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恋した人は…
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「ローウェルの醜怪侯爵」
隣国とのいざこざを治めて王都に戻ってきた俺につけられたのは、あまりにも情けない二つ名だった。
名門ローウェル侯爵家は、これまでに何度も王妃を輩出した名家であり、騎士団の一翼を担う家系だ。騎士団長だった父と、現王の妹だった母との間に生まれた俺は、子共の頃から体格がよく、父の後を継ぐものだと当然のように言われてきた。
実際、剣は俺の性格に合っていたし、それに付随する戦術なども楽しいと思えた。騎士は俺にとって最も適している道だった。
「民を守り国を護る気高い騎士であれ」
父にそう言われて育った俺は、その事に何の疑いも持たなかった。騎士とは気高い精神を持ち、人々と国を守る存在。それが俺の目指す道でもあり、誇りでもあった。
武勲を重ねて行く毎に、俺の評判は上がっっていった。救国の英雄、王国の守護神、王家の剣。これらは俺を表す言葉として、俺の耳にも入ってきた。
だが、実際にはそんな大層なものではない。俺一人の力でそうなったわけでもなく、国を救えたのは部下たちが俺の命令に従ってくれたからだ。俺一人で戦況を変えられるほど甘くはない。
一方で、悪い話も耳に入るようになってきた。醜怪侯爵、鬼神、悪鬼…それらもまた、俺に向けられた言葉だった。その言葉を聞いた俺が軽く絶望したのは言うまでもない。命がけの戦闘で受けた傷で恐怖の目を向けられるのは…正直面白くなかった。
だが…王都にあって、平和を甘受するだけの者に何を言っても無駄だ。俺は相手にするのも馬鹿馬鹿しくなり、そんな声は無視した。
「アイザック、いい加減に結婚しろ」
会うたびに叔父でもある国王陛下にそう言われ続けたが、醜怪侯爵などと言われている俺の婚約者になろうなどという令嬢は存在しなかった。中には顔合わせで俺の顔を見て卒倒する令嬢まで出てくる有様だ。そんな状態でどうしようと言うのだ?陛下の言葉とはいえ、こればっかりは聞き流すしかなかった。
それでも一定数は俺の地位や国王の甥という立場を狙って、娘を押し付けてくる貴族もいた。我が子を人身御供のように扱うその姿が余りにも醜悪で、俺は令嬢に話を聞いた後、こちらから断る様になった。
だが、そんな俺にも転機が訪れた。こんな俺でもいいという令嬢が現れたのだ。
最初は冗談かと思った。そして誰かに押しつけられたのだとも。何故ならその令嬢は子爵家の出だったからだ。きっと主家にでも押し付けられたのだろう。そう思うと気の毒に思い、さっさと断るつもりだった。
なのに…
「ご立派に職務をお勤めになっている証拠です。尊いと思いこそすれ、厭うなどあり得ませんわ」
私の顔の傷を真っすぐに見つけた彼女は、迷うことなくそう言い切ったのだ。まだ年若く、幼さも残る姿なのに、そんな風に考えるとは…何よりも、そんな風に俺を受け入れてくれる女性が存在しようとは…
俺はその瞬間、恋に落ちた。
セラフィは、下位貴族だからなのか、物言いも真っ直ぐで勿体ぶった言い方をしないところも好ましかった。俺は武骨で貴族的な言葉遊びなどは苦手だし、そういうタイプではないとの自覚もあった。だから彼女には、俺なりのやり方で好意を示した。やり過ぎないように、怖がらせないように、喜んでもらえるように…
そんな彼女は、最初は俺からの贈り物に遠慮していたが、それでも嬉しそうに受け取ってくれた。何と愛らしく、得難い存在か…日に日に彼女への思慕が増していくのを実感しながら、これは夢ではないか…何か裏があるのではないか…そんな不安が過る日々が続いた。
そして…その不安はある日、現実になった。
あの日、俺は王宮で彼女たちの会話を聞いてしまったのだ。愛おしい婚約者のセラフィが実は別人で、彼女の中にいるのはセイナという名の女性だと知った時、俺は直ぐには理解出来なかった。
いや、人の中身が変わるなどあり得るだろうか…そう思った俺だったが、隣国で起きた令嬢入れ替わり事件を思い出した。彼女たちの話は具体的で信憑性もある。俺は直ぐにルシアについて調べて…それが間違いではない事を悟った。
(なんて事だ…俺の愛するセラフィは…あのルシアだったのか…)
美少女とも言える若いセラフィーナに対して、ルシアは地味で年も俺とセラフィーナの間くらいに見えた。愛する女性が別人だった、しかもこことは違う世界から来たと言う。それは…簡単に消化出来るものではなかった。
だが…
(セイナは…ありのままの俺を受け入れてくれた…)
そう、令嬢達から恐れられる俺を受け入れ、傷跡すらも尊いと言ってくれたのは…あのセイナなのだ。そんな彼女を厭う事など出来そうになかった。
しかし俺の想いに反して、セイナは元の身体に…元の世界に戻りたがっていた…それは俺にとって、受け入れ難い事だった。
(彼女を手放すなど…)
そこからの俺は、ルシアと名乗るセイナの身体の持ち主を呼び出して話をし、中にいるのがフレデリク殿下だと確認した。その上で…彼女を手放さないよう、元の身体に戻らせないようルシアに戸籍を用意して、ライナスとの結婚を可能にした。こうすれば彼女も元の身体に戻りたいとは言えないだろう。殿下もクローディアも、戻りたがっていないと聞く。俺の目的は達せられたように思ったのに…
セイナも戻りたくないと言ってくれ、それでも戻りたいというセラフィーナ嬢の事も我が身のように悩んでいた。更には、自分の身体がライナスに触れられるのを良しとせず、気持ち悪いと…彼女に触れていいのは、俺だけだと…
(ああ、そうだな。俺も…セイナを他の男に触れさせるのは…)
改めてその事に思い至った俺が、直ぐにセイナの身体を我が屋敷に保護した。こうしておけば彼女の安全も貞操も守れるし、セイナも安心するだろう。彼女の不安は小さなものでも排除したかった。
セラフィーナ嬢の事は如何ともし難かったが、彼女が現状を受け入れられる方法があるのであれば、どんな協力も厭わない。セイナが望むのなら、出来る事は何でもしたかった。
セイナの身体を保護した後、俺はセイナと共にセイナの中の殿下に魔道具についての話を聞いていた。そこでセイナは急に表情を歪めた。
「ア、アイザック様…!もしかして…身体が…!」
ひっ迫した声を上げたセイナに、俺は彼女が言わんとしている事を直ぐに察した。もしかして…元の身体に戻ろうとしているのか?ルシアを見ると彼女も只ならぬ雰囲気を醸し出していた。
「セイナ!行かせるか!」
愛おしいセイナ、俺の唯一のセイナ、彼女を失う訳にはいかない!そう思うよりも前に、俺の身体は動いていた。セイナの身体を元の世界になど戻さない!その一心で俺は、セイナの身体をかき抱いた。もし戻るのなら…俺も連れて行け…そう念じながら…
隣国とのいざこざを治めて王都に戻ってきた俺につけられたのは、あまりにも情けない二つ名だった。
名門ローウェル侯爵家は、これまでに何度も王妃を輩出した名家であり、騎士団の一翼を担う家系だ。騎士団長だった父と、現王の妹だった母との間に生まれた俺は、子共の頃から体格がよく、父の後を継ぐものだと当然のように言われてきた。
実際、剣は俺の性格に合っていたし、それに付随する戦術なども楽しいと思えた。騎士は俺にとって最も適している道だった。
「民を守り国を護る気高い騎士であれ」
父にそう言われて育った俺は、その事に何の疑いも持たなかった。騎士とは気高い精神を持ち、人々と国を守る存在。それが俺の目指す道でもあり、誇りでもあった。
武勲を重ねて行く毎に、俺の評判は上がっっていった。救国の英雄、王国の守護神、王家の剣。これらは俺を表す言葉として、俺の耳にも入ってきた。
だが、実際にはそんな大層なものではない。俺一人の力でそうなったわけでもなく、国を救えたのは部下たちが俺の命令に従ってくれたからだ。俺一人で戦況を変えられるほど甘くはない。
一方で、悪い話も耳に入るようになってきた。醜怪侯爵、鬼神、悪鬼…それらもまた、俺に向けられた言葉だった。その言葉を聞いた俺が軽く絶望したのは言うまでもない。命がけの戦闘で受けた傷で恐怖の目を向けられるのは…正直面白くなかった。
だが…王都にあって、平和を甘受するだけの者に何を言っても無駄だ。俺は相手にするのも馬鹿馬鹿しくなり、そんな声は無視した。
「アイザック、いい加減に結婚しろ」
会うたびに叔父でもある国王陛下にそう言われ続けたが、醜怪侯爵などと言われている俺の婚約者になろうなどという令嬢は存在しなかった。中には顔合わせで俺の顔を見て卒倒する令嬢まで出てくる有様だ。そんな状態でどうしようと言うのだ?陛下の言葉とはいえ、こればっかりは聞き流すしかなかった。
それでも一定数は俺の地位や国王の甥という立場を狙って、娘を押し付けてくる貴族もいた。我が子を人身御供のように扱うその姿が余りにも醜悪で、俺は令嬢に話を聞いた後、こちらから断る様になった。
だが、そんな俺にも転機が訪れた。こんな俺でもいいという令嬢が現れたのだ。
最初は冗談かと思った。そして誰かに押しつけられたのだとも。何故ならその令嬢は子爵家の出だったからだ。きっと主家にでも押し付けられたのだろう。そう思うと気の毒に思い、さっさと断るつもりだった。
なのに…
「ご立派に職務をお勤めになっている証拠です。尊いと思いこそすれ、厭うなどあり得ませんわ」
私の顔の傷を真っすぐに見つけた彼女は、迷うことなくそう言い切ったのだ。まだ年若く、幼さも残る姿なのに、そんな風に考えるとは…何よりも、そんな風に俺を受け入れてくれる女性が存在しようとは…
俺はその瞬間、恋に落ちた。
セラフィは、下位貴族だからなのか、物言いも真っ直ぐで勿体ぶった言い方をしないところも好ましかった。俺は武骨で貴族的な言葉遊びなどは苦手だし、そういうタイプではないとの自覚もあった。だから彼女には、俺なりのやり方で好意を示した。やり過ぎないように、怖がらせないように、喜んでもらえるように…
そんな彼女は、最初は俺からの贈り物に遠慮していたが、それでも嬉しそうに受け取ってくれた。何と愛らしく、得難い存在か…日に日に彼女への思慕が増していくのを実感しながら、これは夢ではないか…何か裏があるのではないか…そんな不安が過る日々が続いた。
そして…その不安はある日、現実になった。
あの日、俺は王宮で彼女たちの会話を聞いてしまったのだ。愛おしい婚約者のセラフィが実は別人で、彼女の中にいるのはセイナという名の女性だと知った時、俺は直ぐには理解出来なかった。
いや、人の中身が変わるなどあり得るだろうか…そう思った俺だったが、隣国で起きた令嬢入れ替わり事件を思い出した。彼女たちの話は具体的で信憑性もある。俺は直ぐにルシアについて調べて…それが間違いではない事を悟った。
(なんて事だ…俺の愛するセラフィは…あのルシアだったのか…)
美少女とも言える若いセラフィーナに対して、ルシアは地味で年も俺とセラフィーナの間くらいに見えた。愛する女性が別人だった、しかもこことは違う世界から来たと言う。それは…簡単に消化出来るものではなかった。
だが…
(セイナは…ありのままの俺を受け入れてくれた…)
そう、令嬢達から恐れられる俺を受け入れ、傷跡すらも尊いと言ってくれたのは…あのセイナなのだ。そんな彼女を厭う事など出来そうになかった。
しかし俺の想いに反して、セイナは元の身体に…元の世界に戻りたがっていた…それは俺にとって、受け入れ難い事だった。
(彼女を手放すなど…)
そこからの俺は、ルシアと名乗るセイナの身体の持ち主を呼び出して話をし、中にいるのがフレデリク殿下だと確認した。その上で…彼女を手放さないよう、元の身体に戻らせないようルシアに戸籍を用意して、ライナスとの結婚を可能にした。こうすれば彼女も元の身体に戻りたいとは言えないだろう。殿下もクローディアも、戻りたがっていないと聞く。俺の目的は達せられたように思ったのに…
セイナも戻りたくないと言ってくれ、それでも戻りたいというセラフィーナ嬢の事も我が身のように悩んでいた。更には、自分の身体がライナスに触れられるのを良しとせず、気持ち悪いと…彼女に触れていいのは、俺だけだと…
(ああ、そうだな。俺も…セイナを他の男に触れさせるのは…)
改めてその事に思い至った俺が、直ぐにセイナの身体を我が屋敷に保護した。こうしておけば彼女の安全も貞操も守れるし、セイナも安心するだろう。彼女の不安は小さなものでも排除したかった。
セラフィーナ嬢の事は如何ともし難かったが、彼女が現状を受け入れられる方法があるのであれば、どんな協力も厭わない。セイナが望むのなら、出来る事は何でもしたかった。
セイナの身体を保護した後、俺はセイナと共にセイナの中の殿下に魔道具についての話を聞いていた。そこでセイナは急に表情を歪めた。
「ア、アイザック様…!もしかして…身体が…!」
ひっ迫した声を上げたセイナに、俺は彼女が言わんとしている事を直ぐに察した。もしかして…元の身体に戻ろうとしているのか?ルシアを見ると彼女も只ならぬ雰囲気を醸し出していた。
「セイナ!行かせるか!」
愛おしいセイナ、俺の唯一のセイナ、彼女を失う訳にはいかない!そう思うよりも前に、俺の身体は動いていた。セイナの身体を元の世界になど戻さない!その一心で俺は、セイナの身体をかき抱いた。もし戻るのなら…俺も連れて行け…そう念じながら…
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