【完結】入れ替われと言ったのはあなたです!

灰銀猫

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弟との面会

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 翌日、皇子がやって来て弟と面会だと言われた。早過ぎると言えば、父らの処刑まで日がないため早い方がいいだろうと言われた。確かにそうかもしれないけれど、心の準備が出来ていない。何を話すか、どう振舞うべきか考える暇もなく会うことになった。
 今日になるかもしれないって、先に言ってくれればよかったのに……そう思う一方で、わかっていたら昨夜は色々考えすぎて眠れなかっただろうとも思う。もしかして皇子、わかっていて言わなかったのだろうか。

「どうした?」
「いえ、何を話せばいいのかと……」
「考えても仕方がないだろう。会えば自ずと言葉も出てくるだろうよ」

 そう言われてしまうと身も蓋もないが、今はそれに縋るしかなかった。何と話しかけていいのか見当もつかないのだから、その場の雰囲気に身を任せるしかないだろう。案外弟はお喋りで、こっちが話す隙がないなんて可能性もあるのだ。

 面会は皇居の一角の応接室だった。ここに来たことは初めてだ。落ち着いた雰囲気の部屋に弟と皇子、そして壁際には侍女と護衛騎士。あの侍女の中の一人は弟専属なのだろうか。お仕着せの服が同じだから誰なのか判断が付かない。

「ごきげんよう。お元気でしたか?」
「はい」

 謁見室で会った以来だけど、顔色も普通で見た目は元気そうに見えた。相変わらず表情がなくて子供らしさも感じられないけれど。手紙では色んなことが書かれていたけれど、もしかするとあれは誰かが代筆したものかもしれない。

「こちらでの生活はどうですか? 無理などしていません?」
「はい」

 楽観的期待は呆気なく外れた。弟と会話が続かない。話しかけても一言しか返ってこないのは厳しかった。自ずと言葉が出てくるって言ったの誰よ……恨めし気に皇子をみたけれど、涼しい顔してお茶を飲んでいて私の視線には気付かなかった。気付いてもさりげなく流されそうだけど。
 その後も帝国での生活について尋ねたけれど、『はい』とか『いいえ』『大丈夫です』などの単語が返って来るだけだった。これは会話したくないと思われているのだろうか。それでも、聞いておきたい事があった。

「その……あなたが王妃に虐待されていたと聞いたのだけど……それは本当なの?」

 皇子に尋ねたら本当だと言われたけれど、それでも本人に確かめたかった。

「はい」

 返ってきた言葉はそれだけだった。じっと見つめても弟からは何の感情も読み取れなかった。まるで人形のようだ。

「そ、そう。それで……大丈夫なの?」
「何がですか?」

 確かに曖昧過ぎる問いだったかもしれない。

「その……体調とか、精神的な面とか……」

 今でも影響がないはずはない。私だって王妃に甚振られた三年間は自己評価を下げ、以前にも増して人が怖いと思うようになっていた。弟はもっと小さな頃からだったから、もっと影響は大きかっただろう。今の感情のない様子はそのせいだろうと思うのは間違っていないように感じた。

「体調は左足に麻痺があって歩くには問題ありませんが走るのは難しいです。精神的な面は……どうでしょう。自分ではわかりません。でも、他の人のように感情というものを感じることはないようです。笑ったり泣いたりが出来ません」
「……」

 人形が話しているかのような淡々とした話し方とその内容に、息を呑むしか出来なかった。足に麻痺? それだけの怪我を負ったせい? それに笑ったり泣いたり出来ないって……

「そ、そんな……
「お気遣いいただく必要はありません。特に不自由は感じておりませんから。むしろこれからの生活を思えばその方が有り難いのかもしれませんし」

 冷静な物言いはとても十四歳のそれとは思えなかった。皇子を見ると小さく頭を振った。半年経っても帝国側でもどうにもならなかったと言うことだろうか。いや、まだ半年しか経っていないけれど……

「僕のことはお気遣いなく。アシェルから付いてきてくれたノーラもいます」

 エリクの視線が視線を壁に向けると、一人の侍女が会釈した。私たちよりも一回りくらい上、三十前後に見える彼女は地味だけど堅実そうな顔立ちをしていた。

「彼女が、あなたを支えてくれているの?」
「はい」
「そう。ノーラさん、どうかエリクをよろしくお願いします」

 彼女に頭を下げた。私では弟の力になれない。彼が心を開くだけの時間が私たちにはないから。彼女だけが頼りだった。

「……それと、本当に父に会わなくてもいいの?」

 王妃と異母姉は血の繋がりがない。でも、父は本当の父だ。会わなくていいのか、それだけを確かめたかった。

「会った方がいいとお考えですか?」

 初めて弟が質問してきた。でも……

「……何が正解なのか、私はあなたじゃないからわからない。私は……」

 私はどうだっただろう。会ってよかったと言い切れるだろうか? むしろ知らない方がよかったと、そう思える内容だった。知らなければ王妃と異母姉を恨んでいれば済むから楽だったかもしれない。

「私は……まだ答えが出ない。とんでもなく醜悪で聞かなければいいと思う話だったから……会わない方がいいのかもしれない。でも……」
「だったらいいです」
「え?」
「会いません。時間の無駄ですから」
「そ、そう……」

 彼の答えは変わらなかった。そう思わせる何かがあったのだろう。もしかしたらあの話の一片なりとも知っているのかもしれないし、もっと嫌な話があったのかもしれない。面会を強要するのは私の自己満足なのだろう。もしかしたら、この面会もそうなのかもしれない……

「お会い出来てよかったです。どうかお元気で」
「え、ええ……」

 そう言うと弟は立ち上がり、皇子に一礼すると入り口に向かった。最後まで振り返ることなく部屋を出た彼を、私はただ見つめるしか出来なかった。



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