40 / 64
一世一代の名演技
しおりを挟む
女性の元を辞したウィル様は、私の手を握ったまま黙って歩を進めました。後ろからはマーゴが付いてきているのがちらっと見えました。どういうことかと目配せしましたが、マーゴからの反応はありませんでした。現状がわからない私は戸惑うばかりですし、ウィル様に呼び掛けても返事がありません。いつもよりもペースが速くてついていくのが精いっぱいです。
「エル―シア、少し話をしたい」
ウィル様は私室のソファに私を座らせると、その隣に腰かけられました。手は相変わらず繋いだままですが、表情も固いままです。先ほどの女性のことをお怒りなのでしょうか。それとも……
(わ、私の社交界での評判を聞いて、結婚を後悔されたのかしら……)
呪いが解けてからは随分前向きになったと感じていますが、王都が絡むとどうしても気が重くなってしまいます。それだけ嫌な思い出があるのですが……
でも、もしかしたら今が離婚を切り出すいい機会なのかもしれません。先ほどはオスカーの容態が急変して話せませんでしたが、こうなったのなら今がその時なのでしょう。
「エル―シア、私たちの結婚のことなのだが……」
(や、やっぱり……!)
凄く言い難そうにそう切り出したウィル様に、私はとうとうこの時が来たのだと悟りました。うう、今までの温かく幸せな日々は終わったのですね……
でも、ウィル様の妻が私では釣り合いがとれないのは事実ですし、何のメリットもありません。我が国では公爵家の当主は王家か侯爵家以上の家から妻を迎えるのが一般的で、伯爵家の私がウィル様に嫁ぐことが異例なのです。寂しいけれど離婚はウィル様の幸せには必要なことなのでしょう。
「ウィル様、わかっていますわ」
「エ、エル―シア、それは……」
もう片方の手を添えてウィル様の手をそっと包み込むと、自然に見えるよう静かに笑みを浮かべました。ここで泣いてはウィル様の負担になってしまいますし、円満離婚のためにも笑ってお別れを言うのが最善ですよね。これまでのご恩に報いるためにも、ここは一世一代の名演技を演じてみせます。
「エル―シア、私は……」
「ええ、わかっておりますわ、ウィル様。私もそのつもりでした。だから大丈夫です」
「そ、そうなのか?」
「ええ」
私は女優! 私は女優! そう心に念じながら笑みを浮かべました。一瞬でも気を抜けば泣いてしまいそうですが、今は涙厳禁です。私の涙腺は王都にいた時に枯れ果てたのです! だから大丈夫!
「それでは……」
「はい。離婚致しましょう。それがお互いにとって最善ですわ」
言葉の最後ににっこりと笑みを添えました。ここ大事です!
(い、言い切りましたわ、私。頑張りました!)
きっと一生で一番頑張ったと思います。泣きたい気分ですが、今にも泣いてしまいそうですが、言い切った達成感がそれを押し留めてくれています。後はこのまま最後まで演じ切りるだけです。ウィル様に覚えていて貰うなら、泣き顔よりも笑顔の方がずっといいですから。
「………………は?」
私が達成感に満たされていると意外な言葉が聞こえました。何だか戸惑いが含まれているようにも感じます。実際ウィル様は困惑した表情で私を見下ろしていました。
(え? ど、どうなさったのかしら? 私、何か間違え、た……?)
ここは「そうか、あなたがそういうのなら」とウィル様が言って、円満離婚の筈ですが……予定では私に向けられる表情は少し寂しそうに見える笑顔だった筈で、困惑ではなかったはずです。
「あ、あの、ウィル様?」
私が呼びかけてもウィル様は固まっているのかピクリとも動きません。どうしたことかとマーゴに視線を向けると口元に両手を当てて驚きの表情を浮かべていますし、いつの間にかライナーやデリカもいますが、ライナーは額に手を当て、デリカは盛大にため息をついているところでした。えっと……?
「……旦那様……あれほどご進言致しましたのに……」
「旦那様、何度も申し上げたではないですか。言わなければ伝わらないと……」
「…………」
デリカとライナーが可哀相な者を見る目を向けて諭すようにそう言うと、ウィル様はがっくりと肩を落とされました。マーゴもその隣でうんうん頷いています。どうやら私以外はその意味が分かっているようです。どうしたことかと私が戸惑っていると、ウィル様が改めて私の方を向いて座り直し、今度は両手で私の手をがしっと音がしそうなくらいに力を込めて包みました。
「エル―シア」
「は、はい!」
何でしょう、物凄く真剣な表情で名を呼ばれて、思わず背筋がピンと伸びてしまいました。薄紫の瞳が何だかいつもよりもその存在を主張しているようにも見えますし、手が、握られた手が痛いです。でも、何だかそれを言える雰囲気ではありません。
「エル―シア、私は、あなたと、離婚する気は、ない」
「……は?」
しっかりゆっくりと区切ってウィル様がそう言われました。でも、区切られたせいか逆に言葉が頭に入ってきません。
(えっと……私は、あなたと、離婚する気は、ない……私はあなたと離婚する気はない……)
心の中で何度も繰り返してみます。この場合、私はウィル様であなたは私でるよね? 敢えて区切られた言葉を繋げて、ようやく頭に入ってきました。入ってきましたが……
「え、えええええ―――っ!!?」
その言葉の意味を理解した時、私は盛大な叫び声を止めることが出来ませんでした。
「離婚する気はないって……離婚しない? ど、どうして……どうしてそんなことを仰るんですか!!?」
今や私は大パニックです。
「エル―シア、少し話をしたい」
ウィル様は私室のソファに私を座らせると、その隣に腰かけられました。手は相変わらず繋いだままですが、表情も固いままです。先ほどの女性のことをお怒りなのでしょうか。それとも……
(わ、私の社交界での評判を聞いて、結婚を後悔されたのかしら……)
呪いが解けてからは随分前向きになったと感じていますが、王都が絡むとどうしても気が重くなってしまいます。それだけ嫌な思い出があるのですが……
でも、もしかしたら今が離婚を切り出すいい機会なのかもしれません。先ほどはオスカーの容態が急変して話せませんでしたが、こうなったのなら今がその時なのでしょう。
「エル―シア、私たちの結婚のことなのだが……」
(や、やっぱり……!)
凄く言い難そうにそう切り出したウィル様に、私はとうとうこの時が来たのだと悟りました。うう、今までの温かく幸せな日々は終わったのですね……
でも、ウィル様の妻が私では釣り合いがとれないのは事実ですし、何のメリットもありません。我が国では公爵家の当主は王家か侯爵家以上の家から妻を迎えるのが一般的で、伯爵家の私がウィル様に嫁ぐことが異例なのです。寂しいけれど離婚はウィル様の幸せには必要なことなのでしょう。
「ウィル様、わかっていますわ」
「エ、エル―シア、それは……」
もう片方の手を添えてウィル様の手をそっと包み込むと、自然に見えるよう静かに笑みを浮かべました。ここで泣いてはウィル様の負担になってしまいますし、円満離婚のためにも笑ってお別れを言うのが最善ですよね。これまでのご恩に報いるためにも、ここは一世一代の名演技を演じてみせます。
「エル―シア、私は……」
「ええ、わかっておりますわ、ウィル様。私もそのつもりでした。だから大丈夫です」
「そ、そうなのか?」
「ええ」
私は女優! 私は女優! そう心に念じながら笑みを浮かべました。一瞬でも気を抜けば泣いてしまいそうですが、今は涙厳禁です。私の涙腺は王都にいた時に枯れ果てたのです! だから大丈夫!
「それでは……」
「はい。離婚致しましょう。それがお互いにとって最善ですわ」
言葉の最後ににっこりと笑みを添えました。ここ大事です!
(い、言い切りましたわ、私。頑張りました!)
きっと一生で一番頑張ったと思います。泣きたい気分ですが、今にも泣いてしまいそうですが、言い切った達成感がそれを押し留めてくれています。後はこのまま最後まで演じ切りるだけです。ウィル様に覚えていて貰うなら、泣き顔よりも笑顔の方がずっといいですから。
「………………は?」
私が達成感に満たされていると意外な言葉が聞こえました。何だか戸惑いが含まれているようにも感じます。実際ウィル様は困惑した表情で私を見下ろしていました。
(え? ど、どうなさったのかしら? 私、何か間違え、た……?)
ここは「そうか、あなたがそういうのなら」とウィル様が言って、円満離婚の筈ですが……予定では私に向けられる表情は少し寂しそうに見える笑顔だった筈で、困惑ではなかったはずです。
「あ、あの、ウィル様?」
私が呼びかけてもウィル様は固まっているのかピクリとも動きません。どうしたことかとマーゴに視線を向けると口元に両手を当てて驚きの表情を浮かべていますし、いつの間にかライナーやデリカもいますが、ライナーは額に手を当て、デリカは盛大にため息をついているところでした。えっと……?
「……旦那様……あれほどご進言致しましたのに……」
「旦那様、何度も申し上げたではないですか。言わなければ伝わらないと……」
「…………」
デリカとライナーが可哀相な者を見る目を向けて諭すようにそう言うと、ウィル様はがっくりと肩を落とされました。マーゴもその隣でうんうん頷いています。どうやら私以外はその意味が分かっているようです。どうしたことかと私が戸惑っていると、ウィル様が改めて私の方を向いて座り直し、今度は両手で私の手をがしっと音がしそうなくらいに力を込めて包みました。
「エル―シア」
「は、はい!」
何でしょう、物凄く真剣な表情で名を呼ばれて、思わず背筋がピンと伸びてしまいました。薄紫の瞳が何だかいつもよりもその存在を主張しているようにも見えますし、手が、握られた手が痛いです。でも、何だかそれを言える雰囲気ではありません。
「エル―シア、私は、あなたと、離婚する気は、ない」
「……は?」
しっかりゆっくりと区切ってウィル様がそう言われました。でも、区切られたせいか逆に言葉が頭に入ってきません。
(えっと……私は、あなたと、離婚する気は、ない……私はあなたと離婚する気はない……)
心の中で何度も繰り返してみます。この場合、私はウィル様であなたは私でるよね? 敢えて区切られた言葉を繋げて、ようやく頭に入ってきました。入ってきましたが……
「え、えええええ―――っ!!?」
その言葉の意味を理解した時、私は盛大な叫び声を止めることが出来ませんでした。
「離婚する気はないって……離婚しない? ど、どうして……どうしてそんなことを仰るんですか!!?」
今や私は大パニックです。
96
お気に入りに追加
1,844
あなたにおすすめの小説
大嫌いな幼馴染の皇太子殿下と婚姻させられたので、白い結婚をお願いいたしました
柴野
恋愛
「これは白い結婚ということにいたしましょう」
結婚初夜、そうお願いしたジェシカに、夫となる人は眉を顰めて答えた。
「……ああ、お前の好きにしろ」
婚約者だった隣国の王弟に別れを切り出され嫁ぎ先を失った公爵令嬢ジェシカ・スタンナードは、幼馴染でありながら、たいへん仲の悪かった皇太子ヒューパートと王命で婚姻させられた。
ヒューパート皇太子には陰ながら想っていた令嬢がいたのに、彼女は第二王子の婚約者になってしまったので長年婚約者を作っていなかったという噂がある。それだというのに王命で大嫌いなジェシカを娶ることになったのだ。
いくら政略結婚とはいえ、ヒューパートに抱かれるのは嫌だ。子供ができないという理由があれば離縁できると考えたジェシカは白い結婚を望み、ヒューパートもそれを受け入れた。
そのはず、だったのだが……?
離縁を望みながらも徐々に絆されていく公爵令嬢と、実は彼女のことが大好きで仕方ないツンデレ皇太子によるじれじれラブストーリー。
※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。
公爵閣下に嫁いだら、「お前を愛することはない。その代わり好きにしろ」と言われたので好き勝手にさせていただきます
柴野
恋愛
伯爵令嬢エメリィ・フォンストは、親に売られるようにして公爵閣下に嫁いだ。
社交界では悪女と名高かったものの、それは全て妹の仕業で実はいわゆるドアマットヒロインなエメリィ。これでようやく幸せになると思っていたのに、彼女は夫となる人に「お前を愛することはない。代わりに好きにしろ」と言われたので、言われた通り好き勝手にすることにした――。
※本編&後日談ともに完結済み。ハッピーエンドです。
※主人公がめちゃくちゃ腹黒になりますので要注意!
※小説家になろう、カクヨムにも重複投稿しています。
希望通り婚約破棄したのになぜか元婚約者が言い寄って来ます
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢ルーナは、婚約者で公爵令息エヴァンから、一方的に婚約破棄を告げられる。この1年、エヴァンに無視され続けていたルーナは、そんなエヴァンの申し出を素直に受け入れた。
傷つき疲れ果てたルーナだが、家族の支えで何とか気持ちを立て直し、エヴァンへの想いを断ち切り、親友エマの支えを受けながら、少しずつ前へと進もうとしていた。
そんな中、あれほどまでに冷たく一方的に婚約破棄を言い渡したはずのエヴァンが、復縁を迫って来たのだ。聞けばルーナを嫌っている公爵令嬢で王太子の婚約者、ナタリーに騙されたとの事。
自分を嫌い、暴言を吐くナタリーのいう事を鵜呑みにした事、さらに1年ものあいだ冷遇されていた事が、どうしても許せないルーナは、エヴァンを拒み続ける。
絶対にエヴァンとやり直すなんて無理だと思っていたルーナだったが、異常なまでにルーナに憎しみを抱くナタリーの毒牙が彼女を襲う。
次々にルーナに攻撃を仕掛けるナタリーに、エヴァンは…
初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
【完結】さようなら、婚約者様。私を騙していたあなたの顔など二度と見たくありません
ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
婚約者とその家族に虐げられる日々を送っていたアイリーンは、赤ん坊の頃に森に捨てられていたところを、貧乏なのに拾って育ててくれた家族のために、つらい毎日を耐える日々を送っていた。
そんなアイリーンには、密かな夢があった。それは、世界的に有名な魔法学園に入学して勉強をし、宮廷魔術師になり、両親を楽させてあげたいというものだった。
婚約を結ぶ際に、両親を支援する約束をしていたアイリーンだったが、夢自体は諦めきれずに過ごしていたある日、別の女性と恋に落ちていた婚約者は、アイリーンなど体のいい使用人程度にしか思っておらず、支援も行っていないことを知る。
どういうことか問い詰めると、お前とは婚約破棄をすると言われてしまったアイリーンは、ついに我慢の限界に達し、婚約者に別れを告げてから婚約者の家を飛び出した。
実家に帰ってきたアイリーンは、唯一の知人で特別な男性であるエルヴィンから、とあることを提案される。
それは、特待生として魔法学園の編入試験を受けてみないかというものだった。
これは一人の少女が、夢を掴むために奮闘し、時には婚約者達の妨害に立ち向かいながら、幸せを手に入れる物語。
☆すでに最終話まで執筆、予約投稿済みの作品となっております☆
【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる