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尽きないため息
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皇子との交流会は相変わらずお固い会話で終わった。異母姉のように甘えた声で名を呼ぶこともない。というか出来ない。
(はぁ、今日も気を使わせてしまったわ……)
何とか会話を続けようとするのだけど、思うように話題が出て来ない。話が途切れるのは失礼だと毎回話題をリストアップして臨むのに、皇子を前にすると半分はどこかに飛んでしまう。そのせいで中盤になると会話が途切れ、気まずい事この上ない。
「まぁ、アンジェリカ様、またため息ですか?」
「ティア、だって……」
アシェルからの付き合いのティアは、今や私の相談相手だ。彼女は帝国人で私の監視役でもあるけれど、外との接触を禁じられている私が頼りに出来るのも彼女しかいない。
「今日もですか?」
「……殿下を前にすると、緊張しちゃうのよ」
ため息がまた出た。もう少し年が近いか逆に離れていたらよかったのにと思う。もっと言えば普通の顔立ちだったらよかった。威圧感満載の美形、しかも皇子となれば、気軽にとか気楽にと言われても無理だ。
「殿下は気安い方ですから、そこまで気負わなくてもよろしいですよ」
「ティアは付き合いが長いし、男性と話し慣れているからそんなこと言えるのよ」
私は男性への耐性がない。アシェルでは母と離宮に住んでいたし、その後は王妃の侍女。男子禁制とまでは言わないけれど、男性は護衛騎士くらいしか近くにいなかったし、話をするのは教師くらいだった。夜会や舞踏会に出たこともない。生まれてからずっと男性とは関りがなかったのだ。
そのせいで男性が近くに来ると緊張してしまう。皇子も同じで、近付かれるとその分距離を取りたくなる。しかもあの皇子だ。笑顔の裏に何かあるのではと勘ぐってしまう。謁見の間での冷徹な印象が強過ぎて、とてもじゃないけれど親しくなれる気がしない。
(あの騎士みたいな人だったら、よかったんだけど……)
唯一の例外はあの茶髪の騎士だった。彼とは普通に話せた。髪を無造作に結び、分厚い眼鏡をかけた彼は、地味で野暮ったく見えて親近感があった。もう二度とあんな風に話すのは叶わないのだろうけど。
(アンジェリカでなければ、ソフィだったら、マシだったのに……)
入れ替わったせいで迂闊なことが言えないのもため息の数を増やす一因だった。王女らしく、ボロを出さないようにと思うと一層話し難い。なのに皇子は私の話を聞きたがる。どちらが王妃として相応しいかを見極めたいからだろう。それは仕方ないと思うのだけど……
(入れ替わったと言っても、信じて貰えなかったからなぁ……)
アシェル王宮での聞き取り調査では、使用人たちが揃って「金髪碧眼の王女がソフィ」と証言してしまった。それが今更変わることはないだろう。異を唱えているのは私だけだし。
(異母姉は腹立たしいでしょうね……)
異母姉は入れ替わって後悔しているだろう。自分が人質として帝国に嫁ぎたくなかったから私を替え玉にしたのに、夫になる予定の皇子は美形で、王女二人から選ばれるのだ。こうなると入れ替わる必要がなかった。元のままの方が有利だっただろうにと思う。
(まぁ、自業自得なんだけど……)
それを望んだのは向こうで私じゃない。ソフィとして苦労すればいいと思うけれど、「ソフィ」が異母姉のせいで別人になっていくのは面白くなかった。まぁ、それを言えば「アンジェリカ」だって随分変わってしまっただろうけど。
「……リカ様?」
「え?」
名を呼ばれていたのだと気付いて慌てて顔を上げると、ヘレンがいつの間にか部屋に入って来ていた。
「ああ、ごめんなさい。ぼーっとしていて。どうかして?」
「弟君からお手紙ですわ」
「まぁ、エリクから」
トレイに乗った手紙を手に取った。実弟のエリクは今、王宮の一角にある離宮で暮らしていると聞く。ここに来てから二月ほど経った頃から文通が許されたので、こうして時折手紙のやり取りをしていた。
そうは言ってもアシェルにいた時は一切の交流を禁じられていたので、赤の他人も同然だ。公にはエリクは王妃の子とされているから、「アンジェリカ」とは実の姉弟になる。だから手紙のやり取りは認められたのだけど、「アンジェリカ」じゃない私には苦痛でしかなかった。何を書けばいいのかわからないから。しかも手紙には帝国の検閲が入る。
出来れば実姉なのに何も出来なかったことを謝りたいけれど、そういうことも書けない。当たり障りのない近況を書くくらいしか出来なかった。きっと返事を出すエリクも大変だろう。彼も私が「アンジェリカ」ではないとわかっているのだから。
今日の手紙にも近況が綴られていた。帝国での暮らしのこと、勉強のことが殆どで、最後は身体を気遣う内容で終わる。私もほぼ同じだ。姉弟としては余所余所しいと感じるだろうけど、帝国に見られると思うとそうなってしまう。
皇子や使用人から聞く弟の様子は、穏やかに暮らしているというものばかりだ。敗戦国の王子なら処刑かと思ったけれど、自身が罪を犯していないのならそれはないと皇子は言った。まだ十三歳と若いから帝国風の教育を受け、問題がなければ一代限りの領地なしの爵位を得て暮らせるという。勿論監視はつくし、子を設けることは出来ないけれど。
ただ、これも情勢次第だ。彼が成人するまでにアシェル王国が落ち着くのが前提だ。エリクを祭り上げようとする反帝国派を抑え込めなければ、彼の幽閉生活は続いていく。彼だけではない。私たちは生きているだけで反帝国派の切り札になる。私たちが軟禁生活を送るのは反帝国派に奪われないため、彼らを勢い付かせないためだ。
(王妃に選ばれなかったら、どうなるのかしらね……)
その話をこれまでしたことはなかった。聞いてみたいと思うけれど、聞けば王妃になる気がないのかと思われて不利になるかもしれない。軽い気持ちで聞いてみたと言えるような関係も築けていない。
(本当に、どうやったら親しくなれるのかしら……)
結局堂々巡りで何も解決していない。また思いため息が出た。
(はぁ、今日も気を使わせてしまったわ……)
何とか会話を続けようとするのだけど、思うように話題が出て来ない。話が途切れるのは失礼だと毎回話題をリストアップして臨むのに、皇子を前にすると半分はどこかに飛んでしまう。そのせいで中盤になると会話が途切れ、気まずい事この上ない。
「まぁ、アンジェリカ様、またため息ですか?」
「ティア、だって……」
アシェルからの付き合いのティアは、今や私の相談相手だ。彼女は帝国人で私の監視役でもあるけれど、外との接触を禁じられている私が頼りに出来るのも彼女しかいない。
「今日もですか?」
「……殿下を前にすると、緊張しちゃうのよ」
ため息がまた出た。もう少し年が近いか逆に離れていたらよかったのにと思う。もっと言えば普通の顔立ちだったらよかった。威圧感満載の美形、しかも皇子となれば、気軽にとか気楽にと言われても無理だ。
「殿下は気安い方ですから、そこまで気負わなくてもよろしいですよ」
「ティアは付き合いが長いし、男性と話し慣れているからそんなこと言えるのよ」
私は男性への耐性がない。アシェルでは母と離宮に住んでいたし、その後は王妃の侍女。男子禁制とまでは言わないけれど、男性は護衛騎士くらいしか近くにいなかったし、話をするのは教師くらいだった。夜会や舞踏会に出たこともない。生まれてからずっと男性とは関りがなかったのだ。
そのせいで男性が近くに来ると緊張してしまう。皇子も同じで、近付かれるとその分距離を取りたくなる。しかもあの皇子だ。笑顔の裏に何かあるのではと勘ぐってしまう。謁見の間での冷徹な印象が強過ぎて、とてもじゃないけれど親しくなれる気がしない。
(あの騎士みたいな人だったら、よかったんだけど……)
唯一の例外はあの茶髪の騎士だった。彼とは普通に話せた。髪を無造作に結び、分厚い眼鏡をかけた彼は、地味で野暮ったく見えて親近感があった。もう二度とあんな風に話すのは叶わないのだろうけど。
(アンジェリカでなければ、ソフィだったら、マシだったのに……)
入れ替わったせいで迂闊なことが言えないのもため息の数を増やす一因だった。王女らしく、ボロを出さないようにと思うと一層話し難い。なのに皇子は私の話を聞きたがる。どちらが王妃として相応しいかを見極めたいからだろう。それは仕方ないと思うのだけど……
(入れ替わったと言っても、信じて貰えなかったからなぁ……)
アシェル王宮での聞き取り調査では、使用人たちが揃って「金髪碧眼の王女がソフィ」と証言してしまった。それが今更変わることはないだろう。異を唱えているのは私だけだし。
(異母姉は腹立たしいでしょうね……)
異母姉は入れ替わって後悔しているだろう。自分が人質として帝国に嫁ぎたくなかったから私を替え玉にしたのに、夫になる予定の皇子は美形で、王女二人から選ばれるのだ。こうなると入れ替わる必要がなかった。元のままの方が有利だっただろうにと思う。
(まぁ、自業自得なんだけど……)
それを望んだのは向こうで私じゃない。ソフィとして苦労すればいいと思うけれど、「ソフィ」が異母姉のせいで別人になっていくのは面白くなかった。まぁ、それを言えば「アンジェリカ」だって随分変わってしまっただろうけど。
「……リカ様?」
「え?」
名を呼ばれていたのだと気付いて慌てて顔を上げると、ヘレンがいつの間にか部屋に入って来ていた。
「ああ、ごめんなさい。ぼーっとしていて。どうかして?」
「弟君からお手紙ですわ」
「まぁ、エリクから」
トレイに乗った手紙を手に取った。実弟のエリクは今、王宮の一角にある離宮で暮らしていると聞く。ここに来てから二月ほど経った頃から文通が許されたので、こうして時折手紙のやり取りをしていた。
そうは言ってもアシェルにいた時は一切の交流を禁じられていたので、赤の他人も同然だ。公にはエリクは王妃の子とされているから、「アンジェリカ」とは実の姉弟になる。だから手紙のやり取りは認められたのだけど、「アンジェリカ」じゃない私には苦痛でしかなかった。何を書けばいいのかわからないから。しかも手紙には帝国の検閲が入る。
出来れば実姉なのに何も出来なかったことを謝りたいけれど、そういうことも書けない。当たり障りのない近況を書くくらいしか出来なかった。きっと返事を出すエリクも大変だろう。彼も私が「アンジェリカ」ではないとわかっているのだから。
今日の手紙にも近況が綴られていた。帝国での暮らしのこと、勉強のことが殆どで、最後は身体を気遣う内容で終わる。私もほぼ同じだ。姉弟としては余所余所しいと感じるだろうけど、帝国に見られると思うとそうなってしまう。
皇子や使用人から聞く弟の様子は、穏やかに暮らしているというものばかりだ。敗戦国の王子なら処刑かと思ったけれど、自身が罪を犯していないのならそれはないと皇子は言った。まだ十三歳と若いから帝国風の教育を受け、問題がなければ一代限りの領地なしの爵位を得て暮らせるという。勿論監視はつくし、子を設けることは出来ないけれど。
ただ、これも情勢次第だ。彼が成人するまでにアシェル王国が落ち着くのが前提だ。エリクを祭り上げようとする反帝国派を抑え込めなければ、彼の幽閉生活は続いていく。彼だけではない。私たちは生きているだけで反帝国派の切り札になる。私たちが軟禁生活を送るのは反帝国派に奪われないため、彼らを勢い付かせないためだ。
(王妃に選ばれなかったら、どうなるのかしらね……)
その話をこれまでしたことはなかった。聞いてみたいと思うけれど、聞けば王妃になる気がないのかと思われて不利になるかもしれない。軽い気持ちで聞いてみたと言えるような関係も築けていない。
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