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まさかの離婚提案~ウィルの呟き
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「お慕いしています、ウィル様。ずっと、お側に置いて……下さ……」
そう言って声を押し殺して泣くエル―シアに、私は忸怩たる思いに奥歯を噛んだ。手が空いていたら自分自身を殴っていたかもしれない。彼女が実家で虐げられていたことも、そのせいで自己評価がどうしようもなく低いことも理解していた。
それなのに彼女に離婚という決断をさせていたことに気付かず、両想いだろうと勝手に思い込んでいた自分が情けなかった。私のために離婚を選ぼうとしていた彼女がいじらしくも悲しくて、直ぐにはかける言葉が見つからなかった。
それでも、彼女が落ち着くまで待とうと、あやすようにゆっくりと背を撫で続けた。大切に思っていると、愛しているとの思いを込めて。そうしているうちに私のシャツを遠慮がちに掴んだ姿も愛らしくて、思わず頬が緩んでしまった。
最初に見た時は、本当に伯爵令嬢かと目を疑った。痩せた身体に艶がなくボサボサの髪、顔色も悪く頬はこけて、彼女は十八歳とは思えないほどに身体が小さかった。あれでは十三、四歳の子どもと変わりない。
そんな彼女の事情はエンゲルス先生からの手紙で直ぐに分かった。そこには信じられない内容がそこには並んでいたが、その最たるものが彼女自身にも呪いをかけられていることだった。先生は私に、折を見て解呪師に呪いを解くよう頼んできた。王都で解呪するのは都合が悪いからと。
すぐさま王都にいる部下に彼女と実家について調べさせ、陛下にもどういうことかと質問状を送った。部下からは私の懸念を是とする実情が報告され、陛下からはエンゲルス先生からの推薦で彼女を妻に勧めたのだとの返事が来た。裏がありそうだと思っていたが、思った以上に事態は深刻だった。
彼女は呪われて悍ましい姿になった私を恐れず、それどころか手に触れてきた。皆私の姿を見て怯え逃げ出すばかりで、こんなことをした令嬢は今までいなかったから驚いた。触れた手から伝わる体温がどれほど嬉しかったことか……
(なんと優しい心の持ち主なんだ……)
呪われていた状態は、冬の水底にいるような感じだった。寒くて暗く、どこか息苦しいような、どす黒い何かにじわじわと侵食されるような違和感と恐怖感。エガードの護りで痛みはなかったが、自分が自分でなくなっていくような日々だった。
そんな中で現れた彼女は私にとって一筋の光であり、生きる望みになった。少しずつ呪いが解けていくたびに、自分が思っていた以上に呪いに侵されていたのだと気付いた。呪いのせいで危機感が全く持てなかったのだ。呪いが解けた今だからこそわかる。あの状態が続いていたらいずれは飲み込まれていただろう。
今、私の手には王都からの二通の手紙があった。一つは伯父である国王陛下からの呼び出し状だ。呪いが解けたと知った陛下は、早速私にエル―シアを連れて顔を出すように言ってきた。しかも一月後にある夜会に出ろという。それは仕方がない。この十年、伯父上にも随分と心配をかけてしまったから。私がエル―シアを気に入っていると知っているから、今頃は興味津々で待っているに違いない。
そしてもう一通は、リルケ伯爵からのものだった。エル―シアを私の元に送ったのは手違いで、本来は姉が嫁ぐ予定だったと。その為謝罪も兼ねて伯爵夫妻と姉が訪問したい旨が記されていた。
「ライナー、リルケ伯爵が何を言っているのか、私には理解出来ぬのだが……」
「ご安心を、旦那様。私にも理解不能でございます。旦那様の感性が正常で安心いたしました」
「……」
棘のある言い方は、私のエル―シアへの態度に起因しているだけに反論のしようもなかった。言わなくても伝わっていると勘違いしていた私に、ライナーもデリカも手厳しい。
「馬鹿馬鹿しい……既にエル―シアとの婚姻は成立しているというのに……」
「左様でございます。そうであれば旦那様がおとりになる態度は明白かと」
「ああ、当然だ」
このような世迷言、断じて見過ごすわけにはいかない。王都の部下の手紙には、既にリルケ家の三人は王都を発ってこちらに向かっているという。夜会までに何としても入れ替わろうと必死なのだろう。
王都では第三王子のローリングを慕っていた令嬢が、彼の婚約者を陥れて婚約破棄に持ち込もうと企んだという。それは婚約者の父によって阻止され、この蛮行に呆れた婚約者は婚約白紙を求めたという。婚約者への想いを拗らせていたローリングは大慌てで婚約の継続を望み、婚約白紙は一旦保留、彼は今必死に婚約者に尽くしているという。
(全く、あの甘ちゃんは馬鹿なのか? いや馬鹿だったんだな……)
婚約者が好き過ぎて、でも優秀で一つ年上なことにコンプレックスを感じていたローリングは、婚約者の気を引くために他の令嬢と仲良くしていたという。その一人がエルの姉で、ローリングとの婚約が望めなくなって焦っているのだろう。目ぼしい令息には既に婚約者がいる。どうせ相手探しに苦戦して私を思い出したのだろう。
(全く、人を馬鹿にするにもほどがある)
エル―シアが我が家にやって来た時、伯爵は着替え一つもまともな物を持たせなかった。それだけでも我が家と私を侮っていたのは明らかだ。必要な物は後で送ると手紙にあったが、それ以来何の連絡もない。王家から嫁入りのための支度金が出ている筈なのに、普段着一着も送ってこなかった。
(これは横領に当たるな。他にも実子への虐待に違法な呪いの重複掛け、叩けば色々と出てきそうだ)
リルケ伯爵家は貴重な魔術師の家系として伯爵家としては十二分なほどに重用されているが、一方で評判は芳しくない。伯爵は小心者で慎重な性格だが、上には媚び、下には横柄にふるまうのは有名な話だ。妻も同じ人種で上位貴族の夫人方からは一線を引かれている。
一方の姉は見た目の美しさと魔術の才、そしてエル―シアを引き立て役にしてチヤホヤされているが、ローリングの浮気相手の一人として上位貴族からはいいように見られていない。自覚があるのかは不明だが。
(エル―シアを害する者は、徹底的に排除するまでだ)
彼女を傷つける者は例え王族でも許さない。エル―シアと嫡男の弟との関係は良好だというから、伯爵が当主に座に居座り続ける理由もないだろう。未成年でも後見人がいれば当主になれるし、その後見人が公爵家の当主であれば誰も文句など言えない。彼女を守るためなら何でも出来る気がしたし、実際に出来ないことなどないと思っていた。
そう言って声を押し殺して泣くエル―シアに、私は忸怩たる思いに奥歯を噛んだ。手が空いていたら自分自身を殴っていたかもしれない。彼女が実家で虐げられていたことも、そのせいで自己評価がどうしようもなく低いことも理解していた。
それなのに彼女に離婚という決断をさせていたことに気付かず、両想いだろうと勝手に思い込んでいた自分が情けなかった。私のために離婚を選ぼうとしていた彼女がいじらしくも悲しくて、直ぐにはかける言葉が見つからなかった。
それでも、彼女が落ち着くまで待とうと、あやすようにゆっくりと背を撫で続けた。大切に思っていると、愛しているとの思いを込めて。そうしているうちに私のシャツを遠慮がちに掴んだ姿も愛らしくて、思わず頬が緩んでしまった。
最初に見た時は、本当に伯爵令嬢かと目を疑った。痩せた身体に艶がなくボサボサの髪、顔色も悪く頬はこけて、彼女は十八歳とは思えないほどに身体が小さかった。あれでは十三、四歳の子どもと変わりない。
そんな彼女の事情はエンゲルス先生からの手紙で直ぐに分かった。そこには信じられない内容がそこには並んでいたが、その最たるものが彼女自身にも呪いをかけられていることだった。先生は私に、折を見て解呪師に呪いを解くよう頼んできた。王都で解呪するのは都合が悪いからと。
すぐさま王都にいる部下に彼女と実家について調べさせ、陛下にもどういうことかと質問状を送った。部下からは私の懸念を是とする実情が報告され、陛下からはエンゲルス先生からの推薦で彼女を妻に勧めたのだとの返事が来た。裏がありそうだと思っていたが、思った以上に事態は深刻だった。
彼女は呪われて悍ましい姿になった私を恐れず、それどころか手に触れてきた。皆私の姿を見て怯え逃げ出すばかりで、こんなことをした令嬢は今までいなかったから驚いた。触れた手から伝わる体温がどれほど嬉しかったことか……
(なんと優しい心の持ち主なんだ……)
呪われていた状態は、冬の水底にいるような感じだった。寒くて暗く、どこか息苦しいような、どす黒い何かにじわじわと侵食されるような違和感と恐怖感。エガードの護りで痛みはなかったが、自分が自分でなくなっていくような日々だった。
そんな中で現れた彼女は私にとって一筋の光であり、生きる望みになった。少しずつ呪いが解けていくたびに、自分が思っていた以上に呪いに侵されていたのだと気付いた。呪いのせいで危機感が全く持てなかったのだ。呪いが解けた今だからこそわかる。あの状態が続いていたらいずれは飲み込まれていただろう。
今、私の手には王都からの二通の手紙があった。一つは伯父である国王陛下からの呼び出し状だ。呪いが解けたと知った陛下は、早速私にエル―シアを連れて顔を出すように言ってきた。しかも一月後にある夜会に出ろという。それは仕方がない。この十年、伯父上にも随分と心配をかけてしまったから。私がエル―シアを気に入っていると知っているから、今頃は興味津々で待っているに違いない。
そしてもう一通は、リルケ伯爵からのものだった。エル―シアを私の元に送ったのは手違いで、本来は姉が嫁ぐ予定だったと。その為謝罪も兼ねて伯爵夫妻と姉が訪問したい旨が記されていた。
「ライナー、リルケ伯爵が何を言っているのか、私には理解出来ぬのだが……」
「ご安心を、旦那様。私にも理解不能でございます。旦那様の感性が正常で安心いたしました」
「……」
棘のある言い方は、私のエル―シアへの態度に起因しているだけに反論のしようもなかった。言わなくても伝わっていると勘違いしていた私に、ライナーもデリカも手厳しい。
「馬鹿馬鹿しい……既にエル―シアとの婚姻は成立しているというのに……」
「左様でございます。そうであれば旦那様がおとりになる態度は明白かと」
「ああ、当然だ」
このような世迷言、断じて見過ごすわけにはいかない。王都の部下の手紙には、既にリルケ家の三人は王都を発ってこちらに向かっているという。夜会までに何としても入れ替わろうと必死なのだろう。
王都では第三王子のローリングを慕っていた令嬢が、彼の婚約者を陥れて婚約破棄に持ち込もうと企んだという。それは婚約者の父によって阻止され、この蛮行に呆れた婚約者は婚約白紙を求めたという。婚約者への想いを拗らせていたローリングは大慌てで婚約の継続を望み、婚約白紙は一旦保留、彼は今必死に婚約者に尽くしているという。
(全く、あの甘ちゃんは馬鹿なのか? いや馬鹿だったんだな……)
婚約者が好き過ぎて、でも優秀で一つ年上なことにコンプレックスを感じていたローリングは、婚約者の気を引くために他の令嬢と仲良くしていたという。その一人がエルの姉で、ローリングとの婚約が望めなくなって焦っているのだろう。目ぼしい令息には既に婚約者がいる。どうせ相手探しに苦戦して私を思い出したのだろう。
(全く、人を馬鹿にするにもほどがある)
エル―シアが我が家にやって来た時、伯爵は着替え一つもまともな物を持たせなかった。それだけでも我が家と私を侮っていたのは明らかだ。必要な物は後で送ると手紙にあったが、それ以来何の連絡もない。王家から嫁入りのための支度金が出ている筈なのに、普段着一着も送ってこなかった。
(これは横領に当たるな。他にも実子への虐待に違法な呪いの重複掛け、叩けば色々と出てきそうだ)
リルケ伯爵家は貴重な魔術師の家系として伯爵家としては十二分なほどに重用されているが、一方で評判は芳しくない。伯爵は小心者で慎重な性格だが、上には媚び、下には横柄にふるまうのは有名な話だ。妻も同じ人種で上位貴族の夫人方からは一線を引かれている。
一方の姉は見た目の美しさと魔術の才、そしてエル―シアを引き立て役にしてチヤホヤされているが、ローリングの浮気相手の一人として上位貴族からはいいように見られていない。自覚があるのかは不明だが。
(エル―シアを害する者は、徹底的に排除するまでだ)
彼女を傷つける者は例え王族でも許さない。エル―シアと嫡男の弟との関係は良好だというから、伯爵が当主に座に居座り続ける理由もないだろう。未成年でも後見人がいれば当主になれるし、その後見人が公爵家の当主であれば誰も文句など言えない。彼女を守るためなら何でも出来る気がしたし、実際に出来ないことなどないと思っていた。
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