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呪いの核

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「ウィル様!!」

 あと一歩のところで解呪出来るというところで、私はウィル様の名を呼びました。あと一つ、それを解くだけでこの聖域の呪いが解けますが、ウィル様にはエガードとの分離という大仕事が待っています。それもあって解呪出来そうなところまで来たら知らせてほしいと言われていたのです。

「エル―シア! やってくれ!」
「はいっ!」

 私の呼びかけの意味を理解して下さったウィル様の合図に私は大きく頷くと、最後の一つに魔力を込めました。次の瞬間、真っ白になったと思ったら、あっという間に金色の光に覆われました。

「エル―シア!!」

 眩しさに何も見えない私にウィル様の声が届きましたが、次の瞬間、一気に森が揺れたような気がしました。そして……目の前には、人間の倍の高さがあるだろう、巨大な何かが現れたのです。

「こ、これは……」
「エル―シア!!」

 何が起きたのかわからず立ちすくんだ私は、次の瞬間地面に倒れていました。驚く私の目に映ったのは地面らしきものと騎士服でした。それを認識した瞬間、何かの叫び声がしました。それは不愉快で不気味で、禍々しさに満ちていました。

「え? あ、ウ、ウィル様!?」
「ああ、危なかったな」

 ここでようやく一部だけですが状況が理解出来ました。どうやら私はウィル様に庇われて倒れ込んだようです。ふと、私がいた場所に視線を向けると、そこには大きな穴が開いていました。あの穴は……もしかして……

「ウ、ウィル様、あれは……?」

 その巨大な何かは、一言で表現するのは難しいものでした。三つの目を持つ鹿のような頭、黒く捻じれた長い二本の角、身体は太り過ぎた羊のように太く、身体を支える足はとても短く太く見えます。大きな口からは牙と涎が覗き、体毛は黒を基調に緑と赤が入り混じっています。その色合いは……呪われていたウィル様に似ています。

「この呪いの核、または呪いによって成長した魔獣、だろうか。詳しいことは私にもわからないが……」
「そんな……」
「恐らくは、あの魔石に封じられていたのだろう」
「魔石に?」

 それでは……あれが現れたのは解呪したせいだったのでしょうか。だったら私がしたことは……

「エル―シアのせいではない。あれこそが呪いの正体だろう。奴を倒せばこの聖域を取り戻せる。大丈夫だ、あのクラスの魔獣なら何度か戦ったことがある」

 力強くウィル様はそう言いましたが、今ここにいるのは精鋭とはいえ少人数の騎士で、数は二十に満たないでしょう。今までに出会ったことのない巨大な魔獣では太刀打ち出来るとは思えません。

「一気に行くぞ! 何があっても命は落とすな!」
「「「はっ!!」」」

 そんな私の懸念をよそに、ウィル様の掛け声とともにその場にいた騎士が一斉に魔獣に襲い掛かりました。その中には魔術師もいて、氷の矢がその身体に吸い込まれていきますが、それでも魔獣にダメージがあったようには見えません。動きが遅いのが幸いでしょうか。それでも角を前にして騎士たちを薙ぎ払い、身体は固いのか剣を受けても傷がついたようには見えません。私は……ただ見ているしか出来ません。

「ウィル様!!!」

 そうこうしている間に、後方から騎士たちが何人も駆けてきました。私たちを先に行かせるために魔獣を足止めしてくれていた騎士たちでしょうか。彼らは魔獣を見ると一瞬怯んだようにも見えましたが、仲間が戦っているのを見て察したのでしょう。あっという間に加勢に向かいました。さすがに一対多では魔獣は攻撃するスキもないのでしょう、魔獣の動きが段々と弱まっているように見えます。

 その時です。魔獣がいきなり動きを止め、その刹那に誰かが野獣の額にある目めがけて剣を付き下ろすのが見えました。ウィル様です。とうとう魔獣が限界を迎え、止めを刺すのだと私がホッとしたのもつかの間、突然魔獣の背後から何かが現れました。それは細長く鞭のようにしなやかに宙を舞い、飛び掛かったウィル様に襲い掛かりました。

「ウィル様!!!」

 名を呼んだのは誰の声だったでしょうか。放たれた声と同じくして何かが脇から飛び出し、止めを刺そうとした影がウィル様に重なりました。

「オスカー!!!」

 ウィル様の声が響きます。しなやかな一撃を受けたのは……オスカーのようです。その衝撃でオスカーは近くの木に叩きつけられて地面に倒れ込んでしまいました。近くにいた騎士が二人、駆けつけます。

「馬鹿! 何やっているのよ?!」

 続いて飛び込んできた声は、イデリーナのものでした。オスカーに駆け寄る彼女の姿に気を取られていると、地面を揺らすような唸りが聞こえました。慌てて声の方を向くと、そこには額にある目に剣が刺さった魔獣と、魔獣から離れた場所に着地するウィル様が見えました。剣を受けた魔獣が動きを止め、その隙に魔術師が火の矢を放ちました。瞬き三回分の後、魔獣の身体はゆっくりと一方に揺れ、次の瞬間には地響きを立て地面に倒れ込みました。残った二つの目がそれぞれに何かを睨みつけていましたが、程なくして力を失って行き、最後には静かに瞼が閉じるのが見えました。

「…………や、やった……のか?」
「や、やった? やったんだよな!? な?」
「あ、ああ……た、倒した……倒したんだよな!?」
「た、倒した!! やっと呪いの主を倒したんだ―――!!!」

 騎士たちが恐る恐る歓声を上げる横で、魔獣の身体が少しずつ、でも目に見える速さでシュウシュウと音を立てながら小さくなっていきます。その様は、これまでに見たどんなものよりも禍々しくて恐ろしく、悍ましいものでした。騎士たちが歓喜の声を聞きながら、私はその終焉から目が離せず、その場に立ち尽くしていました。




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