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好感触?
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「まぁ、それは失礼致しましたわ、アルヴィド殿下」
異母姉には答えず、私は皇子に謝った。皇子に無礼を働いていると言われたのなら彼に謝るのが先だ。
「いや、謝る必要はない。私はその手のことには疎いので気にならないし」
「アルヴィド様はお優しいのね。でもお姉様、そのお優しさに甘えてはいけませんわ」
異母姉は何としてでも私を貶めたいのだろう。本人がいいと言っているのに縋り付く姿が滑稽だ。
「そうね。でも、ドレスが運び込まれた時アクセサリーはなかったわ。我が国は敗戦国ですもの、誰かが不相応だと外してくれたのかもしれないわね」
「あ……」
アクセサリーを外したのは異母姉か王妃だろう。どこかに隠していそうだ。そして敗戦国だということを忘れていたらしい。皇子への馴れ馴れしい態度もその表れだろうか。敗戦国の王族は処刑が一般的だ。身を飾るなど分が過ぎる。
「で、でも! お姉様だってリボンをしているではありませんか」
「ああ、これ? これはドレスの裾直しで出た端切れを使って作ったのよ。ほら、同じ生地でしょう?」
「ま、まさかお姉様がそれを?」
「ええ。私、裁縫は得意なの。せっかくいい生地ですもの。捨てるのは勿体なくて。ついでにワンピースとお揃いの刺繍もしたのよ」
「し、刺繍って……それ、最初からあったんじゃ……」
「ううん、最初は無地だったの。でも、最初の頃は何をしていいのかわからなくて。こうして刺繍をして時間を潰していたのよ」
私が裁縫や刺繍が出来るとは思わなかったらしい。でも、私が着ている服は侍女服も含めてサイズの合わないお下がりばかりだったのだ。それを自分で手直しして着ていたから上達していた。刺繍だって王妃に代わりにやれと言われて必死で覚えた。いざとなればお針子くらいは出来るだろう。
「なるほど、アンジェリカ嬢は随分と器用で慎ましいのだな」
「刺繍はともかく、針仕事など褒められるものではないのでお恥ずかしいですわ。でも、お針子たちの苦労を知ることが出来たのは貴重な体験でした」
「あなたの言う通りだ。世の中には実際に体験しないと理解出来ないことで溢れているからな」
こんなことで褒められるとは思わなかったけれど、好感度が上がっただろうか。だったら幸いだ。
「ええ、本当にそう思いますわ。王宮の中にいては世間を知ることが出来ませんから。ふふ、最近はティアに頼んで掃除のやり方も教わっていますのよ」
「掃除を? あなたが?」
「はい。今は身の回りのことは随分一人で出来るようになりましたわ」
これも前から出来たけれど、こう言えば短期間で出来るようになったと聞こえるだろう。着替え一つにも何人もの使用人を侍らせる王族からすると、一人でやるなどあり得ないのだけど。
「お、お姉様……そんな、みっともない……掃除だなんて……」
「そう? でも大変だけどやってみると案外楽しいわ。それに、一層侍女たちに感謝出来るようになったし。ソフィも大変だったでしょう? ごめんなさいね、お母様があなたを侍女なんかにして」
「え? あ、そ、それは……」
みっともないと言った自分がそれをやっていたのだと指摘されて、異母姉は何も答えられなくなってしまった。予想したシナリオ通りではないせいか、さっきから歯切れが悪い。今まで何をするにも周りがお膳立てしていたっけ。自分で切り抜けてきたわけじゃないから、突発的なことは苦手なのかもしれない。
(思った以上に……上手くいったわね)
その日の晩、ベッドの中で昼間のことを思い返した。
お茶会はあのまま私のペースで進んだ。異母姉が何を言ってきても、言い返すと彼女は口籠ってしまった。大切に育てられ、常に周りが先回りして困らないようにしていたから、想定外のことになると対処し切れないのだろう。あれでは帝国に行けば益々大変な気がする。私と違って帝国人の侍女と殆ど会話もしていないようだし。
(それにしても、性格が悪くなったわね……)
自分が自分ではないようだ。こんな、誰かを貶めて喜ぶような感情が自分にあったとは驚きだった。それでも、あのまま異母姉らにいいように利用されて終わるなんてまっぴら御免だ。
一方、皇子の態度は計りかねていた。私にも異母姉にも与せず、当たり障りのない会話は親睦を深めようと言うよりも観察しているように思えた。もちろん自分の妻となる相手だから見極めの大切さはわかる。それでも、自分から距離を縮める気はないように見えた。
(何を考えているのか、さっぱりわからないわ……)
物心ついた頃から人の顔色を窺う生活だったから、人の機微に疎くはないと思う。それでも皇子が何を考えているのかわからない。顔だけの男なら扱いも楽だろうけど、それだけではないようにも見えるし。
ティアに尋ねても優秀で立派な方ですとしか言わない。プライベートは知らないと言う言葉に嘘はないのだろう。彼女以外の人と話をすることもないので、あのお茶会しか人となりを知るチャンスがない。そのチャンスも今は異母姉の対応に忙しくて皇子は後回しになっているし。
(皇妃になる一番の近道は、彼に気に入られることなんだろうけど……)
そうは思うのだけど、全く興味がわかないのが困る。私の訴えに応えなかったのもあって好意を持てそうにないのだ。もし入れ替わりを見抜いてくれたら評価も上がったのだろうけど。
(どうしたものかしら……)
まだまだ問題が山積みだった。
異母姉には答えず、私は皇子に謝った。皇子に無礼を働いていると言われたのなら彼に謝るのが先だ。
「いや、謝る必要はない。私はその手のことには疎いので気にならないし」
「アルヴィド様はお優しいのね。でもお姉様、そのお優しさに甘えてはいけませんわ」
異母姉は何としてでも私を貶めたいのだろう。本人がいいと言っているのに縋り付く姿が滑稽だ。
「そうね。でも、ドレスが運び込まれた時アクセサリーはなかったわ。我が国は敗戦国ですもの、誰かが不相応だと外してくれたのかもしれないわね」
「あ……」
アクセサリーを外したのは異母姉か王妃だろう。どこかに隠していそうだ。そして敗戦国だということを忘れていたらしい。皇子への馴れ馴れしい態度もその表れだろうか。敗戦国の王族は処刑が一般的だ。身を飾るなど分が過ぎる。
「で、でも! お姉様だってリボンをしているではありませんか」
「ああ、これ? これはドレスの裾直しで出た端切れを使って作ったのよ。ほら、同じ生地でしょう?」
「ま、まさかお姉様がそれを?」
「ええ。私、裁縫は得意なの。せっかくいい生地ですもの。捨てるのは勿体なくて。ついでにワンピースとお揃いの刺繍もしたのよ」
「し、刺繍って……それ、最初からあったんじゃ……」
「ううん、最初は無地だったの。でも、最初の頃は何をしていいのかわからなくて。こうして刺繍をして時間を潰していたのよ」
私が裁縫や刺繍が出来るとは思わなかったらしい。でも、私が着ている服は侍女服も含めてサイズの合わないお下がりばかりだったのだ。それを自分で手直しして着ていたから上達していた。刺繍だって王妃に代わりにやれと言われて必死で覚えた。いざとなればお針子くらいは出来るだろう。
「なるほど、アンジェリカ嬢は随分と器用で慎ましいのだな」
「刺繍はともかく、針仕事など褒められるものではないのでお恥ずかしいですわ。でも、お針子たちの苦労を知ることが出来たのは貴重な体験でした」
「あなたの言う通りだ。世の中には実際に体験しないと理解出来ないことで溢れているからな」
こんなことで褒められるとは思わなかったけれど、好感度が上がっただろうか。だったら幸いだ。
「ええ、本当にそう思いますわ。王宮の中にいては世間を知ることが出来ませんから。ふふ、最近はティアに頼んで掃除のやり方も教わっていますのよ」
「掃除を? あなたが?」
「はい。今は身の回りのことは随分一人で出来るようになりましたわ」
これも前から出来たけれど、こう言えば短期間で出来るようになったと聞こえるだろう。着替え一つにも何人もの使用人を侍らせる王族からすると、一人でやるなどあり得ないのだけど。
「お、お姉様……そんな、みっともない……掃除だなんて……」
「そう? でも大変だけどやってみると案外楽しいわ。それに、一層侍女たちに感謝出来るようになったし。ソフィも大変だったでしょう? ごめんなさいね、お母様があなたを侍女なんかにして」
「え? あ、そ、それは……」
みっともないと言った自分がそれをやっていたのだと指摘されて、異母姉は何も答えられなくなってしまった。予想したシナリオ通りではないせいか、さっきから歯切れが悪い。今まで何をするにも周りがお膳立てしていたっけ。自分で切り抜けてきたわけじゃないから、突発的なことは苦手なのかもしれない。
(思った以上に……上手くいったわね)
その日の晩、ベッドの中で昼間のことを思い返した。
お茶会はあのまま私のペースで進んだ。異母姉が何を言ってきても、言い返すと彼女は口籠ってしまった。大切に育てられ、常に周りが先回りして困らないようにしていたから、想定外のことになると対処し切れないのだろう。あれでは帝国に行けば益々大変な気がする。私と違って帝国人の侍女と殆ど会話もしていないようだし。
(それにしても、性格が悪くなったわね……)
自分が自分ではないようだ。こんな、誰かを貶めて喜ぶような感情が自分にあったとは驚きだった。それでも、あのまま異母姉らにいいように利用されて終わるなんてまっぴら御免だ。
一方、皇子の態度は計りかねていた。私にも異母姉にも与せず、当たり障りのない会話は親睦を深めようと言うよりも観察しているように思えた。もちろん自分の妻となる相手だから見極めの大切さはわかる。それでも、自分から距離を縮める気はないように見えた。
(何を考えているのか、さっぱりわからないわ……)
物心ついた頃から人の顔色を窺う生活だったから、人の機微に疎くはないと思う。それでも皇子が何を考えているのかわからない。顔だけの男なら扱いも楽だろうけど、それだけではないようにも見えるし。
ティアに尋ねても優秀で立派な方ですとしか言わない。プライベートは知らないと言う言葉に嘘はないのだろう。彼女以外の人と話をすることもないので、あのお茶会しか人となりを知るチャンスがない。そのチャンスも今は異母姉の対応に忙しくて皇子は後回しになっているし。
(皇妃になる一番の近道は、彼に気に入られることなんだろうけど……)
そうは思うのだけど、全く興味がわかないのが困る。私の訴えに応えなかったのもあって好意を持てそうにないのだ。もし入れ替わりを見抜いてくれたら評価も上がったのだろうけど。
(どうしたものかしら……)
まだまだ問題が山積みだった。
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