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授業内容の変化
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異母姉が回復したと聞いたのは熱を出してから六日目だった。高熱は三日目には下がったけれど、その後も微熱が続いていたらしい。最初は見舞いに行こうと思っていたけれど、冤罪を被せてきたのでそれもやめた。忘れた頃に見舞いに来なかったと言い出しそうだったけれど、ここは帝国だ。異母姉が何を言っても調べてくれるだろう。入れ替わりを見抜けなかったのは残念だったけど、それでも調査はしてくれた。
(帝国にとっては、どっちが姉だろうとどうでもいいのかもしれない……)
最近はそんな風に思うようになっていた。帝国は実力主義だ。平民でも優秀なら出世出来るし、貴族でも能力がないと上には上がれないと聞く。私たちも母親が誰かよりも、能力が重視されているのかもしれない。
でも、私が有利なわけじゃない。教師たちの評価は私の方がいいと言っているらしいけれど、抜きん出ているわけじゃない。私は十四歳までしか学べなかったし、教師の質だって明らかに異母姉と差があった。異母姉は国内最高の教師の下で学んでいたから土台が違う。私を見くびって課題に本気で取り組んでいない可能性もあるから、本気を出されるとあっさりひっくり返されるかもしれない。
そう思うとやっぱり勝てそうな気がしなくて、自ずと復習に熱が入った。
皇子の訪問から五日後、新しい体制で授業が再開された。帝国とアシェルに関わるものとマナー、話術は残され、新たに皇子妃教育が加わった。これで教科は半分以下になった。教師も一部が入れ替わり、高圧的な人やアシェルを貶める人はいなくなっていた。課題の量も大幅に減り、月に二度の休みは週に一度に増えた。
お陰で寝る時間が大幅に早まり、慢性化していた睡眠不足は解消した。休みの日には希望すれば王宮の庭の散策も認められた。もっともこれは事前申請が必要な上、護衛と侍女を連れて行くのが条件で、気軽に行けるものではなかったけれど。
授業は教師と自室で一対一になり、わからないところはその場で聞けるのが有り難かった。異母姉と顔を合わせなくて済むのも。ただ、向こうの授業の進み具合がわからないのは不安になった。
新たに加わった皇子妃教育は、皇族としての心構えや治政の方針などが中心で、アシェルのそれとは随分とかけ離れたものだった。王族や貴族のためなら民の犠牲は当然という考えを受け入れられなかった私には、帝国の方がずっと共感出来た。
(そういえば課題のこと、異母姉にはどう話したのかしら?)
異母姉の訴えは異母姉の言い掛かりだと判断されたけれど、それに関して罰を受けたのかはわからない。もっとも、証拠不十分と言われれば勘違いだったと逃げそうな気がする。それくらい変わり身が早い。暇になった分、よけいなことを考えなければいいのだけど。
それから五日後、皇子との交流が久しぶりに再開された。異母姉が寝込んでからは中止になっていたから、もう半月以上経っているだろうか。
「どうですか、新しい授業は」
「はい、余裕があるので前よりもずっと頭に残るようになりました。今までの分も取り戻せましたし」
「それはよかった」
本当に生活がガラリと変わった。時間にも気分にも余裕が出来て、体調もいい。異母姉に嫌な思いはさせられたけれど、結果的にはよかったのだろう。
「皇子妃教育はいかがですか?」
「そう、ですね。母国とは考え方が違うなというのが本音です」
「というと?」
「アシェルでは民は王の所有物という考えでした。王は神と同等で、民は神たる王の下僕だと。でも帝国はその逆ですよね」
「そうだな。帝国は民を皇帝の所有物とは考えない。民を守るのは皇帝の務め。務めを果たせない皇帝は追い出される」
帝国は元々騎馬民族の小国で、その頃より上に立つのは一族を守れる者、導ける者、富ませる者と伝えられていた。その方針は国が大きくなっても変わらず、世襲制ではあるけれど長子が帝位につくとは限らない。最も優秀で強い者、その責務に耐えられる者が就くという。今の皇帝陛下は先帝の次男だ。長子はその責務に耐えられないと自ら継承権を放棄し、今は帝国傘下の属国の王になっている。
「父は……王として失格でした。国政に興味はなく、政治は宰相や大臣に任せっぱなしだと言われていました。お陰で貴族が増長して……帝国では考えられない愚行だったと思います」
侍女をしていた私の耳にさえ、貴族らの父王を嘲笑する声は聞こえていた。王妃とその実家の公爵家に頭が上がらず、好き放題させていたから。それで勝ち目のない戦争を仕掛けて負けたのだから笑い話にもならない。
「そうだな。ここでその様な振る舞いをすれば、直ぐに帝位を失うだろうな」
「そういうシステムをお持ちですものね。素晴らしいと思います」
帝国の凄いところは皇帝の力が強い一方で、貴族院という上位貴族の集まりにも同等の力を与えているところだ。だから皇帝になるにも貴族院の許可が必要だし、もし間違った方法に向かえば貴族院が退位させられる。皇帝の暴走を止める仕組みがあるのだ。そんなことが可能なのかと最初は信じられなかった。
「アシェルでも同じような形を作ることになる」
「アシェルでもですか?」
「ああ、既にマイエル国で取り入れられている。あそこは最後の王が非道の限りを尽くしたと聞くが、今ではその影もない。他の属国も同様だ」
「そうなれば、アシェルの民も安心して暮らせそうです」
残念だけどそうなるだろう。父王よりも帝国の傘下に入った方が民は幸せに暮らせる。実際にマイエル国がそうだ。属国になってからは平和で暮らしやすくなったと聞く。
今日の交流会は中庭だった。異母姉が邪魔しに来るのではと心配になったけれど、最後まで現れることはなかった。授業中なのだろう。それに皇子の口調が前よりも柔らかくなった気がする。気のせいかもしれないけれど。四阿からは色とりどりの花が見渡せる。国を出たのは冬の始まりだったけれど、季節は春の盛りへと向かっていた。
(帝国にとっては、どっちが姉だろうとどうでもいいのかもしれない……)
最近はそんな風に思うようになっていた。帝国は実力主義だ。平民でも優秀なら出世出来るし、貴族でも能力がないと上には上がれないと聞く。私たちも母親が誰かよりも、能力が重視されているのかもしれない。
でも、私が有利なわけじゃない。教師たちの評価は私の方がいいと言っているらしいけれど、抜きん出ているわけじゃない。私は十四歳までしか学べなかったし、教師の質だって明らかに異母姉と差があった。異母姉は国内最高の教師の下で学んでいたから土台が違う。私を見くびって課題に本気で取り組んでいない可能性もあるから、本気を出されるとあっさりひっくり返されるかもしれない。
そう思うとやっぱり勝てそうな気がしなくて、自ずと復習に熱が入った。
皇子の訪問から五日後、新しい体制で授業が再開された。帝国とアシェルに関わるものとマナー、話術は残され、新たに皇子妃教育が加わった。これで教科は半分以下になった。教師も一部が入れ替わり、高圧的な人やアシェルを貶める人はいなくなっていた。課題の量も大幅に減り、月に二度の休みは週に一度に増えた。
お陰で寝る時間が大幅に早まり、慢性化していた睡眠不足は解消した。休みの日には希望すれば王宮の庭の散策も認められた。もっともこれは事前申請が必要な上、護衛と侍女を連れて行くのが条件で、気軽に行けるものではなかったけれど。
授業は教師と自室で一対一になり、わからないところはその場で聞けるのが有り難かった。異母姉と顔を合わせなくて済むのも。ただ、向こうの授業の進み具合がわからないのは不安になった。
新たに加わった皇子妃教育は、皇族としての心構えや治政の方針などが中心で、アシェルのそれとは随分とかけ離れたものだった。王族や貴族のためなら民の犠牲は当然という考えを受け入れられなかった私には、帝国の方がずっと共感出来た。
(そういえば課題のこと、異母姉にはどう話したのかしら?)
異母姉の訴えは異母姉の言い掛かりだと判断されたけれど、それに関して罰を受けたのかはわからない。もっとも、証拠不十分と言われれば勘違いだったと逃げそうな気がする。それくらい変わり身が早い。暇になった分、よけいなことを考えなければいいのだけど。
それから五日後、皇子との交流が久しぶりに再開された。異母姉が寝込んでからは中止になっていたから、もう半月以上経っているだろうか。
「どうですか、新しい授業は」
「はい、余裕があるので前よりもずっと頭に残るようになりました。今までの分も取り戻せましたし」
「それはよかった」
本当に生活がガラリと変わった。時間にも気分にも余裕が出来て、体調もいい。異母姉に嫌な思いはさせられたけれど、結果的にはよかったのだろう。
「皇子妃教育はいかがですか?」
「そう、ですね。母国とは考え方が違うなというのが本音です」
「というと?」
「アシェルでは民は王の所有物という考えでした。王は神と同等で、民は神たる王の下僕だと。でも帝国はその逆ですよね」
「そうだな。帝国は民を皇帝の所有物とは考えない。民を守るのは皇帝の務め。務めを果たせない皇帝は追い出される」
帝国は元々騎馬民族の小国で、その頃より上に立つのは一族を守れる者、導ける者、富ませる者と伝えられていた。その方針は国が大きくなっても変わらず、世襲制ではあるけれど長子が帝位につくとは限らない。最も優秀で強い者、その責務に耐えられる者が就くという。今の皇帝陛下は先帝の次男だ。長子はその責務に耐えられないと自ら継承権を放棄し、今は帝国傘下の属国の王になっている。
「父は……王として失格でした。国政に興味はなく、政治は宰相や大臣に任せっぱなしだと言われていました。お陰で貴族が増長して……帝国では考えられない愚行だったと思います」
侍女をしていた私の耳にさえ、貴族らの父王を嘲笑する声は聞こえていた。王妃とその実家の公爵家に頭が上がらず、好き放題させていたから。それで勝ち目のない戦争を仕掛けて負けたのだから笑い話にもならない。
「そうだな。ここでその様な振る舞いをすれば、直ぐに帝位を失うだろうな」
「そういうシステムをお持ちですものね。素晴らしいと思います」
帝国の凄いところは皇帝の力が強い一方で、貴族院という上位貴族の集まりにも同等の力を与えているところだ。だから皇帝になるにも貴族院の許可が必要だし、もし間違った方法に向かえば貴族院が退位させられる。皇帝の暴走を止める仕組みがあるのだ。そんなことが可能なのかと最初は信じられなかった。
「アシェルでも同じような形を作ることになる」
「アシェルでもですか?」
「ああ、既にマイエル国で取り入れられている。あそこは最後の王が非道の限りを尽くしたと聞くが、今ではその影もない。他の属国も同様だ」
「そうなれば、アシェルの民も安心して暮らせそうです」
残念だけどそうなるだろう。父王よりも帝国の傘下に入った方が民は幸せに暮らせる。実際にマイエル国がそうだ。属国になってからは平和で暮らしやすくなったと聞く。
今日の交流会は中庭だった。異母姉が邪魔しに来るのではと心配になったけれど、最後まで現れることはなかった。授業中なのだろう。それに皇子の口調が前よりも柔らかくなった気がする。気のせいかもしれないけれど。四阿からは色とりどりの花が見渡せる。国を出たのは冬の始まりだったけれど、季節は春の盛りへと向かっていた。
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