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第三部

ゾルガー家の後継

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 先王様の離宮を辞してヴォルフ様と馬車に乗り込んだ。ゆっくりお話を聞きたかったけれど予定が変わってしまったわ。お茶会が始まって早々に帰ったらティオが驚くわね。

 でも、今日の訪問は世間で流れている噂の真偽を確かめるためだったから、結果としてはよかったと言える。噂は噂でしかなく、先王様はゲルハー夫人を何とも思っていらっしゃらなかったから。お二人もすれ違っていたようだけど、国王ご夫妻のような変な拗らせがなかっただけよかったかしら。

 ガーゲルン侯爵夫人はあらぬことをゲルハー夫人に吹き込んでいた。その上娘であるデシレア嬢が陛下に近付き、コルネリア様を軽んじるような態度をとっている。こうなるとガーゲルン侯爵家の総意なのかしらと疑ってしまう。前当主は王家に忠実で英傑と称えられる人格者だったけれど、その息子の現当主はどう考えているのかしら?  

「ヴォルフ様はガーゲルン家についてどうお考えですの?」

 多分、ヴォルフ様はガーゲルン侯爵家にも人を潜り込ませているはず。粗方の事情はご存じよね。

「ガーゲルンの当主は父親と比べられて育ち劣等感が強い。だが父親ほどの才気も気概もない小物だ。野心があるのは虚栄心が強い妻と娘だ」

 立派な父親のようにとの期待が重過ぎて潰れてしまったのね。よくあることだけど、息子の教育という点では前当主は見誤ってしまったのね。私も気を付けないと……ヴォルフ様が立派過ぎるから、将来アンゼルが重圧に苦しむのではないかとの不安が胸をかすめる。いえ、今はガーゲルン家のことね。

「では、夫人と令嬢が主導して?」
「今はそこを調べている。誰かに唆されているのだろうが、その相手がはっきりしない」
「夫人と令嬢の独断という可能性はありませんの?」
「どうしてそう思う?」
「安直すぎるからです。令嬢はあからさま過ぎですし、ゲルハー夫人の使い方も稚拙ですわ」

 私なら……わざわざ警戒されるようなことはしないし、曰く付きで本音を隠せない人も使わないわ。

「その可能性もないとは言えない。踊らされていると自覚なく利用されている可能性もある」
「そっちの可能性の方が高そうですわね。では、ルタ国が?」
「可能性は高いがここまであからさまだと逆に違うような気もする」
「違う……ではグレシウスですか?」

 グレシウスは我が国とは反対側にある国との関係が悪化していると聞く。アーレントとの関係もよくないだけに三か国を敵に回したくはないはず。だから我が国と友好関係を保とうと縁談を提案してきたけれど……エルフリーナ様の疑惑が影を落とす。

「証拠になり得るだけの情報がない。今は何とも言えない」
「そうですか」

 いくら貴族家で最高の権力をお持ちのヴォルフ様でも証拠がないと動けない。国同士が絡めば戦争になって数多の民が巻き込まれてしまう。それを避けるためにこうして動いているのだけど。それにしても政治の世界は難しいわ。

 ふと、サザール公国の公妃様の顔が浮かんだ。小国ながら豊富な資源を持ち狙ってくる大国を相手に独立を維持しているのだから大したものだわ。あの公妃様も穏やかだけど聡そうな方だったし、案外ああいう方が曲者なのかもしれないわね。

「グレシウスの方はマルティナ様から探ってみますわ」

 王太子とエルフリーナ様は帰国されたけれど、マルティナ様は父親が我が国の大使として滞在しているのもあって留学という形で我が国に残った。私のことを慕ってくれるし、エルフリーナ様を案じていたから協力してくれるはず。もっとも、大したことはご存じないかもしれないけれど。

「無理はするなよ。グレシウスも油断ならん」
「ええ」

 心配してくださるのね。でも、これ以上ないくらい守られているわ。ザーラが侍女から外れたからそこは心許ないけれど、彼女もゾルガーの一員になるから守らなければならない。そういえば婚姻式の準備はどうなっているのかしら? 式は二月後になったはずだけど……

「そういえば、フレディの婚姻式の準備は大丈夫ですの?」

 手伝おうとしたらフレディに自分たちでやるからと断られてしまったのよね。まぁ、二人とも優秀だしティオやスージーも手伝っているから心配はないと思うけれど。

「特に問題はないと聞いている」
「そうですか。だったら大丈夫なのかしら?」
「お前との式からそれほど経っていないし、規模はあれよりも小さい。大丈夫だろう」

 そうね、私たちの時は三十数年ぶりのことだったから大変だったけれど、あれから二年半しか経っていない。いずれフレディの番が来るとわかっていたから使用人たちに抜かりはないわね。それにしてもあの式は素敵だったわ。思い出すだけで頬が緩んでしまう。

「後継のことだが、フレディとザーラに子が生まれたらアンゼルと同じように育てようと思う。いいか?」

 突然の提案に驚いて思わずヴォルフ様を見上げてしまった。あの二人の子を? アンゼルがいるのに?

「理由を、お聞きしても?」

 心臓の音が聞こえそうなくらいに脈打っていた。私の子では後継として心許ないとお考えなの? 暑いのに手先から体温が抜けていくような感覚に思わず両手を組んで強く握った。

「俺とお前の子は出来ればあと一、二人ほしいが、ゾルガーを背負うに値する資質があるかは育ってみないとわからない。候補が多い方が本人らも重圧が少なくて済むかと思ってな」
「それは……」
「フレディで考えさせられた。出来る限りのことはしたつもりだったが、資質には勝てないと感じた」

 珍しくヴォルフ様が気弱なことを仰ったけれど、その言葉を否定出来なかった。確かに仰る通りだから。私の兄がいい例だもの。

「お前の子を軽んじるわけではない。だが異母兄やフレディの二の舞も避けたい。本人の意志や気質を無視すれば不幸を招く。出来れば適性がありやる気のある者に継がせたい」

 そうね。ゲオルグ様は穏やかな気質で後継には向かなかった。そのせいでゾルガー家は混乱し不幸な結果を招いたわ。フレディも自ら辞退したし。ヴォルフ様のお子なら強いと思い込んでいたけれど、必ずしも親の気質をそのまま受け継ぐとは限らないのよね。

「すまんな」
「いえ、謝っていただくことではありませんわ。子どものことを案じて下さったのでしょう? ヴォルフ様のお考えはもっともですわ」
「あくまでも後継はお前の子が優先だ」
「ありがとうございます」

 子どもの将来を思えばヴォルフ様の提案は理に適っているわ。お互いに候補者として切磋琢磨すればいっそう伸びるでしょうし、無理な子にはその子の適正に合わせた教育をして将来に備えてあげたい。

「女児でも後継に相応しければ候補にしていいと思っている」
「女児をですか?」

 それは……思いもしなかったわ。女性のゾルガー当主なんてさすがに無理があるのではないかしら……

「ルタの王太女のような気性なら問題ないだろう」
「……確かに」
「お前の気性と俺の強さを受け継げば女でも当主が務まるだろう」
「そ、そうでしょうか……」

 私の気性って……私はアデライデ様ほどの強さも気概も聡明さもないわ。でも、ヴォルフ様の血が補って下さったら……ありなのかしら?

「王はいずれ女にも王位や爵位の継承を認める。他国の流れからしても絶対だ」
「そうですよね」

 先王様の代では貴族家の反対が強かったけれど、代替わりが進んで最近では女性の爵位継承を望む声が強くなってきている。奇しくも五侯爵家でもベルトラムとランベルツ、アルトナーは女児しかいない。どの家も乗っ取りを防ぐために後継の女児に当主教育をするけれど爵位を受け継ぐのは婿。実子に継がせたいとの不満が五侯爵家の間から出て来たことでその声は格段に大きくなっているわ。

「ベルトラムの次期当主は娘になるだろう。当主もそのつもりで動いている」
「そうなんですの?」

 エルマ様のことを家のための道具のようにしか見ていなかったあの侯爵が……夫人とミリセント様の件は侯爵に相当な衝撃を与えていたのね。でも、エルマ様のためならその方がいいわ。あんなに当主教育を頑張っていたのだもの。

「娘と婿もその意向だ」
「エルマ様なら立派な当主におなりですわ」

 爵位継承はまだまだ先の話。それまでに子を産んでしまえば当主の務めは十分に果たせるわ。エルマ様は優秀だし、バルドリック様はそんなエルマ様を溺愛しているから至れり尽くせりの補佐をしそうよね。

「お前との子を当主にするために出来る限りのことはする。万が一の話だ」
「はい」

 そうね、そのためにはしっかり愛情をもって育てないと。それに……出産直後はあんな痛い思いは二度としたくないと思ったけれど……やっぱりヴォルフ様のお子が、アンゼルの弟か妹がほしいわ。




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