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王子に断罪したいけど…妊婦にストレスは大敵で…

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 翌日、私は王子の部屋を訪れた。体調が悪い時に会うのも気が引けたけれど、時間がない。これ以上有耶無耶にしてもおけないし、私も気持ちに区切りをつけるために必要な事だった。

 久しぶりに見た王子は…随分とげっそりとして、悪阻の威力を雄弁に物語っていた。うん、友達も妊娠した時こんな感じだったよなぁ…と思ってしまった私だけど、思った以上に心は凪いでいた。もしかしたら顔を見た途端殴りたくなるかも…と思っていたからだ。

 私と顔を合わせた王子は…非常に気まずそうな表情だった。王子にも少しは良心と言うか常識があったのか…と、冷めた思いが胸に広がった。まぁ、笑顔だったら殴り…いや、殴ったら赤ちゃんによくないわよね。心配なのは赤ちゃんだ。うん、親の罪を子に償わせる気はない。

「体調はいかがですか?」
「え…あ、あの…」
「ああ、そのままで結構ですから」

 起き上がろうとする王子を制して、私は王子のベッドの脇のイスに腰かけた。

「ハットン子爵家から、婚姻を早めるようにとの連絡が来ています」
「そう、ですか…」
「既に子供も出来ているので、仕方なしに…という感じです」
「……」

 婚姻と聞いて僅かに瞳に期待が宿ったけれど、歓迎されていない、その事を暗に匂わすと、また王子は黙り込んだ。変わらないな…と思うけれど…子供が出来たらそれじゃ困るんだよね。しっかりしてくれないと、危険に晒されるのは子どもなんだから。

「まただんまりですか?それでは子供なんか育てられませんよ」
「…そ…」
「母親の態度一つで子供の命は消えるんです。いきなり女性になった殿下に、自分の命より子供を優先する覚悟があるんですか?」
「……」
「ないですよね?あったらこんな状況で子供が出来る行為なんかしませんから。普通は生まれてくる子供のために、先に形式を整えるんです。順番を間違えれば…一生周りから後ろ指刺されますし、それは子どもも同じですから。そこは貴族だろうと平民だろうと同じです。親のせいで子どもが傷つき、一生心の傷が残る場合もあります」
「そんな…」
「現実は甘くないですよ?現に今のあなた達は婚前交渉をした恥晒しです。ハットン子爵もリット子爵も、全く歓迎していません。リット子爵からすると、恩を仇で返されたと思っているでしょう。殿下は殿下を案じてくれた人達を裏切ったのです」

 現実を突きつければ、王子は顔を青ざめさせた。褒められた行為ではない事は理解していたが、まさか両家から拒絶の意を示されるとは思っていなかったのだろう。結婚してから子供が出来たのであれば、皆祝福してくれただろうに。私も…そうだったら少しは王子への感情もいい物になったかもしれない。
 でも、現実はこれで、それを選んだのは王子と異母兄だ。

「それに…人の人生を狂わせたうえ、人の身体で好き勝手しておいて、謝罪もまだですよね」
「そ、その事は…」
「殿下の事情はわかりました。だからと言って、それが免罪符になると思っていました?他の二人は知りませんが…私は全く納得していませんよ?許すつもりもありませんけど」
「…っ」
「逃げたいと思った事は仕方ないでしょう。誰にだってそんな風に思う事はありますから。そして、魔道具が思いもしない効果をもたらしたのも、仕方ないと言えばそうです」

 そう、その事に関しては、私も仕方ないと思う。私も逃げ出したいと思った事は何度もあったし、魔道具に関してはまぁ、事故と思えなくもない。

「でも、子どもに関しては、話は別です。時期的にも子供が出来た頃には、私の存在も知っていましたよね?」
「あ…」
「その身体が私のものだとも、私が戻りたいと言っていたのも知っていた。その上で子供を作るって…どういうつもりですか?私からしたら…殿下もライナス殿も強姦魔ですよ。本人が知らない間に同意なく事に及んだんですから」
「そ、そんな…ラスは…」
「悪くないとでも?そもそも婚約もまだなのに、自分の欲を優先した時点で同罪ですよ。この国では婚前交渉には否定的ですし、それを知らない筈はないでしょう?」
「……」

 まさか自分達がした事が、犯罪とは思わなかったのだろう。でも、それを選んだのは二人なのだ。

「アイザック様は、私が望むなら殿下もライナス殿も罰すると言ってくれています。当然子どもも、です。殿下は今や平民上がりの子爵家の養女でしかないし、ライナス殿の子爵家の後継者候補。身分制度の厳しいこの国では、あなた達を葬り去るのは容易い事です」
「な…ぼ、僕は…この国の…」
「今、殿下が自分は王子だと主張したとして…誰が信じてくれるでしょうね。クローディア様も殿下を見限りました。彼女は殿下としてマクニール侯爵家を継ぐおつもりですから、今更殿下に出て来られてもいい迷惑でしょうね」
「な…」

 そこまで言われてようやく、王子は自分がもう何の力もないと理解したらしい。でも、当たり前じゃない?そこから逃げたのは自分なんだから。自分で逃げておいて、困ったら助けては通じないのよ?

「でも…罰するって…この身体は君のもので…」
「それが何か?」
「え?」
「もう戻る術もないのに、知らない男に穢されたその身体を、私が惜しむとでも?」
「な、に…」
「他の二人は既に、このまま生きていくと決めて歩き始めましたわ。私も…他人に穢されたその身体を取り戻したいとは思いません。しかも子供までなんて…」
「で、も…」
「今やその身体は、私にとって厭わしいものでしかありませんわ。そして、そう仕向けたあなた方も、私にとっては憎しみの対象ですよ?当然ではありませんか?」
「あ…ぁ…」

 私の容赦ない言葉に、王子は信じられないと言わんばかりに目を見開いて私を見上げていたけれど…私は、これだけ言っても足りないと感じていた。
 自分の身体をこんな風に言わなければならない現実に、胸が痛い…三十年近く、私なりに大切にしてきた身体を、こんな風に言わなきゃいけないなんて…私の苦痛は現在進行形だった。

「いい加減にしろ!ルシアは悪くない!」

 どうやら、もう一人の当事者がやってきたらしい。

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