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衝撃の事実の次は…

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 元の身体に戻るのがほぼ不可能になった上、私の身体が妊娠した…

 その事実に、私の脳はキャパオーバーだった。

 元に戻れなくなったのは、まぁ、良しとしよう。よくはないけど、アイザック様と別れずに済む代償だと思えば、それも仕方ないと思えるくらいアイザック様が好きになっていた。今更アイザック様なしの人生なんて、考えられない…

 だけど…自分の身体が同意していない相手と致して、挙句の果てに子どもが出来た事実は…到底受け入れられなかった。自分の身体なのに気持ち悪いし、何ならおぞましいと言っても言い過ぎじゃないだろう…

「大丈夫か、セイナ」

 王子の部屋からアイザック様にお姫様抱っこされて自室に戻った私だったが…

「…う、ぅう……ぅわぁああああん!!!ア、アイザック様ぁ――!!!」

 これまで何とか必死に堪えてきたものが、一気に崩壊した。私は…アイザック様に縋りついて、意識がなくなるまで泣いた。苦しくて、痛くて、気持ち悪い…こちらの世界に来てからの色んな種類の負の感情が一気に溢れてきて、止める事が出来なかった。
 そんな私をアイザック様は、何も言わず、ただただ優しく抱きしめてくれた。それでいいと、泣いていいんだと言われているような気がした私は、プライドも外聞も全部捨てて、ただただ泣いた…

 そしてあの後私は…情けない事に熱を出して寝込んでしまった。





「セイナ、ルシアの存在が苦痛なら…別邸にでも移すか?」

 熱が下がった私に、アイザック様がそう提案してきた。近くにいると私が気に病むのではないかと心配してくれたのだろう。
 実際、妊娠が判明した事を異母兄に連絡したら、異母兄は頻繁に王子に会いに来るようになった。異母兄は何も知らないから、純粋に喜び、ルシアを心配しているのだろう…それはわかるけれど、納得できるかと言うと別問題だった。でも…

「いえ、暫くはここに…離れた方が心配ですし…」
「そうか」

 そう、いっそ遠くにでも行ってくれたら…と思う一方で、目の届かないところに追いやるのを躊躇する自分がいた。何だろう…あんなに気持ち悪いと思うのだけど、私の知らないところで勝手な事をされるのも怖かった。

(…もしかして…セラフィーナも同じ気持ち、だったのかも…)

 そう、知らなかったとはいえ、勝手にアイザック様と婚約した私を、セラフィーナは同じ様に感じていたかもしれないのだ。それに思い至って…迂闊だった自分が情けなかった…あの時は本当にこんな事になるとは思っていなかったとはいえ…
 全く、小説はこんな面倒な話じゃなかったのに…気軽に読めるのが売りのラブロマンス小説が、ヘビー過ぎる人生劇になるなんて誰が想像出来た…?

(私が好きだったのはこんなドロドロした世界じゃな―い!!!)

 そう心の中で叫んでも、現状は何も変わらなかった。




 熱が下がってから五日後、セラフィーナがお見舞いに来てくれた。クローディアの中にいるセラフィーナは、最近はマナーなんかもかなり身について、最初の頃のようなおどおどした感じも薄れていた。魔道具が壊れてからは腹を括ったのか、一層しっかりしてきた気がする。私もそうすべきなんだろうとは思うのだけど…まだ心が追いつかなかった。
 それでも、気になった事はちゃんと話しておきたかった。

「セラフィ、ごめんね。勝手にアイザック様と婚約しちゃって」
「まぁ、どうしたんです、セイナ様?」
「いや…私の身体が妊娠したって聞いて…凄く気持ち悪くなっちゃって…」
「そう思うのは当然のことですわ」
「でも…私だって王子と同じような事をしていたから…」

 そう、幸いまだ体の関係どころかキスもしていない私達だけど、現状は婚約中だし、結婚式の日には着実に近づいているのだ。そういう意味では私がやっている事は…王子とあまり変わりがない気がした。それがどれくらいセラフィーナを苦しめていたのかと思うと…居た堪れないのだ。

「その事なんですけど…実は私、あまり気にしていないんです」
「ええ?でも、セラフィーナの身体だよ?」
「そうなんですけど…実は私…その身体があまり好きじゃなくて…」
「へ?」
「その…昔から変な目で見られる身体が、嫌だったんです…両親には申し訳ないのですけど…」
「ええっ?」

 こんな美少女が、ピンクに輝く髪に透き通るような水色の瞳、真っ白な肌に完璧な配置の愛らしい顔立ちの身体が嫌いだというセラフィーナが、直ぐには理解出来なかった。
 でも…

「その身体のせいで…小さい頃からずっと…いやらしい目で見られてきたんです」

 小さな頃から聞かされてきた、意味深な言葉…それが誉め言葉ではないと思い知らされたのは、貴族の…大人の男性たちの会話を偶然聞いてしまった時だったという。醜く歪めた表情で語る言葉が何を意味しているのか…それを知った時、セラフィーナは恐怖で母にしがみついて泣くしか出来なかったという。

 そしてそれに輪をかけたのが、彼女の美貌に嫉妬した同年代の令嬢達からの嫌がらせだった。可愛いと、蝶よ花よと育てられた彼女たちにとって、誰からも可愛いと褒められる自分は目障りだったのだろう、力ない笑みを浮かべてセラフィーナは言った。

「私も…殿下の気持ち、少しだけわかるんです。自分の身体が嫌だ、誰かと変わりたいという気持ちは…」
「でも、元の身体に戻りたいって…」
「ええ、両親と離れるのも、クローディア様でいる事も辛くて…でも、また嫌がらせをされるかと思うと…正直言って、戻るのは怖い、です」

 元の身体に戻りたいと言っていたから、彼女からそんな言葉が出てくるとは思いもよらず、私はどんな表情を浮かべていいのかわからなかった。
 でも、私が元の身体に戻りたいと思いながらアイザック様との別れを恐れていたのと同じように、セラフィーナの中でも相反する気持ちがあったのか…そう思うと何だかしっくり来た。そう、心はそんなに単純じゃない。相反するものを同時に抱える事もあるから…

「だから、私の事は気にしないで下さい。それに私…クローディア様に…プロポーズされたんです」
「はあぁっ?!!」

 思いがけない方向から、別の衝撃に襲われた。

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