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歩いても歩いても……
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そして話は冒頭に戻る。
「確か……レストランにいた、のよね……」
周囲は見知らぬ森の中。自分を見下ろすと着ているのは新調したばかりのワンピースとカーディガンで、直ぐ側にバックが落ちていてその存在にホッとした自分がいた。スマホを取り出すと日付は今日のままで、時間は二十時十五分と表示されているから、そんなに時間が経ったわけではなさそうだ。スマホは圏外を示していて、それに背筋に悪寒が走った。
(そ、そう言えば、一輝は……)
急に心細くなったせいか、あの二人の存在を思い出した。縋る思いで周囲を見渡したけれど、彼らどころか人の気配すらない。顔なんか見たくないけれど、この状況ではあんな奴らでもいないよりはマシなのに……そう思ったけれど、聞こえるのは風にそよぐ葉擦れの音だけだ。
(やだ……何がどうなっているのよ……)
都会のど真ん中にいたのに、いきなり見知らぬ森の中なんて……これではまるでSF映画みたいじゃないか。宇宙人が襲い掛かかってくるとか、互いに殺し合う情況を強いられるとか、そういうんじゃない、よね?
そんな怖すぎる予感に暫くその場を動けなかったけれど、さすがにこのままではマズいと思って移動することにした。スマホは夜の八時を指しているけれど、ここはまだ日が出ている。それでも鬱蒼と暗いのだ。夜になったらあっという間に真っ暗になって、歩くこともままならないだろう。
(でも、どっちに行けば……)
いざ移動しようにも、どっちを向いても木・木・木……しかも樹齢何百年もありそうな大木ばかりで、それはここがかなり深い森か山の中なのを示していた。
「ガサっ」
ふと、斜め後ろの藪から草を踏むような音がして、飛び上がりそうになった。息を凝らしてじっと様子を窺ったけれど、何かが出てくる様子はなかった。ほっと息をついたけれど、恐怖心が増すばかりだ。藪は何か出てきそうだから怖いので、その反対方向に向かうことにした。
それからどれくらい歩いただろう……足は靴擦れが出来て痛いし、あちこちに擦り傷も出来てきた。どれくらい時間が経ったのかが気になって、スマホを取り出した。
(嘘……さっき見た時から時間、変わっていない?」
その後三回繰り返したけれど、時間は八月二十二日の二十時十五分で、圏外のままだった。電波が届くところに出ても、電池が切れていたら意味がない。私は迷ったけれど電源をオフにした。
(はぁ……どうしてこんな目に遭わなきゃいけないのよ……)
歩いても歩いても同じような景色が続くばかりだ。疲れたし、お腹も空いた。昨夜は眠れなかった上に一日しっかり働いた後だから、今にも倒れそうだ。お昼ご飯を食べた後は何も食べていなし、チビチビ飲んでいる水筒の水も残り少なくなっている。
(私が何したって言うのよ! 真面目に仕事して! 笠井さんの仕事だって無理して片付けて! 人様に後ろ指刺されるようなことは何もしていないのに!)
もう、文句でも言わなきゃ精神が保てない気がして、私は悪態を付きながら歩いていた。とは言っても、こんなところで大声を出して野犬とか熊とかが寄ってきたら怖いので、心の中で毒付くだけなんだけど。しょうがないじゃないか。怖いものは怖いのだ。
(第一、付き合おうって言ってきたのはそっちじゃない! 私断ったのに! 周り巻き込んで、付き合う方に話持って行ったのはそっちじゃない!)
あ、益々腹立ってきた。何で二度断った私が振られてんの? 一輝とのことは不本意ながら社内公認だった。仕事にプライベートは持ち込みたくないし、別れた場合を考えて公表しないでほしいって言ったのに、あの馬鹿がペラペラ喋ったからだ。
(しかも笠井! 仕事も出来ないくせに、人の男に色目使ってんじゃねーよ!)
彼女こそが、私たちを悩ませていた絶望的に仕事が出来ない後輩だった。男共は外見に騙されているけれど、あいつは営業から仕事を頼まれると愛想よく受け取って、それをそのまま私たちに押し付けてきたのだ。それでいて自分がやったように振舞っていたから、女子社員からは蛇蝎のごとく嫌われていた。
(はぁ……いっそ退職しようかな……)
あの男にも会社にも未練はない。このまま残っても居心地が悪いし、ここは心機一転、転職して新天地で頑張った方がいいかもしれない……
(その前に、家に帰らなきゃ)
その時だった。何だろう、後ろから何かが迫ってくる気配を感じた。しかも複数……?
「え?」
あっという間に、囲まれてしまったけれど……それは額に角のある大型犬、ううん、狼みたいな動物で……目は血走り、牙がのぞく口元からはダラダラと涎が流れ落ちるのが見えた。もう何が何だかさっぱりわからない。何か悪かったのだろう……あの二人の間を邪魔したこと? それとも……
(……神様に悪態ついた罰が当たったとか?)
いやいやいや! それでも公衆の面前で振られたんだよ? 自分だけを愛してくれる相手が欲しいって思うのは当然じゃない? イケメンに思いっきり甘やかされたいなんて、誰もが持つささやかな願望だと思うんだけど……
(に、逃げなきゃ……)
反射的に走り出したら、狼みたいなのも一斉に追いかけてきた。お腹が空いたことも足が痛いことも、恐怖の前では無に等しいと知った。
「ええっ?!」
次の瞬間、少し開けた場所に出たと思ったら……
(うそっ! 崖ぇ―――――!!!)
私の足の着地点にはある筈の地面がなかった。あっという間に強い重力と風を感じた。さすがにこの高さじゃ助からないだろう……スマホがあれば身元くらいはわかるだろうか……そんな事を考えながら……私の意識はそこで途切れた。
「確か……レストランにいた、のよね……」
周囲は見知らぬ森の中。自分を見下ろすと着ているのは新調したばかりのワンピースとカーディガンで、直ぐ側にバックが落ちていてその存在にホッとした自分がいた。スマホを取り出すと日付は今日のままで、時間は二十時十五分と表示されているから、そんなに時間が経ったわけではなさそうだ。スマホは圏外を示していて、それに背筋に悪寒が走った。
(そ、そう言えば、一輝は……)
急に心細くなったせいか、あの二人の存在を思い出した。縋る思いで周囲を見渡したけれど、彼らどころか人の気配すらない。顔なんか見たくないけれど、この状況ではあんな奴らでもいないよりはマシなのに……そう思ったけれど、聞こえるのは風にそよぐ葉擦れの音だけだ。
(やだ……何がどうなっているのよ……)
都会のど真ん中にいたのに、いきなり見知らぬ森の中なんて……これではまるでSF映画みたいじゃないか。宇宙人が襲い掛かかってくるとか、互いに殺し合う情況を強いられるとか、そういうんじゃない、よね?
そんな怖すぎる予感に暫くその場を動けなかったけれど、さすがにこのままではマズいと思って移動することにした。スマホは夜の八時を指しているけれど、ここはまだ日が出ている。それでも鬱蒼と暗いのだ。夜になったらあっという間に真っ暗になって、歩くこともままならないだろう。
(でも、どっちに行けば……)
いざ移動しようにも、どっちを向いても木・木・木……しかも樹齢何百年もありそうな大木ばかりで、それはここがかなり深い森か山の中なのを示していた。
「ガサっ」
ふと、斜め後ろの藪から草を踏むような音がして、飛び上がりそうになった。息を凝らしてじっと様子を窺ったけれど、何かが出てくる様子はなかった。ほっと息をついたけれど、恐怖心が増すばかりだ。藪は何か出てきそうだから怖いので、その反対方向に向かうことにした。
それからどれくらい歩いただろう……足は靴擦れが出来て痛いし、あちこちに擦り傷も出来てきた。どれくらい時間が経ったのかが気になって、スマホを取り出した。
(嘘……さっき見た時から時間、変わっていない?」
その後三回繰り返したけれど、時間は八月二十二日の二十時十五分で、圏外のままだった。電波が届くところに出ても、電池が切れていたら意味がない。私は迷ったけれど電源をオフにした。
(はぁ……どうしてこんな目に遭わなきゃいけないのよ……)
歩いても歩いても同じような景色が続くばかりだ。疲れたし、お腹も空いた。昨夜は眠れなかった上に一日しっかり働いた後だから、今にも倒れそうだ。お昼ご飯を食べた後は何も食べていなし、チビチビ飲んでいる水筒の水も残り少なくなっている。
(私が何したって言うのよ! 真面目に仕事して! 笠井さんの仕事だって無理して片付けて! 人様に後ろ指刺されるようなことは何もしていないのに!)
もう、文句でも言わなきゃ精神が保てない気がして、私は悪態を付きながら歩いていた。とは言っても、こんなところで大声を出して野犬とか熊とかが寄ってきたら怖いので、心の中で毒付くだけなんだけど。しょうがないじゃないか。怖いものは怖いのだ。
(第一、付き合おうって言ってきたのはそっちじゃない! 私断ったのに! 周り巻き込んで、付き合う方に話持って行ったのはそっちじゃない!)
あ、益々腹立ってきた。何で二度断った私が振られてんの? 一輝とのことは不本意ながら社内公認だった。仕事にプライベートは持ち込みたくないし、別れた場合を考えて公表しないでほしいって言ったのに、あの馬鹿がペラペラ喋ったからだ。
(しかも笠井! 仕事も出来ないくせに、人の男に色目使ってんじゃねーよ!)
彼女こそが、私たちを悩ませていた絶望的に仕事が出来ない後輩だった。男共は外見に騙されているけれど、あいつは営業から仕事を頼まれると愛想よく受け取って、それをそのまま私たちに押し付けてきたのだ。それでいて自分がやったように振舞っていたから、女子社員からは蛇蝎のごとく嫌われていた。
(はぁ……いっそ退職しようかな……)
あの男にも会社にも未練はない。このまま残っても居心地が悪いし、ここは心機一転、転職して新天地で頑張った方がいいかもしれない……
(その前に、家に帰らなきゃ)
その時だった。何だろう、後ろから何かが迫ってくる気配を感じた。しかも複数……?
「え?」
あっという間に、囲まれてしまったけれど……それは額に角のある大型犬、ううん、狼みたいな動物で……目は血走り、牙がのぞく口元からはダラダラと涎が流れ落ちるのが見えた。もう何が何だかさっぱりわからない。何か悪かったのだろう……あの二人の間を邪魔したこと? それとも……
(……神様に悪態ついた罰が当たったとか?)
いやいやいや! それでも公衆の面前で振られたんだよ? 自分だけを愛してくれる相手が欲しいって思うのは当然じゃない? イケメンに思いっきり甘やかされたいなんて、誰もが持つささやかな願望だと思うんだけど……
(に、逃げなきゃ……)
反射的に走り出したら、狼みたいなのも一斉に追いかけてきた。お腹が空いたことも足が痛いことも、恐怖の前では無に等しいと知った。
「ええっ?!」
次の瞬間、少し開けた場所に出たと思ったら……
(うそっ! 崖ぇ―――――!!!)
私の足の着地点にはある筈の地面がなかった。あっという間に強い重力と風を感じた。さすがにこの高さじゃ助からないだろう……スマホがあれば身元くらいはわかるだろうか……そんな事を考えながら……私の意識はそこで途切れた。
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