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目覚めると…

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「…ナ…セ…イナ…」

 深すぎる闇一色の意識に、一条の光のように何かの音が入り込んできた。でも…あまりにも意識が深くまで沈み込んでいたせいか…それが何なのかがわからない…

(…な、に…?)

 誰かに呼ばれている…そんな気がするけど、思考が泥のように重くてちっとも動かなくて。それでも、繰り返し届くその声に、私の意識は少しずつ浮上していくのを感じた。

「セイナ」

 ああ、この声は…ようやく呼ばれているのが自分の名前だと理解したけれど…目を開こうとするのに体が動かない。戸惑っている間にも、私を呼ぶ声は沈痛さを増していくから、悲しまないでと言いたいのに、身体が、唇が動かない…

(これって…金、縛り?)

 そんな風に思いながら、ああ金縛りの対処って何だったっけ?と昔調べた事を思い返す。随分前にもこんな事があったような気がする。こんな時は…そう、慌てず、怖がらず、深呼吸…だった筈。そう思いゆっくり息をすると、少しずつ身体のこわばりが解けてくるのを感じた。

「セイナ!」

 瞼がこんなに重いものだとは思わなかった…そう思いながら目を開けると、飛び込んできたのは…大好きな人の顔だった。どうしてそんなに不安そうな表情なのか…何をそんなに心配なのか…その落差が不思議だった。

「…イ、ザッ…ク様…」
「セイナ!よかった、目が覚めたか…!」
「え、え…」

 声を出したつもりが、思った以上に掠れて音にならなかった。それでも…私が目を開けて返事をしたせいだろうか。アイザック様がほっと表情を和らげた。

「…なに、が…」
「ああ、無理に喋らない方がいい。ずっと…もう十日も眠っていたんだ」
「と、お…か…」

 十日も飲まず食わずで眠っていた?確かに身体は怠くて、瞬きすらもおっくうに感じるほどに重いけれど…そう聞いたせいか、身体中が渇きを訴えてきた気がした。

「み、みず…を…」
「あ、ああ。今直ぐ」

 そう言うとアイザック様は、ベッドサイドにあった水差しから水をコップに注いだ。まるで直ぐに壊れてしまう砂人形を扱うかのように優しく私の上半身を抱き起すと…少しずつ、時間をかけて水を飲ませてくれた。水の冷たさに喉が、お腹が、身体が驚いているけれど、そのせいか身体の細胞がゆっくりと動き出した気がした。

「あ、あの…なに、が…」
「ああ、貴女は急に倒れたんだ。覚えていないか?貴女の中にいる殿下に話を聞いていた時に…」

 水を飲んだ私を再びベッドに寝かせると、アイザック様が手を握って来た。大きくて固い手から体温が伝わってくる。王子と何を話していたっけ?…直ぐにピンと来なかったのは、その手に気を取られたせいだろうか?言われた事を頭の中で繰り返していると、少しずつその時の事が頭の中に蘇ってきた…

「…あ…」

 そう、あの時私は…王子に魔道具の事を聞いていたのだった。クローディアに頼まれて。
その最中に急に身体の中で何かが壊れる感じがして…急に意識が遠くなったのだ。それは私の中にいた王子も同じだったらしく…それでは、私は…

「…私、元の、身体…に?」

 そう、あの感覚に私は元の身体に戻るのだと感じた。特に根拠はなかったけれど、そんな感じがしたのだ。だったら今、私は…

「セイナ、身体は…戻っていない」
「…え?」

 一瞬、アイザック様の言った事がわからず、私は首をかしげるしか出来なかった。戻らなかった?じゃ、あれは気のせいって事…?王子も何かを感じていたのに?

「じゃ…私はまだ…」
「ああ、セラフィーナ嬢の身体にいる。他の三人も同様だ」
「そんな…」

 そうは言ってみたけれど…私は何とも言えなかった。元の身体に戻れる、そんな期待があった一方で、そうなればアイザック様と離れ離れになる恐怖も確かにあったからだ。いまさらアイザック様と離れるなんて…耐えられそうもない。
 今こうして側に居られる事を嬉しく思いながらも、セラフィーナの顔が浮かんだ。元の身体に戻りたがっていた彼女は、今回の事をどう感じたのだろうか…それとも、何かを感じたのは私と王子だけだった?あの二人からも話を聞いてみないと…

「他の三人は?」
「三人とも何もなく過ごしている」
「殿下…も?あの時は、殿下も、何か感じていたような気がしたのですが…」
「殿下は…」

 何かを言いかけて、そこでアイザック様は言葉を止めた。何だろう、表情が心なしか苦くなった気がする。何か…悪い事でもあったのだろうか…もしかして、王子も私と同じように意識不明、とか?

「殿下もあの後倒れたが、翌日には目を覚ましたし、今は恙なく過ごしている。気分が悪いからと今は部屋で静かにお過ごしだ」
「そう、ですか…」
「クローディアとセラフィーナも息災だ。毎日のようにセイナの容態はどうだ、意識は戻ったのかと連絡が来ている」
「心配、かけちゃいましたね…」
「セイナが気に病む事はない。二人には直ぐに目が覚めたと連絡しておこう。こうしている間もきっと気にしているだろうから」
「そう、ですね。すみません、大丈夫だと、そう伝えて下さい」
「ああ、わかった」

 そっか、やっぱり二人に心配をかけちゃったか…私が一番年上なのに、心配かけてどうするんだ、私…と思わなくもないけれど、今回は不可抗力だろう。そもそも、何で意識を失ってその後寝込んだのかが謎なんだけど…

「まだ目が覚めたばかりだ。暫くは無理せずゆっくりして欲しい」

 さすがに十日も寝込んでいたら、身体も相当なまってしまっているだろう。

(こりゃあ、暫くリハビリだなぁ…)

 元の身体に戻れなかったのは意外だったけれど、アイザック様と離れずに済んだ。今はそれが何よりも嬉しかった。


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