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襲撃者の処分
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とうとう即位と結婚の日程が決まった。そろそろだと言われていたし、理解していたつもりだったけれど、いざとなると表現のしようのない焦燥感が湧き上がった。私が王妃に立つと言われていたけれど、実際にそうなると突きつけられると空恐ろしく感じた。足元が揺らぐような感覚に思わず強く目を瞑った。
「いよいよソフィ様が……王妃におなりになりますのね」
部屋に戻るとティアが感慨深そうにそう言った。ずっと私を王妃にするために導いてくれたから、その想いに応えることが出来たのは嬉しい。嬉しいけれど、本当に私でいいのかと不安になる。王女として育っていないから威厳もないし、貴族はともかく民は納得してくれるのだろうか。王妃だと紹介された女が地味で平凡だったらがっかりしないだろうか。皇子の見目も所作も王者の風格があるだけに、並んで立つと凄く不釣り合いで今から胃が痛くなりそうだった。
「どうした?」
声をかけてきたのは皇子だった。
「殿下……いつの間にここに……」
「何時の間にって……ずっと一緒に来ただろうが」
「え?」
「……もしかして、気付いていなかったのか?」
全く気付いていなかった。そう言えば何か話があるようなことを言っていた気がする。
「何の話?」
「何だ、そこは覚えていたのか?」
「……一応……」
「何だよ、それ」
やっぱり呆れられるのは同じだった。手を引かれてそのままソファに座った皇子の膝に乗せられた。またこれかと思ったけれど、抗議しても却下されるのは目に見えている。今は抵抗する気力が湧かなかった。
「……それで、話って?」
早くこの状態を終わらせたくて話を振った。
「ああ、先日の騎士らの処分が決まったんだ。叔父上からさっき聞いた」
「処分が?」
「ああ、思ったよりも賛同者が少なかったらしい。最終的に捕まったのは十六人だった」
「十六人って……そんなに少なかったの?」
五十人は軽くいると思っていた。十六人だったら逃げずに大声を出すか隠し通路に隠れていればよかったかもしれない。今更だけど。
「首謀者は王妃の実家の傍流だ。血筋的にかなり遠かったから追放の対象にならなかった男だ。どうやら王の学友だったらしいな」
「父の……」
あんな父でも支持してくれた者がいたのか。命を懸けるほどの相手じゃないのにと気の毒に感じた。
「彼らはお前を助け出してネルダールに保護してもらう気だったらしい。帝国人に無理やり嫁がされるよりはネルダールで人並みの幸せをと考えていたようだな。男にはお前と年の近い娘がいたから同情したんだろう」
「娘がいた?」
「ああ。だが先の戦争時に流行り病にかかって、妻と娘が亡くなったらしい。自棄になっていたのかもしれないな」
戦争が起きなければ妻子は亡くならずに済んだかもしれないのに……そう思うほどに戦争を選んだ父の罪の深さに鳥肌が立った。今父が生きていたら、彼に何と言っただろうか……それを想像しようとしてやめた。きっとあの父には何も届かないような気がしたからだ。
「あと、マテウス=リドマンだが……」
その名を聞いて心臓が跳ねた。皇子に気付かれなかっただろうか……
「ソフィの暗殺を考えていたのは奴と年の近い騎士の二人だった」
「二人だけ?」
それは意外だった。てっきりそれなりの協力者がいると思っていたから。
「賛同していた者たちはソフィに忠誠を誓う者ばかりだった。その中であの二人だけがアンジェリカの信者だったんだ。まぁ、もう一人はネルダールに売り込んで自分も彼の国で一発当てようと考えていたらしいな」
「そっ、か……」
私を本気で殺そうとしたのは彼一人だった。まさかたった一人の味方だと思っていた人がそうだったなんて……そんな霞のような思い込みを支えにしていた自分も、人を見る目のない自分も情けなかった。
「おい。どうした?」
皇子の声が震え、頬に手が添えられていた。どうしたって……
「……え?」
「何で泣く?」
側にいたティアからハンカチを受け取った皇子がそっと私の頬に当てた。どうして泣いているのか、自分でもよくわからなかった。
「……あの男のこと、好きだったのか?」
「……え?」
思いがけない言葉に思わず皇子を見上げた。好きって……私が、彼を? 確かにずっとあの人に優しくされた記憶があったから今まで耐えて来られたけれど……好き?
「……わかり、ません……」
「……そうか」
「でも……ずっと昔に、優しくしてくれて……」
「ああ」
「誰も私に声を、かけなかった……母も私のこと、嫌っていたし……」
「そうか」
「彼だけが大丈夫って言ってくれて……お菓子もくれて……」
「……」
「それが嬉しくて、ずっと……頑張ろうって、思えて……私は……」
それ以上は声にならなかった。母が死んだ後は泣くもんかと誓ったのに……涙が止まらなかった。抱き寄せられて皇子の体温が伝わってきた。包み込まれる温かさと、背を撫でる手が優しくて心地よくて、一層泣けて仕方がなかった。
「ほら。泣けるときに泣いとけ」
子どもをあやす様な声でそう言われたら、一層歯止めが利かなくなってしまった。いい年して、よりにもよって皇子の前で泣くなんて……そう思うのに皇子が思いがけず優しくて抗う気力が湧いてこなかった。
「ほら、寝ておけ」
何度も髪を撫でる手が心地よかった。泣き過ぎたせいか物凄く眠くて、その言葉に抗うことが出来ず目を閉じた。
「いよいよソフィ様が……王妃におなりになりますのね」
部屋に戻るとティアが感慨深そうにそう言った。ずっと私を王妃にするために導いてくれたから、その想いに応えることが出来たのは嬉しい。嬉しいけれど、本当に私でいいのかと不安になる。王女として育っていないから威厳もないし、貴族はともかく民は納得してくれるのだろうか。王妃だと紹介された女が地味で平凡だったらがっかりしないだろうか。皇子の見目も所作も王者の風格があるだけに、並んで立つと凄く不釣り合いで今から胃が痛くなりそうだった。
「どうした?」
声をかけてきたのは皇子だった。
「殿下……いつの間にここに……」
「何時の間にって……ずっと一緒に来ただろうが」
「え?」
「……もしかして、気付いていなかったのか?」
全く気付いていなかった。そう言えば何か話があるようなことを言っていた気がする。
「何の話?」
「何だ、そこは覚えていたのか?」
「……一応……」
「何だよ、それ」
やっぱり呆れられるのは同じだった。手を引かれてそのままソファに座った皇子の膝に乗せられた。またこれかと思ったけれど、抗議しても却下されるのは目に見えている。今は抵抗する気力が湧かなかった。
「……それで、話って?」
早くこの状態を終わらせたくて話を振った。
「ああ、先日の騎士らの処分が決まったんだ。叔父上からさっき聞いた」
「処分が?」
「ああ、思ったよりも賛同者が少なかったらしい。最終的に捕まったのは十六人だった」
「十六人って……そんなに少なかったの?」
五十人は軽くいると思っていた。十六人だったら逃げずに大声を出すか隠し通路に隠れていればよかったかもしれない。今更だけど。
「首謀者は王妃の実家の傍流だ。血筋的にかなり遠かったから追放の対象にならなかった男だ。どうやら王の学友だったらしいな」
「父の……」
あんな父でも支持してくれた者がいたのか。命を懸けるほどの相手じゃないのにと気の毒に感じた。
「彼らはお前を助け出してネルダールに保護してもらう気だったらしい。帝国人に無理やり嫁がされるよりはネルダールで人並みの幸せをと考えていたようだな。男にはお前と年の近い娘がいたから同情したんだろう」
「娘がいた?」
「ああ。だが先の戦争時に流行り病にかかって、妻と娘が亡くなったらしい。自棄になっていたのかもしれないな」
戦争が起きなければ妻子は亡くならずに済んだかもしれないのに……そう思うほどに戦争を選んだ父の罪の深さに鳥肌が立った。今父が生きていたら、彼に何と言っただろうか……それを想像しようとしてやめた。きっとあの父には何も届かないような気がしたからだ。
「あと、マテウス=リドマンだが……」
その名を聞いて心臓が跳ねた。皇子に気付かれなかっただろうか……
「ソフィの暗殺を考えていたのは奴と年の近い騎士の二人だった」
「二人だけ?」
それは意外だった。てっきりそれなりの協力者がいると思っていたから。
「賛同していた者たちはソフィに忠誠を誓う者ばかりだった。その中であの二人だけがアンジェリカの信者だったんだ。まぁ、もう一人はネルダールに売り込んで自分も彼の国で一発当てようと考えていたらしいな」
「そっ、か……」
私を本気で殺そうとしたのは彼一人だった。まさかたった一人の味方だと思っていた人がそうだったなんて……そんな霞のような思い込みを支えにしていた自分も、人を見る目のない自分も情けなかった。
「おい。どうした?」
皇子の声が震え、頬に手が添えられていた。どうしたって……
「……え?」
「何で泣く?」
側にいたティアからハンカチを受け取った皇子がそっと私の頬に当てた。どうして泣いているのか、自分でもよくわからなかった。
「……あの男のこと、好きだったのか?」
「……え?」
思いがけない言葉に思わず皇子を見上げた。好きって……私が、彼を? 確かにずっとあの人に優しくされた記憶があったから今まで耐えて来られたけれど……好き?
「……わかり、ません……」
「……そうか」
「でも……ずっと昔に、優しくしてくれて……」
「ああ」
「誰も私に声を、かけなかった……母も私のこと、嫌っていたし……」
「そうか」
「彼だけが大丈夫って言ってくれて……お菓子もくれて……」
「……」
「それが嬉しくて、ずっと……頑張ろうって、思えて……私は……」
それ以上は声にならなかった。母が死んだ後は泣くもんかと誓ったのに……涙が止まらなかった。抱き寄せられて皇子の体温が伝わってきた。包み込まれる温かさと、背を撫でる手が優しくて心地よくて、一層泣けて仕方がなかった。
「ほら。泣けるときに泣いとけ」
子どもをあやす様な声でそう言われたら、一層歯止めが利かなくなってしまった。いい年して、よりにもよって皇子の前で泣くなんて……そう思うのに皇子が思いがけず優しくて抗う気力が湧いてこなかった。
「ほら、寝ておけ」
何度も髪を撫でる手が心地よかった。泣き過ぎたせいか物凄く眠くて、その言葉に抗うことが出来ず目を閉じた。
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