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今後の方針を決めました

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 あれからエレンに色々聞いて、私は「セラフィーナ」についての情報を集めた。予想通り今は小説のストーリーが始まる直前らしい。あの小説の内容はうろ覚えで細かい事なんかすっかり忘れているけど、王子との出会いは私がお忍びで街に遊びに行った時に、これまたお忍び中の王子と出会い、そこで一目惚れされる…だったように思う。
 王子は確か第三王子で、金髪と空色の瞳を持つ美形で同じ年。セラフィーナと同じ十七歳だから年齢的に釣り合ってはいるのだけど…

 私、二十九歳なんだよねぇ…
 二十九歳で十七歳の少年と恋愛…

 ダメだ、犯罪臭しかしない…

 そもそも私、年下は趣味じゃないのよねぇ…昔からやたら年下に懐かれたけど、私の好みは包容力のある大人の男性なのだ。十七歳って元の世界じゃ高校生だよね。くちばしの黄色いお子様と恋愛って…無理。絶対好きになれない自信はある。つーか、恋愛にうつつ抜かしている暇があるなら勉強しろや!って思っちゃいそう。
 第一私は元の世界でも、恋愛より友達や仕事優先だったのだ。あ、彼氏はいたわよ、何人かは。でも、彼氏といるよりも気心の知れた友達といる方が楽しかったんだよねぇ…まぁ、そこまで好きになれた相手もいなかったんだけどさ。

 こうなってくると、王子との恋愛は遠慮したいし、王子と出会わないという選択肢もありなのかも…という気がしてきた。うん、二十九歳で十二も下の子供に手を出すなんて私の倫理観が許さないし、そもそもときめかないから恋に発展しないわね。

 それに…私はこの小説では、王子よりも王子の婚約者の侯爵令嬢の方が断然好印象だったのだ。あ、百合って意味じゃないわよ。私、そっちの世界は興味ないから。
 この侯爵令嬢はいわゆる「悪役令嬢」の位置付けだったんだけど、美人で才女、しかも性格まで凄く出来た子だった。なのに、ぽっと出のヒロインに王子の心をがっさり持って行かれちゃって、それまでの信頼関係は崩壊。王族として、貴族令嬢として王子やセラフィーナに注意するんだけど、それが苛めだと言い掛かりをつけられて断罪されるのだ。今にして思えば、真面目に頑張ってきたのになんて不憫な子なんだろうと思う。

 う~ん、王子との恋愛は遠慮したいし、侯爵令嬢には幸せになって貰いたい。

 となれば、ここは王子をスルーして、私が二人の前に姿を現さなきゃいいんじゃない?お忍びにさえ出かけなきゃ、王子と出会う事もないし、ストーリーは始まらないんじゃないだろうか。

 よし!私の方針は決まった。王子とは出会わない。だからお忍びで街へ出ない。これに尽きる。王子との出会いは一月後にある王都の祭りの日だから、その日が過ぎるまで街に行かなければいい筈だ。幸い今の私は階段から落ちて絶対安静を命じられているのよね。
 出かける必要もないし、出かけなきゃいけない状況になっても頭痛やめまいがするとか言って引き籠ればいい。
 そうだ!ずっと社畜として寝る間も惜しんで働いていたんだから、少しぐらい惰眠を貪ってダラダラしたって罰は当たらないだろう。

 こうして私は、王子を回避すべくゴロゴロした怠惰な生活を楽しむ事にした。




 それからの私は、頭をぶつけた事を理由に、引きこもり生活を満喫した。勿論、今後の事も考えなきゃいけないから、エレンをはじめとした侍女たち使用人の皆さんに「セラフィーナ」の事を教えて貰った。
 どうやら使用人の皆さんたちとの関係は悪くなかったらしい。セラフィーナは見た目も可愛らしいが、それ以上に甘え上手で庇護欲をそそるタイプだったらしく、屋敷内では我が家の天使との位置付けだった。それはそれで居た堪れないというか…こっ恥ずかしい事限りなくて、こっそり悶絶したのは内緒だ。

「セラフィ、今日の気分はどう?」
「ああ、無理をしてはいけないよ。少しでも気になる事があればお医者様を呼ぶから」

 そう言って侍女たち以上に私を構い倒すのは…この体の持ち主の両親だった。私からすると一回りくらい年上で、親と言うには若くて実感が感じられないのだが、これも割り切るしかなさそうだ。それに私は本物のセラフィーナじゃないから、こんなにも心配して貰うと…非常に申し訳なく胃が痛くなりそうだった。うう、人を騙すのがこんなにも精神にダメージを与えるとは思わなかった…

 でも…本当の事を話しても信じて貰えるか…と思うと、正直に話す勇気が持てなかった。第一、本物の中の人がどうなっているのかもわからないのだ。もしかしたらこれが私の夢の世界で、その内覚めるんじゃないか…という可能性もある。例えば…これは事故に遭って意識不明になった私が見ている夢だった…なんてオチが付かないとは言い切れない。実際私は事故に遭ったみたいだし…

 日が経つにつれて私は、何だかその可能性の方が強い気がしていた。確証はないのだけど…もしかしたら周りの人を偽っている事への罪悪感がそう思わせたのかもしれない。
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