【完結】入れ替われと言ったのはあなたです!

灰銀猫

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処刑の後

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「どうして!? どうしてあんただけ生きてるのよ!! あんたが死ぬべきだったのに!!」

 アンジェリカが血の涙を流しながら泣き叫び、私に手を伸ばす。

「どうしてあなただけ生き延びているの? あなたも帝国を騙した一人でしょう? 違うなんて言わせないわ。あなたは自らアンジェリカだと名乗ったのだから!」

 王妃の怨嗟の声が聴覚を占領する。

「ああ、ニーナ! お前はニーナだ! そうだろう? 私の可愛いニーナ! 永遠に離さんぞ!!」 

 ねっとりした視線を向けた父が、私の腕を軋むほどに掴んだ。

 昏い目をした三人が私から離れない。離そうとしない。目を塞いでも耳を閉じても、彼らの私を呪う声が何度も何度も繰り返された……

「違う! 私はアンジェリカでもニーナでもない!!」

 もう何度そう叫んだ事か……

「違うわ!! 私がソフィよ!! ソフィは私!! アンジェリカは、死ぬのはあんたよ!!」
「そうよ!! あなたはアンジェリカ!! 生き残るべきはこの子なのよ!!」
「ああ、ニーナ! 私のニーナ!!」

 どうしてそんなことを言うのか?……壊れた父はどうでもいいとして、王妃とアンジェリカは何故そうまでして私をアンジェリカと言うのだろう。 

「入れ替われと言ったのはあなたたちでしょう!? 帝国は最初から入れ替わったと知っていたわ!」

 昏い空間に向かって叫ぶと、彼らの声が止んだ。



 ふ、と意識が浮上するのを感じて、また夢を見ていたのだと気付いた。いつもそう叫んで目が覚める。瞼が重く感じて暫く目を閉じたまま息を吐いた。何度も繰り返される夢。何回みたか、五回目数えるのは止めた。夢の中で、目覚めたら忘れるだろうなと思ったことが何度かあったからだ。
 嫌な思いを吐き出すようにため息をついたら、ドアが開く音がして誰かが部屋に入って来る気配を感じた。さすがに不安を感じて目を開いた。眩しい……

「ソフィ様、お目覚めになりましたのね」

 気配の主はティアだった。泥のように重い眠りから中々抜け出せなくて頭が動かない。目覚めた場所が自室のベッドの上だったことに何故かホッとしている自分がいた。

「ティア……」
「ご気分はいかがですか?」
「うん、ありがとう……大丈夫よ」

 そう言いながら体を起こすと、酷く重い気がした。



 父らの死から十日が経った。あれから私はベッドの上の住人になっていた。あの翌日、私は高熱を出して朦朧としているところをティアに見つけられ、それから五日間熱が下がらず魘されていたらしい。らしいと言うのは私が全く覚えていないからだ。ティアや皇子の話では、寝言から父らの夢を見ていたのだろうとのことだった。実際、彼らの夢を何度もみたのを覚えていた。
 目覚めた日の午後、お見舞いに来てくれた皇子の第一声は『だから言ったのに』だった。呆れを隠さない皇子だったけれど、ティアの話では日に何度も様子を見に来てくれたという。全く記憶にない。
それにしても婚約者のようなものだとはいっても、寝込んでいる女性の寝室に入って来るのはどうなんだと思う。皇子、デリカシーがなさ過ぎないだろうか? 心配してくれたんだとは思うのだけど、素直にありがとうとは言い難かった。

 熱が下がってからも寝れば夢の中であの三人に絡まれて何度も目が覚めるせいか睡眠時間が減り、そうしている間に風邪をひいてまた熱が出た。やっと熱がひいたのが昨日だけど、夢の中で相変わらずあの三人に追われ、責められ、罵倒されていた。こうなったのは私のせいじゃないのに彼らは私を離してくれない。

 文句を言うべき相手はもうこの世にはいない。その事実は予想に反して日に日に重くのしかかっていた。

「……もう、何なのよ……」

 目が覚めれば責められる謂れはないし、そんなこと彼らもわかっていたはずだ。夢のせいか内容が理不尽過ぎるのに一向に収まらない。

「だから言っただろう。魘されるって」

 あきれ顔でそういうのは皇子だった。そんな顔も絵になるのだなと呑気な感想が出た自分はまだ大丈夫だなと思った。

「あれを見たせいじゃないと思いますよ。だって内容が全く状況に合っていませんし」

 王妃だって入れ替わりのことを今更どうこう言わなかったと思う。言っても言わなくても帝国にはお見通しだったし。少なくとも王妃とアンジェリカにとっては忘れていたんじゃないかと思う。特に王妃は弟のユーアン様の真実が明るみに出て、怒りと恨みは父に向かっていた。

「じゃ……罪悪感か?」
「罪悪感? 誰の、何に対しての?」
「そりゃあ、お前の中で、あの三人に対してのだろう?」
「……」

 私が彼らに罪悪感? あまりにも斬新過ぎる意見にまじまじと皇子を見てしまった。どこをどうしたらそんな風に思えるのか。頭の中を覗いてみたくなった。

「何だ?」
「いえ。その可能性は微塵も考えていなかったので」
「微塵って……そこまで言い切るか?」
「だって、本当に彼らには罪悪感のざの字もないので」

 もし罪悪感があるしたら弟に対してだろう。そういえば夢に弟が出て来たことはなかった。今頃どうしているだろう。彼らの死を知らされてどう感じただろうか。

「弟は元気にしていますか?」
「あ? ああ。特に変わりないと聞くが……どこから弟の話になったんだ?」

 怪訝そうな表情をされたけれど、説明するのも億劫で聞かなかったことにした。そうか、弟は変わりなく過ごしているのか。私のように変な夢を見ていなければいいのだけど。

「ところで殿下」
「何だ?」
「お願いですから寝室にまで入ってこないで下さい」
「は?」

 そうだ、これを言わなきゃとずっと思っていた。心配してくれているのだろうけど、だからと言ってこんな姿を見られるのはさすがの私でも遠慮したい。

「いずれ結婚するにしても、乙女の寝室に入るなんてデリカシーないですよ」
「は? いや、だってそれは、その、心配で……」
「殿下、だから申し上げているでしょう? 女性の寝室の入るなど無神経ですよって」

 ティアはわかってくれて忠告してくれていたらしい。がっくりと皇子が肩を落とした。




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