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第三部

新王妃のお茶会

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 二日後、私は王宮の庭園の奥、王族に許された者しか入ることの出来ない一角に足を踏み入れていた。今日は王妃になられたばかりのコルネリアが主催するお茶会で、私の役目はお茶会の様子をこの目で見てくること。主役は他国から訪れている王家の方々で、私たち五侯爵家の夫人は見届け人のようなもの。コルネリア様をお助けし、滞りなくお茶会が進むよう気を配るのが役目だから、求められない限り発言する機会もない。

 それでもこの日のためにヴォルフ様が用意して下さったヴォルフ様の瞳の色のドレスは最上級の絹で、お茶会用にとスカートの広がりと露出は控えめなデザイン。宝飾も仰々しくなく、でも貧相に見えない程度の品を選んだ。胸はアードラー夫人が調整してくれたから舞踏会の時よりも楽に感じるわ。

 今日の賓客はアーレントの王妃、グレシウスのエルフリーナ王女とその付き添いのマルティナ様、ルタのアデライデ王太女、サザール公国の公妃の五人。年齢的に一番若いのは十一歳のエルフリーナ様で、マルティナ様は私たちよりも少し下、親世代がアデライデ様、その十ほど上にサザール公妃とアーレント王妃がいて、アーレント王妃が最年長だ。

 五侯爵家はベルトラムからはエルマ様、アルトナーからはフィーネ様、ランベルツからはギーゼラ様、ミュンターからはアマーリエ様。エルマ様とアマーリエ様は私と同年代で、フィーネ様とギーゼラ様は親と同じ世代。いつの間にか出席する夫人は随分若くなったわ。婚姻した頃は私だけが年齢が離れていて肩身が狭かったのに。

 お茶会は初夏の花が咲き乱れる庭にある四阿で予定通り始まった。ここは賓客を迎えるために特別に誂えた四阿で、真っ白な楕円形のテーブルは互いの声が届く大きさ。全てが豪奢でありながら品よく飾られている。お菓子も鮮やかな色彩が目に楽しいわ。楕円形のテーブルの端にコルネリア様が座し、その右側にアーレント王妃とアデライデ様が、左側にサザール公妃とエルフリーナ様、マルティナ様が着席された。私はアデライデ様の隣で、エルマ様、アマーリエ様、ギーゼラ様、フィーネ様と続く。

「エルフリーナ様、どうかお力をお抜きになってね」
「あ、ありがとうございます」

 コルネリア様が表情を固くしているらしいエルフリーナ様に笑顔で声をかけられた。まだ十一歳では緊張しても仕方がないわね。それでも声は固いながらもしっかりと答えていた。

「ふふ、お可愛らしいですわね。こんなにお若いのに偉いわぁ」
「あ、ありがとうございます」

 祖母ほど年の離れたサザール公妃がおっとりとした口調でエルフリーナ様を誉めた。この年ではまだこのような場に出ないのだけど、今日は父親であるデットリック王太子が是非参加をと打診してきた。こんな幼い子を無理に出席させる必要はなかったでしょうに。付き添いといっても公爵令嬢はまだ若く、身分的にも支えるのは無理がある。デットリック様は何をお考えなのかしら。それでも、まだ幼いエルフリーナ様がいらっしゃるお陰か場の雰囲気は予想以上に和やかだった。さすがに子供の前で醜い嫌味の応酬なんか出来ないはず。常識的な買いになると思ったのだけど……

「ローゼンベルグも王が交代されましたわね。アデライデ殿下もそろそろ即位されるとの噂が我が国にも伝わっておりますわ。実際のところいかがですの?」

 アーレント王妃が機嫌を取るように尋ねた。驚いたわ、最初の話題は主催者から振るのが一般的なのに。これだけでアーレント王妃がコルネリア様を下に見ているのが伺える。親子ほどに年の差があるし生家の家格が上なのもあるけれど、さすがにマナー違反だわ。

「その件は女王陛下がお決めになりますわ。私からは何とも」

 にっこりと、でもどこか固い雰囲気を醸し出しながらアデライデ様が答えた。王位継承は国にとって重要な意味を持つから公表するまで機密扱い、ここで尋ねるような話題でもないでしょうに。アーレント王妃は何を狙っているのかしら。

「まぁ、そうですの? でも、既にアデライデ殿下が国政を担っていると伺っておりますわ。女王陛下とは久しくお会いしておりませんがそろそろゆっくり過ごされてもいいお年ではありませんか? ローゼンベルグの先王陛下よりも年上でいらっしゃいますし」

 アデライデ様のやんわりとした拒絶はアーレント王妃には伝わらなかったらしい。この前の舞踏会でもそうだったけれど場の空気が読めないようね。

「ふふ、女王は病気一つなさいませんし、ご自身の年をお忘れかと思うほど精力的でいらっしゃいます。それに、まだ私では至らぬとお考えなのかもしれませんわ」

 アデライデ様はにこやかに答えたけれど答える気はなさそうだった。答える声まで楽器を奏でたようだわ。

「あら、それを仰るのならアーレント国はいかがですの? ローゼンベルグの先王陛下よりも、いえ、この五国の中では一番年上でいらっしゃいますわよねぇ」
「え?」

 のんびりとした口調でサザール公妃が声をあげ、アーレント王妃が驚きの声をあげた。自分に話が飛んでくるとは思わなかったみたいね。サザールは大公国でありながら独立を維持しているだけあって政治手腕は相当に高いとヴォルフ様が仰っていたわ。警戒心を抱かせない落ち着いた雰囲気は素なのか作り上げたものなのかわからないけれど、見た目通りの方じゃなさそう。

「まぁ、うちはまだまだですわ。王太子は考えが先走り過ぎていて危なっかしいんですの。もう少し落ち着きとバランス感覚を養ってくれませんと。とても国を任せられませんわ」

 アーレント王と王太子の仲があまりよくないのは有名だけど、王妃は息子よりも夫寄りなのね。アーレントの王太子はヴォルフ様よりも年上の四十間近で決して若くはないわ。それって国王夫妻の考えが時代に合わなくなっているのではないかしら。これまでの振舞いも権力を長く持ち続けた弊害かもしれない。フリーデル公爵の件もすっかり忘れているように見えるし。でも、我が国にとっては現王の方が御しやすいかしら?

「あら、そうなんですの? 優秀で堅実な為政者になるだろうと伺っておりますわよ」
「まぁ、そう言って頂けると鼻が高いわ」
「ふふ、アーレント様は心配し過ぎですわ。どうしても子のやることは青臭く見えるものですから。でも、若い者の意見も的外れとは言い難いものも多いですわよ。私共も息子たちの意見にはよく助けられますから」

 サザール公国は親子の仲は悪くないのね。だったら代替わりしても混乱は少なそう。交流が少ないとはいえ、急に方向転換をされると困ってしまうもの。

「まぁ、ご子息は堅実でいらっしゃるのね。羨ましいわ。うちは青臭いことばかり言って現実が見えていませんから」

 自分たちを上げて王太子を落とすなんて、それが将来国にどんな影響を与えるのかわかっているのかしら? 伝わってくる話と今の会話では王太子の方が優秀そうね。代替わりしたら政策が大きく変わるかもしれない。これは注意が必要ね。

「そうそう、ローゼンベルグもお気をつけ遊ばせ。まだお若いのですから旧臣の意見に耳を傾けないと国政が混乱しましてよ。そんなことになっては他国にも迷惑をかけて信頼を失ってしまいますわ。特に新国王は一部の臣下を寵愛し過ぎると聞いておりますわ。それは国が乱れる元になりましてよ」

 ちらりとアーレント王妃がこちらに視線を向けたわ。それってヴォルフ様が謀反を企んでいるとでも言いたいのかしら? 確かに陛下はヴォルフ様が大好きだけど、ヴォルフ様は王位に興味なんか砂粒ほどもないのだけど。

「ねぇ、そう思われません? ランベルツ侯爵夫人」

 

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