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誕生日は最凶日

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「え? ちょ……ここ、どこよ……」

 目の前に広がっていたのは鬱蒼とした木々だった。まだ昼間っぽいけど日差しが入ってこなくて薄暗いし、じめっとしていて、空気が深緑色に染まっているような、そんな感じだ。目に映る木々も見覚えがない。根っこが一メートルほどは浮き上がっている感じで、幹も枝もごつごつしている上にうねっている。学校や公園なんかにあった、ぶっとい藤の木みたいな感じだろうか。

「さ、さっきまで……レストランに、いたのよ、ね……」

 動き出そうとしない思考を無理やり追い立てて、直近の記憶を引き摺り出そうとした。




 私は水谷佐那、入社三年目の社会人だ。仕事は建材メーカーの営業事務で、誕生日は本日、八月二十二日。二十五歳になったばかりだ。
 そんな吉日は朝から波乱含みだった。まず昨夜、エアコンが壊れた。連日三十五度を超える酷暑日と熱帯夜続きの中で。お陰で昨夜は扇風機とうちわで過ごしたけれど、殆ど眠れなかった。死ななかっただけでマシだったろうか。
 そして出勤時。寝不足の身に満員電車はいつも以上に地獄だった。朝なのにうだるような暑さのホームに、汗だくになってから乗る電車で一時間立ちっ放し。その苦行に耐えてほっとする間もなく、階段で後ろから誰かに押されて落ちた。幸いにも残り三、四段ほどだったけれど、しっかり膝を擦りむいて下ろしたばかりのストッキングも破れてしまった。新調したワンピースが無傷だったのは幸いだったのだろう。
 そして会社に着けば、山のような業務が待ち受けていた。最悪なのは今年の新人使えないナンバーワンの後輩の尻拭いで、間違った資料の作り直しやらでてんてこ舞いだった。それでも必死に仕事を片付けた。

 というのも、今日は恋人からホテルのレストランを予約したと言われていたからだ。何で平日なんかに……と思わなくもないが、元より空気読めないタイプだからまぁ、仕方がない。そこも愛嬌だ。それに大事な話があると言われれば浮足立っても仕方ないだろう。実際、社内公認で一年余りの付き合いだったから、周囲からはそろそろプロポーズ? なんて言われていたからだ。

 なのに……

 この状況は何? 目の前にいるのは同期で恋人である秋山一輝と、同じ部署の後輩の笠井美優だった。

(どうして彼女が同席? しかも隣り合わせって……)

 初っ端から疑問符しかない。彼女がここにいる理由も不明だけど、やけに親密なのも意味不明だ。

「佐那、別れてくれ」
「は……?」

 状況説明どころか前置きもなく告げられた言葉が、直ぐには理解出来なかった。

「俺、美優ちゃんと付き合うことにしたんだ」
「……はぁあ?」

 おいコラ、既に決定事項かよ!

「同じ社内だから、ちゃんと話しておかないと後味が悪いだろう? 勿論別れたってお前とはこれからも友達としてやっていけるよな。同期だし、今まで一緒にやって来たんだから」

 そう言って満面の笑みを向ける恋人だった男に、頭沸いているんじゃないかと思ってしまった。空気読めない奴だと思っていたけれど、まさかここまでだったとは……

「ごめんなさい、先輩。でも、私、一輝さんのこと、好きになってしまって……」
「美優ちゃんのせいじゃないよ! 好きになる心は誰にも止められないんだから!」

 男も男だが、そんな男を略奪しようとする女も異次元の住人だった。両手で顔を覆って泣き出しそうな彼女に、一輝がそう言って慰めているけれど……

(勘弁してよね……これ、何の茶番?)

 静かな雰囲気のあるレストランでは、二人の会話は当然ながら周囲から注目されてしまっていた。ボーイさんも困惑顔でこちらを見ているし、周囲の人の手も止まっている。

(何? 私を晒すのが目的なの?)

 そう思ってしまうくらいに二人の態度は酷かったし、私の常識の範囲を超えていた。本人たちは悲劇の恋人同士気分らしいけど、この場合、衆目の下で振られている私が被害者だよね? 気合入れてお洒落してきたのに、馬鹿男は仕事帰りのよれよれのスーツ姿だし、略奪女は身体の線も露わなカジュアルな普段着。ここ、いいお値段でそれなりに格式があるレストランなんだけど、こいつらドレスコードも知らないの?

(こ、こんな男に振られた? 私が?)

 これまでの情が一気に氷点下、いや、絶対零度で凍りついて粉々に砕け散るのを感じた。こんな男に夢見ていた自分が恥ずかしいし、情けない。

「そう。わかったわ」

 出てきた言葉は思った以上に低く、感情が全く籠らなかった。そんな私に元彼はパッと嬉しそうに顔を上げ、略奪女は怯えたように元彼の腕にしがみ付いた。

「……せ、先輩……ご、ごめんなさい……」
「いいのよ。二人は愛し合っているのよね?」
「あ、ああ。そうなんだ。わかってくれて嬉しいよ」

 何なのよ、その嬉しそうな声は! つーか、声デカいし! 恥ずかしいんですけど!

(ああ、神様! 誕生日にこれってあんまりじゃないですか? そりゃあ馬鹿の本性が知れたのは結果オーライだったとしても日が悪すぎます。誕プレに私だけを愛して甘やかしてくれるスパダリイケメンを下さい! つーか寄こせ―――!!!)

 いるなんて信じてもいない神様にそう願った瞬間。目の前が真っ白になった。




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暑さで変なテンションの元書いたものです。
今書いている物とは違う何かを書きたくなっただけです。
設定とかゆるゆるなので、広いお心でお読みください。

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