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突然現れた侵入者

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 目の前に突然現れた人物を私は茫然と見上げた。ラーシュさんが着ていたのと同じ深緑色のローブを纏い、フードまで被っているため顔しか見えないけれど……髪の色はわからないけれど、瞳は私の世界ではあり得ない赤紫色だった。

(うわ……いかにもファンタジーに出てくる美少年って感じ?)

 年は十七、八くらいだろうか……涼し気な顔立ちのラーシュさんとは別の系統の美形だ。この世界、美形の宝庫なのだろうか……

「あれ? あんまり怖がっていない?」

 私が明後日の方向に伺候を飛ばしていたせいか、美少年が少し戸惑った風な表情に変わった。私と彼の間では、アクアが敵意丸出しで唸り声をあげていた。いつ飛び掛かってもおかしくないほどの臨戦態勢で、その姿はまさに番犬だ。かなりの警戒っぷりに、彼がラーシュさんから歓迎されない類いの人物かもしれないと感じて、急に恐怖心が湧き上がった。

「……どなたですか?」

 出てきた声は思ったよりも低いものだった。それでも震えていなかったのは年上としての矜持だろうか。
 ラーシュさんはこの家の周辺には結界を張ってあると言っていた。ということは、彼はその結界を無視して侵入してきたわけで、もしかするとラーシュさんよりも強いかもしれない。それに、アクアの様子からして敵なのかもしれない。そう思うと思わず手に力が籠った。

「ふふっ、僕はトーレ。魔術師だよ」
「魔術師?」
「そう。ラーシュと同じね」

 そう言って浮かべた笑みはとても綺麗だったけれど、何故かぞっとする酷薄さを感じた。美形なだけに余計にそう感じたのだろうか。

「何の御用ですか? ラーシュさんは今留守ですけど」
「だろうね。だから来たんだよ。彼、最近全く顔を出さないし、何か隠しているっぽかったから」

 私に構い倒していたけど、もしかして仕事をさぼっていたのだろうか。それで同僚が腹を立てて苦情を言いに来たとか?確かに仕事をさぼるのはよくないけど、だからと言って他人の家に不法侵入もどうかと思う。それとも、それくらい気安い間柄なんだろうか。

「それにしても、ラウロフェルの民かぁ。見つけたら国に届け出ないとダメなのに、あいつったら……」

 そう言えば保護する義務があると言っていたっけ。それは国に報告するという意味でもあったのかもしれない。となれば、ラーシュさんは報告義務違反とかになってしまうのだろうか。恩人にそんな罪状を付けたくない。

「そ、それは、私が待ってほしいとお願いしたからです」

 別に嘘はついていない、と思う。足が治るまではここで療養して……と思っていたし。

「ふぅん、そっかぁ。でも、ラウロフェルの民の意思なんて関係ないんだけどね」
「え?」

 納得してくれたかと思ってホッとする間もなく、彼の口から出た言葉は何だか物騒な物だった。

「ラウロフェルの民は国が管理しなきゃいけないんだよ。見つけたらすぐに報告。これ基本ね」
「基本って……」
「君らは僕たちにとって未知の存在で脅威にもなるんだ。だったら野放しになんか出来ないじゃないか」
「え?」

 彼の口調は相変わらず友好的な成分が含まれていなかった。

(脅威で野放しに出来ないって……じゃ、私はこの先の人生、国に管理されるって事? それって……)

 女神に背いた神に従った民として、どこかに幽閉されるのだろうか。そんな想像に背筋を冷たい何かがぞわりと撫でた。

「さ。一緒に来て貰おうか。見つけちゃった以上、このまま野放しになんか出来ないからね」
「え?」

 そう言って彼が一歩踏み出すと、ずっと威嚇していたアクアが彼に飛び掛かった。

「うわぁ!!!」

 次の瞬間、侵入者の周りで小規模な爆発のようなものが起きて、彼の周りが白い煙のようなもので覆われた。

「アクア?!」

 何が起きたのかわからず、それでも私を守ろうとしてくれたアクアの名を呼んだ。私を守ろうとしてくれるのは嬉しいけれど、だからと言って怪我なんかして欲しくない。

「っ!」

 もどかしいのは未だに動かない足だった。これがなければアクアの元に駆けつけるのに。ベッドの端まで動いて立ち上がろうとしたけれど、慌てたせいかベッドからずり落ちそうになった。

(お、落ちる!)

 運悪く顔から落ちてしまった。痛みに備えるべく目を閉じたけれど、その瞬間は二秒経っても訪れなかった。

(え?)
「シャナ!」

 混乱する私に、嗅ぎ慣れた優しい香りと、何とも表現しようのない嫌な臭いに同時に包まれた。この声って……

「ラ、ラーシュさん?」
「ラーシュ?!」

 私が彼を呼ぶ声に、もう一人の声も重なった。



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