は僅かに怯み、笠井はわかりやすく目を輝かせた。男好きだと言われていたけど、一輝が横にいるのにこれじゃ想像以上かもしれない。

「元の世界の、知人です」
「元の……というと、ラウロフェルの?」
「ええ、まぁ……」

 なるほど、とラーシュさんが呟いて再び二人を見ると、笠井は両手を胸の前で組んで、ウルウルした目でラーシュさんを見上げた。

「は、初めましてっ! 私、水谷先輩の後輩で笠井美優って言います。ミユって呼んでください」

 きゅるん♪と音がしそうな視線に、不安がずしっと重さを増した。ああ、この顔に一輝もやられたんだろう。

「あ、彼は水谷先輩の恋人の秋山一輝さんです」
「はぁ?」
「……恋人?」
「はいっ! そうですよね、先輩」

 そう言って邪気のなさそうな笑みを浮かべたけど、怒りが沸点寸前まで来ているのを感じた。

(こ、こいつ、ラーシュさんに乗り換える気ね。だから一輝のことを私の恋人だなんて……)

 自分から奪っていったんだから最後まで面倒見なさいよ! と思ったけど、そんなことよりもラーシュさんがどう思うかの方が大問題だった。

「ラーシュさん、違います。一輝は昔の恋人で、今の恋人はこの美優さんです。私、ラーシュさんに出会う直前にフラれたんです」
「昔の恋人、ですか?」
「ええ。彼女と浮気していたので、今は砂粒ほどの未練もありませんから」
「そうですか」

 心なしかホッとしたようなラーシュさんに、私もホッとした。ここははっきり言っておかないと、私の名誉に係わる。

「やだぁ、先輩ったらぁ~」

 そんな私の神経を逆なでる声がした。甘えた口調の笠井に、苛立ちが募る。

「浮気だなんて、そんな誤解ですよぉ~」
「どこが誤解なのよ? 私の誕生日に、二人で恋人宣言してたじゃない。好きになる心は誰にも止められないんでしょ?」
「そ、そんなこといいましたっけぇ?」

 この期に及んですっとぼけようなんて……どこまで厚顔無恥なんだ、この女は……こいつらと知り合いだった過去を抹消したくなった。

「一輝さん、ずっと先輩のこと心配していたんですよ。やっぱり一輝さんは先輩が一番なんですよ」
「私は一番どころか最下位よ。ううん、それよりも下かしら」
「……え?」

 空気みたいな存在になっていた一輝が声を上げた。なに、その思いもしなかったって顔は? 私が今でも想い続けているとでも思っていたの? 冗談でしょ?

「私、恋人がいるのに平気で浮気するような誠意の欠片もない人、大っ嫌いなの。他に好きな人が出来るのは仕方ないにしても、通す筋ってもんがあるでしょ? ちゃんと別れてから付き合うのが誠意ってものよ」

 私がそう言い切ると、一輝は目に見えて項垂れた。自覚はあったらしい。それはいいんだけど……

「やだ、先輩ったら……一輝さんが可哀相じゃないですか」
「へぇ? 恋人が誕生日に略奪女と仲良く現れて恋人宣言された私の方が、よっぽど可哀相だと思うけど?」
「そんなことが……」

 呆然とした声は、今度はラーシュさんだった。うう、こんな黒歴史知られたくなかったけど、このままじゃ笠井がラーシュさんを狙うのは明白だし……

「シャナ、帰りましょう」
「え、ええ」
「え? あ、あの、ちょっと……」

 そう言うとラーシュさんは私を抱き上げると、スタスタと歩きだしてしまった。笠井が追いかけようとしたけれど、私たちの間にアクアが飛び出して唸り声をあげると、さすがにそれ以上追いかけてくることはなかった。

(アクア、グッジョブ!)

 帰ったら思いっきり撫でて褒めてあげよう。そう思いながらも、私はラーシュさんがどう思ったかが心配で顔を見られなかった。





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