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第二部

久しぶりのお茶会

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 忙しくなるとのヴォルフ様の言葉通り、その翌日からヴォルフ様は毎日のように王宮に足を運んで、夜も寝室に来られない日が続いた。忙しくても食事は共にするのがヴォルフ様の方針だったけれど今はそんな余裕もない。フレディは領地から戻らず、私も広い食堂で食べるのは味気なくて私室で食べるようになってしまった。

 日中はティオやスージーたちと主に家政に励み、時々はティオの助言を貰いながら領地のことも手伝うようになった。フレディが領地に残っているからで、彼がいたら手を出す必要はなかったのだけど。でも、学園で習ったことを少しだけでも活かせたのは嬉しかった。

「それにしてもヴォルフ様はお忙しすぎるわ」
「それでも、以前に比べると随分マシになったのです」
「これで?」
「はい。今は家政を奥様が、領地のことはフレディ様が担って下さっています。以前はそれらを一手に引き受けていらっしゃいました。家政は私とスージーが、領地はフォルカーが任されていましたが使用人として出来ることには限りがございましたから」

 一体どんな生活をしていらっしゃったのかしら。それでも、私でも少しはお役に立てているなら嬉しい。

「もっと色んなことをお手伝いしたいわ。他に出来そうなものはないかしら?」
「左様でございますね。気が付いたものがございましたら、旦那様にお勧めしてみましょうか?」
「そうね、お願い。私ではわからないもの」

 家政以外のことは残念ながらわからないわ。家によってやり方も違うから他家で出来ることがここで出来るとは限らないし。

「エルマ様を訪ねたいわ。手紙を書くから届けてくれる?」
「ベルトラム様ですか?」
「ええ。陛下が譲位されるのなら五侯爵家の団結が必要でしょう? ミュンターはエーリック様が抑えているから心配はないし、ベルトラム家が支持してくれたら三家が王家に付くわ。それだけでもヴォルフ様のお力になれるかと思うの」
「左様でございますね」

 エルマ様との友情はヴォルフ様の助けになっているけれど、彼女のお父様の侯爵様がどうお考えなのかはわからない。ヴォルフ様のためにもそれを確かめておきたかった。



 ベルトラム侯爵家を訪問したのは夜会の十日前だった。久しぶりの訪問だけど、庭道楽で有名なベルトラム侯爵家の庭は相変わらず見事だったわ。今年はアーレントが流行なのもあってか彼の国の植物がたくさん植えられ、庭の様式もそれ風に設えたのだという。今日も案内されたのはそんな庭の四阿だった。

「相変わらず素晴らしいお庭ね。どれだけ眺めていても飽きそうにないわ」
「ふふ、庭に向ける情熱を当主の務めに向けてほしいのですけどね」

 エルマ様が淡い笑顔で眉を下げた。エルマ様とバルドリック様が婚姻してからは執務を二人に任せて一層庭に構っているという。元より趣味に生きる人で家族のことにも興味が薄かったからとエルマ様が言うけれど、夫人とミリセント様の件があっても変わらなかったみたいね。

「あれからいかがですの? 体調は?」
「食欲が相変わらずで……何とか控えてはいますけれど……」

 力のない笑みから食欲に悩まされているのだと伝わってきた。元々そんなに食べる方じゃなかったし細いから大丈夫そうに見えるけれど……でも、増えた体重を減らすのは大変だと聞くし、戻らない方もいるから気になるのも無理はないわ。

「医師は何て?」
「問題ないと。もう少し太ってもいいくらいだと」
「だったら大丈夫ではありませんか? 度が過ぎれば周りが止めてくれるでしょう?」
「そうなのだけど……太ったらバルに嫌われないかと……」

 目を伏せて憂う姿が色っぽいわ。こんな姿を見たらバルドリック様は益々惚れ直すわ。爽やかそうに見えるけど、あの方絶対嫉妬深くて独占欲も強いわよ。時々敵意を含んだ視線を向けてくるもの。

「バルドリック様に限ってそれはありませんわ。太ったエルマ様も可愛いというのが目に浮かびますもの」
「そうでしょうか」
「そうですわ。エルマ様にだけですわよ、あんなに甘い表情を向けるのは」

 そこは断言出来るわ。他の令嬢なんか彼には有象無象でしかないように思うもの。そんな強い思いを向けて貰えるなんて羨ましいわ。ヴォルフ様と……はないわね。暗示が不要になったら可能性はあるかしら?

「生誕祭はどうされますの?」
「行く予定でいますわ。陛下が譲位されるのでしょう?」

 侯爵様からお聞きしていたのね。だったら話が早いわ。

「イルーゼ様が領地から早くにお戻りになったのもそれで?」
「ええ。王家から使者が来たと早馬が来ましたの。ヴォルフ様はご不調をご存じだったのでしょうね。翌日には領地を出ましたわ」
「そうだったのですね。楽しみにしていらっしゃったのに、残念でしたわね」
「ええ。でも、陛下はヴォルフ様の実のお父様ですから。それに領地にはこれから何度でも行けますわ」

 ヴォルフ様の思いはわからないけれど、陛下はヴォルフ様に側にいてほしいと思っていらっしゃるはず。側にいることで安心なさって容体が軽くなるならそれに越したことはないわ。

「父もここずっと忙しくしていますわ。今日もバルと王宮です」
「ヴォルフ様もです。最近は話をする機会もないくらいです」
「まぁ。それはお寂しいわね。でも、夜会までに即位式の道筋をつけてしまいたいようですわね」

 夜会で発表した時点で即位式の日取りなども公表しようとお考えだとか。そのため来年の予定なども含めて協議を重ねているけれど、既に多くの公務が入っていてその調整に苦慮していると聞くわ。

「王太子殿下の即位に我が家が思うところはありませんわ。殿下は聡明でいらっしゃるし陛下の政策を継続されるなら混乱も少なくて済みましょう」
「そう言って頂けると助かりますわ」
「ふふっ、この子が生まれる頃に即位式かしら? それなら混乱は最小限でお願いしたいわ」

 そう言ってまだ薄いお腹に手を置かれた。無意識のことでしょうけれどすっかり母親なのね。羨ましくも微笑ましくて頬が緩んでしまうわ。でも、エルマ様の言う通りよ。子どもたちのためにも平和で安定した世が続いてくれないと困るわ。

「そうですわね。代替わりの時期は何かと騒がしくなるのが常ですから」
「仮に何かあっても侯爵様が殿下をお支えになるのでしょう? 殿下は侯爵様がお好きだから安心ですわ。もし厭う方だったら一悶着ありそうですし」
「それはなさそうですわ。時々お忍びで会いにいらっしゃいますけれど、あのお二人の間に溝があるようには見えませんから」

 ヴォルフ様は素っ気ないけれど殿下を嫌がっているようには見えない。何だかんだ言って殿下を受け入れているし、殿下もそれをわかっているように見える。

「問題はランベルツとアルトナーですわね。でも、どちらからも気になる話は出てきませんわ。ゾルガーとベルトラム、ミュンターが支持を表明すれば問題ないでしょう」
「ありがとうございます。そう言って頂けると心強いですわ」

 その言葉が聞きたかった。ベルトラム侯爵も表立っては支持を表明しても裏でどうお考えかはわからない。だから実子のエルマ様に確かめたかったのよ。長年同じ屋敷で暮らしている聡い彼女なら侯爵のお心内もご存じでしょうから。それにバルドリック様の胸の内も。彼のお祖父様は先々代の陛下の末の弟に当たる方。ご実家がどうお考えなのかも気がかりだった。この様子なら問題はなさそうね。その後も他家の情報を交換し合ったけれど、心配するような話はなかった。

「ああ、お茶のお替わりを。そうそう、王都で人気のお菓子を用意しましたの。ご一緒にいただきましょう」
「まぁ、嬉しいですわ」

 直ぐに侍女がワゴンにお菓子を乗せて現れた。最近流行りのアーレントの焼き菓子ね。木の実が練り込まれていて更に砂糖で包んであるのだけど、ちょっと甘すぎる上にバターが多いのか脂っこいのよね。

「さ、お好きなだけどうぞ。ああ、お土産もありますから遠慮なく」
「あ、ありがとうございます」

 エルマ様、これを食べて平気なの? 妊娠していない私でも胃にもたれそうな気がするのだけど……前言撤回、甘いものは少し控えた方がいいと思うわ。



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