1 / 31
誕生日は最凶日
しおりを挟む
「え? ちょ……ここ、どこよ……」
目の前に広がっていたのは鬱蒼とした木々だった。まだ昼間っぽいけど日差しが入ってこなくて薄暗いし、じめっとしていて、空気が深緑色に染まっているような、そんな感じだ。目に映る木々も見覚えがない。根っこが一メートルほどは浮き上がっている感じで、幹も枝もごつごつしている上にうねっている。学校や公園なんかにあった、ぶっとい藤の木みたいな感じだろうか。
「さ、さっきまで……レストランに、いたのよ、ね……」
動き出そうとしない思考を無理やり追い立てて、直近の記憶を引き摺り出そうとした。
私は水谷佐那、入社三年目の社会人だ。仕事は建材メーカーの営業事務で、誕生日は本日、八月二十二日。二十五歳になったばかりだ。
そんな吉日は朝から波乱含みだった。まず昨夜、エアコンが壊れた。連日三十五度を超える酷暑日と熱帯夜続きの中で。お陰で昨夜は扇風機とうちわで過ごしたけれど、殆ど眠れなかった。死ななかっただけでマシだったろうか。
そして出勤時。寝不足の身に満員電車はいつも以上に地獄だった。朝なのにうだるような暑さのホームに、汗だくになってから乗る電車で一時間立ちっ放し。その苦行に耐えてほっとする間もなく、階段で後ろから誰かに押されて落ちた。幸いにも残り三、四段ほどだったけれど、しっかり膝を擦りむいて下ろしたばかりのストッキングも破れてしまった。新調したワンピースが無傷だったのは幸いだったのだろう。
そして会社に着けば、山のような業務が待ち受けていた。最悪なのは今年の新人使えないナンバーワンの後輩の尻拭いで、間違った資料の作り直しやらでてんてこ舞いだった。それでも必死に仕事を片付けた。
というのも、今日は恋人からホテルのレストランを予約したと言われていたからだ。何で平日なんかに……と思わなくもないが、元より空気読めないタイプだからまぁ、仕方がない。そこも愛嬌だ。それに大事な話があると言われれば浮足立っても仕方ないだろう。実際、社内公認で一年余りの付き合いだったから、周囲からはそろそろプロポーズ? なんて言われていたからだ。
なのに……
この状況は何? 目の前にいるのは同期で恋人である秋山一輝と、同じ部署の後輩の笠井美優だった。
(どうして彼女が同席? しかも隣り合わせって……)
初っ端から疑問符しかない。彼女がここにいる理由も不明だけど、やけに親密なのも意味不明だ。
「佐那、別れてくれ」
「は……?」
状況説明どころか前置きもなく告げられた言葉が、直ぐには理解出来なかった。
「俺、美優ちゃんと付き合うことにしたんだ」
「……はぁあ?」
おいコラ、既に決定事項かよ!
「同じ社内だから、ちゃんと話しておかないと後味が悪いだろう? 勿論別れたってお前とはこれからも友達としてやっていけるよな。同期だし、今まで一緒にやって来たんだから」
そう言って満面の笑みを向ける恋人だった男に、頭沸いているんじゃないかと思ってしまった。空気読めない奴だと思っていたけれど、まさかここまでだったとは……
「ごめんなさい、先輩。でも、私、一輝さんのこと、好きになってしまって……」
「美優ちゃんのせいじゃないよ! 好きになる心は誰にも止められないんだから!」
男も男だが、そんな男を略奪しようとする女も異次元の住人だった。両手で顔を覆って泣き出しそうな彼女に、一輝がそう言って慰めているけれど……
(勘弁してよね……これ、何の茶番?)
静かな雰囲気のあるレストランでは、二人の会話は当然ながら周囲から注目されてしまっていた。ボーイさんも困惑顔でこちらを見ているし、周囲の人の手も止まっている。
(何? 私を晒すのが目的なの?)
そう思ってしまうくらいに二人の態度は酷かったし、私の常識の範囲を超えていた。本人たちは悲劇の恋人同士気分らしいけど、この場合、衆目の下で振られている私が被害者だよね? 気合入れてお洒落してきたのに、馬鹿男は仕事帰りのよれよれのスーツ姿だし、略奪女は身体の線も露わなカジュアルな普段着。ここ、いいお値段でそれなりに格式があるレストランなんだけど、こいつらドレスコードも知らないの?
(こ、こんな男に振られた? 私が?)
これまでの情が一気に氷点下、いや、絶対零度で凍りついて粉々に砕け散るのを感じた。こんな男に夢見ていた自分が恥ずかしいし、情けない。
「そう。わかったわ」
出てきた言葉は思った以上に低く、感情が全く籠らなかった。そんな私に元彼はパッと嬉しそうに顔を上げ、略奪女は怯えたように元彼の腕にしがみ付いた。
「……せ、先輩……ご、ごめんなさい……」
「いいのよ。二人は愛し合っているのよね?」
「あ、ああ。そうなんだ。わかってくれて嬉しいよ」
何なのよ、その嬉しそうな声は! つーか、声デカいし! 恥ずかしいんですけど!
(ああ、神様! 誕生日にこれってあんまりじゃないですか? そりゃあ馬鹿の本性が知れたのは結果オーライだったとしても日が悪すぎます。誕プレに私だけを愛して甘やかしてくれるスパダリイケメンを下さい! つーか寄こせ―――!!!)
いるなんて信じてもいない神様にそう願った瞬間。目の前が真っ白になった。
- - - - -
暑さで変なテンションの元書いたものです。
今書いている物とは違う何かを書きたくなっただけです。
設定とかゆるゆるなので、広いお心でお読みください。
目の前に広がっていたのは鬱蒼とした木々だった。まだ昼間っぽいけど日差しが入ってこなくて薄暗いし、じめっとしていて、空気が深緑色に染まっているような、そんな感じだ。目に映る木々も見覚えがない。根っこが一メートルほどは浮き上がっている感じで、幹も枝もごつごつしている上にうねっている。学校や公園なんかにあった、ぶっとい藤の木みたいな感じだろうか。
「さ、さっきまで……レストランに、いたのよ、ね……」
動き出そうとしない思考を無理やり追い立てて、直近の記憶を引き摺り出そうとした。
私は水谷佐那、入社三年目の社会人だ。仕事は建材メーカーの営業事務で、誕生日は本日、八月二十二日。二十五歳になったばかりだ。
そんな吉日は朝から波乱含みだった。まず昨夜、エアコンが壊れた。連日三十五度を超える酷暑日と熱帯夜続きの中で。お陰で昨夜は扇風機とうちわで過ごしたけれど、殆ど眠れなかった。死ななかっただけでマシだったろうか。
そして出勤時。寝不足の身に満員電車はいつも以上に地獄だった。朝なのにうだるような暑さのホームに、汗だくになってから乗る電車で一時間立ちっ放し。その苦行に耐えてほっとする間もなく、階段で後ろから誰かに押されて落ちた。幸いにも残り三、四段ほどだったけれど、しっかり膝を擦りむいて下ろしたばかりのストッキングも破れてしまった。新調したワンピースが無傷だったのは幸いだったのだろう。
そして会社に着けば、山のような業務が待ち受けていた。最悪なのは今年の新人使えないナンバーワンの後輩の尻拭いで、間違った資料の作り直しやらでてんてこ舞いだった。それでも必死に仕事を片付けた。
というのも、今日は恋人からホテルのレストランを予約したと言われていたからだ。何で平日なんかに……と思わなくもないが、元より空気読めないタイプだからまぁ、仕方がない。そこも愛嬌だ。それに大事な話があると言われれば浮足立っても仕方ないだろう。実際、社内公認で一年余りの付き合いだったから、周囲からはそろそろプロポーズ? なんて言われていたからだ。
なのに……
この状況は何? 目の前にいるのは同期で恋人である秋山一輝と、同じ部署の後輩の笠井美優だった。
(どうして彼女が同席? しかも隣り合わせって……)
初っ端から疑問符しかない。彼女がここにいる理由も不明だけど、やけに親密なのも意味不明だ。
「佐那、別れてくれ」
「は……?」
状況説明どころか前置きもなく告げられた言葉が、直ぐには理解出来なかった。
「俺、美優ちゃんと付き合うことにしたんだ」
「……はぁあ?」
おいコラ、既に決定事項かよ!
「同じ社内だから、ちゃんと話しておかないと後味が悪いだろう? 勿論別れたってお前とはこれからも友達としてやっていけるよな。同期だし、今まで一緒にやって来たんだから」
そう言って満面の笑みを向ける恋人だった男に、頭沸いているんじゃないかと思ってしまった。空気読めない奴だと思っていたけれど、まさかここまでだったとは……
「ごめんなさい、先輩。でも、私、一輝さんのこと、好きになってしまって……」
「美優ちゃんのせいじゃないよ! 好きになる心は誰にも止められないんだから!」
男も男だが、そんな男を略奪しようとする女も異次元の住人だった。両手で顔を覆って泣き出しそうな彼女に、一輝がそう言って慰めているけれど……
(勘弁してよね……これ、何の茶番?)
静かな雰囲気のあるレストランでは、二人の会話は当然ながら周囲から注目されてしまっていた。ボーイさんも困惑顔でこちらを見ているし、周囲の人の手も止まっている。
(何? 私を晒すのが目的なの?)
そう思ってしまうくらいに二人の態度は酷かったし、私の常識の範囲を超えていた。本人たちは悲劇の恋人同士気分らしいけど、この場合、衆目の下で振られている私が被害者だよね? 気合入れてお洒落してきたのに、馬鹿男は仕事帰りのよれよれのスーツ姿だし、略奪女は身体の線も露わなカジュアルな普段着。ここ、いいお値段でそれなりに格式があるレストランなんだけど、こいつらドレスコードも知らないの?
(こ、こんな男に振られた? 私が?)
これまでの情が一気に氷点下、いや、絶対零度で凍りついて粉々に砕け散るのを感じた。こんな男に夢見ていた自分が恥ずかしいし、情けない。
「そう。わかったわ」
出てきた言葉は思った以上に低く、感情が全く籠らなかった。そんな私に元彼はパッと嬉しそうに顔を上げ、略奪女は怯えたように元彼の腕にしがみ付いた。
「……せ、先輩……ご、ごめんなさい……」
「いいのよ。二人は愛し合っているのよね?」
「あ、ああ。そうなんだ。わかってくれて嬉しいよ」
何なのよ、その嬉しそうな声は! つーか、声デカいし! 恥ずかしいんですけど!
(ああ、神様! 誕生日にこれってあんまりじゃないですか? そりゃあ馬鹿の本性が知れたのは結果オーライだったとしても日が悪すぎます。誕プレに私だけを愛して甘やかしてくれるスパダリイケメンを下さい! つーか寄こせ―――!!!)
いるなんて信じてもいない神様にそう願った瞬間。目の前が真っ白になった。
- - - - -
暑さで変なテンションの元書いたものです。
今書いている物とは違う何かを書きたくなっただけです。
設定とかゆるゆるなので、広いお心でお読みください。
104
お気に入りに追加
659
あなたにおすすめの小説
【改稿版・完結】その瞳に魅入られて
おもち。
恋愛
「——君を愛してる」
そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった——
幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。
あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは……
『最初から愛されていなかった』
その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。
私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。
『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』
『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』
でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。
必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。
私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……?
※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。
※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。
※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。
※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。
【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。
文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。
父王に一番愛される姫。
ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。
優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。
しかし、彼は居なくなった。
聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。
そして、二年後。
レティシアナは、大国の王の妻となっていた。
※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。
小説家になろうにも投稿しています。
エールありがとうございます!
【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される
えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。
お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。
少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。
22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位
Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.
ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)
妾の子である公爵令嬢は、何故か公爵家の人々から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
私の名前は、ラルネア・ルーデイン。エルビネア王国に暮らす公爵令嬢である。
といっても、私を公爵令嬢といっていいのかどうかはわからない。なぜなら、私は現当主と浮気相手との間にできた子供であるからだ。
普通に考えて、妾の子というのはいい印象を持たれない。大抵の場合は、兄弟や姉妹から蔑まれるはずの存在であるはずだ。
しかし、何故かルーデイン家の人々はまったく私を蔑まず、むしろ気遣ってくれている。私に何かあれば、とても心配してくれるし、本当の家族のように扱ってくれるのだ。たまに、行き過ぎていることもあるが、それはとてもありがたいことである。
※下記の関連作品を読むと、より楽しめると思います。
初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。
転生令嬢はのんびりしたい!〜その愛はお断りします〜
咲宮
恋愛
私はオルティアナ公爵家に生まれた長女、アイシアと申します。
実は前世持ちでいわゆる転生令嬢なんです。前世でもかなりいいところのお嬢様でした。今回でもお嬢様、これまたいいところの!前世はなんだかんだ忙しかったので、今回はのんびりライフを楽しもう!…そう思っていたのに。
どうして貴方まで同じ世界に転生してるの?
しかも王子ってどういうこと!?
お願いだから私ののんびりライフを邪魔しないで!
その愛はお断りしますから!
※更新が不定期です。
※誤字脱字の指摘や感想、よろしければお願いします。
※完結から結構経ちましたが、番外編を始めます!
旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。
バナナマヨネーズ
恋愛
とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。
しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。
最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。
わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。
旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。
当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。
とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。
それから十年。
なるほど、とうとうその時が来たのね。
大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。
一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。
全36話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる