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マルロー子爵家で働きます

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「マルロー子爵、暫くでいいから娘をそちらで働かせてやってはくれまいか?」
「侯爵様!し、しかし…」

 お父様の提案に、子爵は腰を浮かさんばかりに驚きました。リシャール様は相変わらず無表情でその心中は伺えません。

「本人も下働きでいいと言っているしね。いや、この子はこう見えてとても頑固でね。こうと言い出したら聞かないのだよ。だが、現実を知れば頭も冷えるだろう」
「ですが…」
「それに、この子は王子妃教育を受けていたせいで、世間知らずでね。本来なら市井に下りて経験を積ませる予定だったのだが、その機会を失してしまったのだよ。子爵が預かってくれれば、熱も冷める上に庶民の生活を経験出来て、私としても有難いのだよ」
「しかし、お嬢さまは王子妃にもなれるだけの器量をお持ちの方。わざわざ市井になど下りずとも…」

 子爵は尚も断ろうとしていますが、それも当然ですわね。普通、貴族の令嬢はどこぞの家に嫁いで夫人業をするのが常ですから。

「それもラフォン家の習慣なのだよ。我が家は筆頭侯爵家と言われているが、市井を知らずして人の上には立てないというのが家訓でね。私自身も子供の頃は一年ほど市井で暮らしたことがあるのだよ」
「侯爵様が、ですか?」
「ああ。苦労も多かったが、今でもいい思い出だ。誠実をモットーとするマルロー子爵の元なら私も安心だ。期限は…そうだね、半年がいいところかな」

 お父様は滑らかな口調でそう仰いましたけど…絶対に面白がっていますわね。私が根を上げると思っている…訳じゃなさそうですわね。これは…

「もし子爵が受けで下さったら、お礼に子爵が陛下に申請していたリスナール王国との交易の件を私が後押ししよう」
「侯爵様が?」
「ああ、あの国との交易は私も必要だと考えていたからね」
「そ、それは…大変ありがたい事ではありますが…」
「なに、預けている間にもし何かあっても子爵が責任を感じる必要はないよ。送迎はこちらでするし、下働きなら外に出る事も少ないだろう」
「そ、それはそうですが…」
「それに、一応変装もさせるよ。さすがにこのままでは目立つからね」

 気が付けばお父様はすっかり私を預ける前提で話をしていました。こういうところがお父様はお上手と言いますか、伊達に宰相を長年務めていませんわね。陛下に申請している案件をお父様が後押しするとなれば、もう決まったも同然ですから。はっきり申し上げて陛下には政治力が足りなくて、国を動かしているのはお父様や同等の高位貴族の皆さんなのです。

「そ、それでは、半年だけ…」

 結局お父様にすっかり丸め込まれてしまった子爵は、この提案を断る事は出来ませんでした。ちょっと権力を使ってごり押ししすぎたでしょうか…でも、私はこのまま諦めたくはなかったのです。せめて世間で噂されている私ではなく、本当の私を知って頂いて欲しいのです。
 


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