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皇子の結婚事情
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エヴェリーナ様がアルヴィド皇子と婚約する予定だったとの話は、私を打ちのめした。エヴェリーナ様に憧れて浮かれていた自分が情けなく恥ずかしい。エヴェリーナ様は私たちをどんな思いで見ていただろうか。慕っていた皇子との婚約が決まりかけていたのに、急に白紙になったのだ。そのショックはどれほどだったか……
「ティア、話してくれる?」
「アンジェリカ様、ですが……」
「本当のことを知っておきたいの。エヴェリーナ様にこれ以上ご無礼を重ねるわけにはいかないもの……」
既に十分すぎるほどご不快な思いをさせているはず。存在すること自体が許せないかもしれない。だったら知らないままではいられない。
ティアの話は予想通りだった。お二人の間には婚約の話が出ていて、あと一歩というところだったという。
帝国は属国にした国に自国の王族を置き、その国の王女を妃として迎える。その方針を今まで続けてきた。アルヴィド皇子もその候補として婚約者も持たず、いざという時に備えていたという。
そんな中、皇子に結婚の話が出た。帝国に表立って対立する国も、旧マイエルのように圧政に苦しむ国もない。他国に兵を送る気配はなかった。当時アシェルの治政は特段悪いという訳でもなく、戦争を始めるだけの力はないと帝国はみていた。
皇子妃候補にあがったのはエヴェリーナ様をはじめとした令嬢だった。その中でエヴェリーナ様は最も相応しいと目された。聡明で美しく贅沢も好まない。皇子も彼女ならと婚約に前向きだったという。そうなれば皇子は帝国に残り、いずれは皇帝になる兄を支える筈だった。
なのに、帝国の予想に反してアシェルが宣戦布告してきた。戦争になれば帝国の勝ちは明らかで、アシェルを治める王族が必要になる。そこで唯一未婚だったアルヴィド皇子に白羽の矢が立ったという。婚約の話はなくなり、戦争に勝ってアシェルの王女を娶ることになった。それが私たちだった。
「エヴェリーナ様は、どんな気持ちでお茶会に……」
あのお茶会を誰がやろうと言い出したのかわからない。でも、エヴェリーナ様にとっては酷だっただろう。皇子を慕い婚約まであと少しというところで全てを無にした憎い相手。そんな私たちを前に、どんな思いで笑みを浮かべていたのか。
「言い出したのはエヴェリーナ様ご自身だったと伺っています」
「エヴェリーナ様が?」
「はい。詳しいことは存じませんが……」
「そう……」
どうしてそんなことを言い出したのだろう。かわからない。もしかしたら相手にあってみたかったのだろうか。でもそれなら一度で十分。何度も不快な思いをする必要などない。私だったら……会いたいとは思わないだろう。多分。
「なんてお詫び申し上げたらいいのか……でも、そう思うことも烏滸がましいわよね」
「……」
ティアは何も言わなかった。きっと同じように思ったからだろう。謝ってすむ話ではないし、謝られても困るだろう。婚約していたのならまだしも候補だったのだ。それに、謝ったら許すと言わなければならなくなる。それはそれで負担だろう。
「侍女たちの態度が変わったのも、そのせいかしら?」
「え?」
「少し前から、ティア以外の侍女たちの態度が、その、前よりも余所余所しく感じるようになったの。思えばエヴェリーナ様とのお茶会の後だったかもしれないわ」
確証はないけれど、時期はあっているように思う。私が憧れたのだ、侍女の中にも同じように憧れた者はいただろう。同じ敗戦国の王女でもマイエルは九年前。若い侍女だったら馴染みは薄い。
「そう、でしたか。それは申し訳ございません。私の監督不足でございます」
「ティアのせいじゃないわ。侍女たちだって長くお住いのエヴェリーナ様に親しみを感じるのは当然よ。アシェルとは半年前まで戦争をしていたのだし」
その差はどうしようもない。
「……アルヴィド殿下も、エヴェリーナ様をお慕いしていたのかしら?」
その可能性は高いだろう。付き合いも長く、エヴェリーナ様は美しく聡明で同性の私から見ても魅力的だ。
「それは……私には何とも。以前から交流はおありでした。皇后様には姫君がいらっしゃらなかったので、どちらかというと皇后さまのご意向が強かったと伺っています」
「そう……」
皇后さまが敵国だった王女を我が子の妃にと望まれたのだ。あれほど麗しく優秀だと侍女が騒ぐ皇子なら、皇后さまにも自慢の息子だろう。その息子の婚約を台無しにしたのだ。皇后さまの不興も買ってしまったのだろう。それを思うと気が重い。
「エヴェリーナ様に、謝罪すべきだと思う?」
「それは……」
ティアに聞くことではないとわかっていても、他に相談できる人がいない。私が接する相手は侍女と教師、皇子とエヴェリーナ様くらいだ。異母姉は論外だし。
「……僭越ですが……エヴェリーナ様は謝罪をお望みではないと思います。それはアルヴィド殿下もです」
ティアが迷いながらもうそう言った。私もそう思う。同じ立場になったらそっとしておいてほしいと思うだろう。知られたことで今までと違う感情を向けられるのは、いい気分はしないだろうから。
「お気になるようでしたら、アルヴィド殿下にご相談するのがおよろしいかと」
エヴェリーナ様よりは皇子の方がましかもしれない。皇子がエヴェリーナ様の女心を理解しているかにもよるけど。
「そうね。機会があったら、それとなく尋ねてみるわ」
自分で言いながら心許ないなと思った。帝国に来て半年を過ぎようとしている。少しずつ打ち解けて来ているけれど、あの皇子に個人的なことを尋ねるのはまだハードルが高かった。
「ティア、話してくれる?」
「アンジェリカ様、ですが……」
「本当のことを知っておきたいの。エヴェリーナ様にこれ以上ご無礼を重ねるわけにはいかないもの……」
既に十分すぎるほどご不快な思いをさせているはず。存在すること自体が許せないかもしれない。だったら知らないままではいられない。
ティアの話は予想通りだった。お二人の間には婚約の話が出ていて、あと一歩というところだったという。
帝国は属国にした国に自国の王族を置き、その国の王女を妃として迎える。その方針を今まで続けてきた。アルヴィド皇子もその候補として婚約者も持たず、いざという時に備えていたという。
そんな中、皇子に結婚の話が出た。帝国に表立って対立する国も、旧マイエルのように圧政に苦しむ国もない。他国に兵を送る気配はなかった。当時アシェルの治政は特段悪いという訳でもなく、戦争を始めるだけの力はないと帝国はみていた。
皇子妃候補にあがったのはエヴェリーナ様をはじめとした令嬢だった。その中でエヴェリーナ様は最も相応しいと目された。聡明で美しく贅沢も好まない。皇子も彼女ならと婚約に前向きだったという。そうなれば皇子は帝国に残り、いずれは皇帝になる兄を支える筈だった。
なのに、帝国の予想に反してアシェルが宣戦布告してきた。戦争になれば帝国の勝ちは明らかで、アシェルを治める王族が必要になる。そこで唯一未婚だったアルヴィド皇子に白羽の矢が立ったという。婚約の話はなくなり、戦争に勝ってアシェルの王女を娶ることになった。それが私たちだった。
「エヴェリーナ様は、どんな気持ちでお茶会に……」
あのお茶会を誰がやろうと言い出したのかわからない。でも、エヴェリーナ様にとっては酷だっただろう。皇子を慕い婚約まであと少しというところで全てを無にした憎い相手。そんな私たちを前に、どんな思いで笑みを浮かべていたのか。
「言い出したのはエヴェリーナ様ご自身だったと伺っています」
「エヴェリーナ様が?」
「はい。詳しいことは存じませんが……」
「そう……」
どうしてそんなことを言い出したのだろう。かわからない。もしかしたら相手にあってみたかったのだろうか。でもそれなら一度で十分。何度も不快な思いをする必要などない。私だったら……会いたいとは思わないだろう。多分。
「なんてお詫び申し上げたらいいのか……でも、そう思うことも烏滸がましいわよね」
「……」
ティアは何も言わなかった。きっと同じように思ったからだろう。謝ってすむ話ではないし、謝られても困るだろう。婚約していたのならまだしも候補だったのだ。それに、謝ったら許すと言わなければならなくなる。それはそれで負担だろう。
「侍女たちの態度が変わったのも、そのせいかしら?」
「え?」
「少し前から、ティア以外の侍女たちの態度が、その、前よりも余所余所しく感じるようになったの。思えばエヴェリーナ様とのお茶会の後だったかもしれないわ」
確証はないけれど、時期はあっているように思う。私が憧れたのだ、侍女の中にも同じように憧れた者はいただろう。同じ敗戦国の王女でもマイエルは九年前。若い侍女だったら馴染みは薄い。
「そう、でしたか。それは申し訳ございません。私の監督不足でございます」
「ティアのせいじゃないわ。侍女たちだって長くお住いのエヴェリーナ様に親しみを感じるのは当然よ。アシェルとは半年前まで戦争をしていたのだし」
その差はどうしようもない。
「……アルヴィド殿下も、エヴェリーナ様をお慕いしていたのかしら?」
その可能性は高いだろう。付き合いも長く、エヴェリーナ様は美しく聡明で同性の私から見ても魅力的だ。
「それは……私には何とも。以前から交流はおありでした。皇后様には姫君がいらっしゃらなかったので、どちらかというと皇后さまのご意向が強かったと伺っています」
「そう……」
皇后さまが敵国だった王女を我が子の妃にと望まれたのだ。あれほど麗しく優秀だと侍女が騒ぐ皇子なら、皇后さまにも自慢の息子だろう。その息子の婚約を台無しにしたのだ。皇后さまの不興も買ってしまったのだろう。それを思うと気が重い。
「エヴェリーナ様に、謝罪すべきだと思う?」
「それは……」
ティアに聞くことではないとわかっていても、他に相談できる人がいない。私が接する相手は侍女と教師、皇子とエヴェリーナ様くらいだ。異母姉は論外だし。
「……僭越ですが……エヴェリーナ様は謝罪をお望みではないと思います。それはアルヴィド殿下もです」
ティアが迷いながらもうそう言った。私もそう思う。同じ立場になったらそっとしておいてほしいと思うだろう。知られたことで今までと違う感情を向けられるのは、いい気分はしないだろうから。
「お気になるようでしたら、アルヴィド殿下にご相談するのがおよろしいかと」
エヴェリーナ様よりは皇子の方がましかもしれない。皇子がエヴェリーナ様の女心を理解しているかにもよるけど。
「そうね。機会があったら、それとなく尋ねてみるわ」
自分で言いながら心許ないなと思った。帝国に来て半年を過ぎようとしている。少しずつ打ち解けて来ているけれど、あの皇子に個人的なことを尋ねるのはまだハードルが高かった。
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