あなたに愛や恋は求めません【書籍化】

灰銀猫

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第二部

ザイデル伯爵の思惑

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「よく見つけたな」

 ヴォルフ様にその旨を報告すると褒められてしまったわ。大したことではないけれど嬉しい。ヴォルフ様は使用人にもよくやったと声をかけることが多い。無表情だけど。アベルなどその度に顔をほころばせているもの。

「影の報告だが、イルクナー小侯爵は辺境から戻ると内々に人を探し始めたそうだ」
「それって……」
「あの母子だろう。小伯爵夫婦には子がいない。引き取ろうと考えているのかもしれないな」
「引き取る? だったら何故ザイデル夫人は……」

 それっておかしくないかしら? 庶子とは言え弟の実子、現時点で他に子がいないなら正統な後継者になるわ。それを姉が全く関係ないヴォルフ様に押し付ける気だった? 意味が解らないわ。

「ザイデル夫人は、何もご知らなかったのでしょうか?」
「全く可能性がないとは言い切れない。あの女はゲオルグに媚薬を盛ったことが知れて実家から責められたとも聞くから、交流がなかった可能性は否めない。だが、噂くらいは耳にしたと俺は思う」

 そうよね、お義父様が書き残すくらいには社交界で流れていたのだから多少なりとも耳には入っていたはず。その上であの母子の話を聞いたのなら弟の子ではないかと思うのが普通だけど……

「その、イルクナー小伯爵の奥様って……ノイラート侯爵の方ですよね」
「ああ、侯爵の次女だ」

 我が国には公爵家から降爵された一代限りの侯爵家もあるけれど、それ以外では我が家を含む五侯爵家と国境を守る六つの侯爵家がある。ノイラート家はその六侯爵家の中で一番の力を持ち、先日のミュンターの件では格上げして五侯爵家に加えようとの声もあった。ただ貴族家の支持があまり得られなくて見送られたけれど。そんな家から迎えた妻がいるなら……

「ザイデル夫人はわざと知らんふりを?」
「その可能性が高いな」

 私の予想はヴォルフ様のそれと合っていた。実はイルクナー小伯爵は中々に有力な親族をお持ちだ。父の妹、つまり叔母はアルトナー前当主の妻だし、妻はノイラート侯爵の次女だ。彼女の実母はアルトナー王妃の妹で、義兄はランベルツ侯爵家の次男。小伯爵夫妻と縁続きになればアルトナー、ランベルツ、ノイラートの三侯爵家とアーレント王家との縁が手に入る。

 あのザイデル伯爵が夫に駆け落ちされた夫人を娶ったのは善意からではない。傷物になった娘を娶ってイルクナー伯爵に恩を売り、義弟を通して三つの侯爵家とアーレント王家との縁を手に入れるため。彼には前妻との間に一男一女を設けているから後継の心配はない。彼の娘はノイラート侯爵の孫と年が近かったから、いずれはその婚約者にと狙っているかもしれない。

 でも、ここで義弟の不貞が発覚して離婚になればその縁が失われてしまう。離婚まで至らなくてもランベルツ、ノイラートの二家からの心象の悪化は避けられず、これまでの投資が不意になってしまうわ。そうならないためにはあの母子をどうにかしたいと考えてもおかしくない。

 ノイラート侯爵はこの件をご存じのはず。ザイデル伯爵は義弟の不祥事を隠し、ノイラート侯爵に恩を売るためにあの母子を我が家に押し付けたのかもしれない。ついでに私たちの間を掻きまわそうとしたのかも。もし偽者だとばれても、ルーディーたちの虚言だった、自分たちは騙されたのだと言って罪をあの母子を押し付ければいい。その結果彼らを不敬罪で処分出来れば自らの手を汚さずにあの母子を消すことが出来るわ。それが狙いならとんでもなく性悪で反吐が出るわね。

「まだ決まったわけではないが、あれの腹の内はそんなところだろう。あの女も我が家に一矢報いたと溜飲が下がるだろうしな」
「……信じられません」

 私利私欲で何の罪もない母子を犠牲にしようだなんて。ルーディーはまだ八歳なのよ。それに……あんなに悩んだ私の心痛はどうしてくれるのよ。本当に隠し子かと思って夜も眠れなかったし胃も痛かったのよ! そりゃあ私たちが婚約するよりもずっと昔の話だったから、そのことをどうこう言う資格なんかないけれど。

「これからどうされますの?」
「そうだな、先ずはイルクナー小伯爵に手紙を出す。領地にいるそうだから日はかかるが、身に覚えがあれば返事があるだろう」

 イルクナー領はまだ王都に近い方から早馬なら片道三日で行けるかしら? 往復七、いえ、八日は見ておくべきね。それまでにエマが目覚めてくれるといいのだけど……

「まだ確証があったわけではない。警戒は怠るなよ」
「はい」

 ザイデル伯爵の思惑が不明だからとあの母子はこのまま別邸で保護することになった。母親の意識は戻らないし、市井に戻せばまたザイデル伯爵が近付いてくるかもしれないから。これ以上彼らに利用されないためでもあるけれど、せめて動けるようになるまではとヴォルフ様が仰った。やっぱりお優しいと思う。




 翌日になってもエマが目を覚ましたという知らせはなかった。心配だけど今日は外せない用事がある。王妃様主催のお茶会があるのだ。これは王太子妃殿下と五侯爵家の夫人が出席する恒例のもので、前々回からは領地で療養中のベルトラム侯爵夫人の代理としてエルマ様が出席されている。このお茶会は他の参加者と年が離れているから気が重かったのだけど、エルマ様が出て下さるようになって随分楽になったわ。

 案内されたのは王宮の奥、王族が住まう奥宮の庭だった。特別に招かれた者だけが入れる場所で、それだけで名誉だと言われている場所。花々が整然と植えられた煌びやかで人工的な表の庭とは違い、ここは花々が自然に近い状態で植えられて裏庭のよう。ゾルガーの東棟の庭に似ていて落ち着くわ。その一角に誂えられた四阿は八角形で白い屋根と柱には繊細な装飾が施されていてとても目を引く。こんな素敵な四阿なら我が家の庭にもほしいと思ってしまう。中にはテーブルと椅子が置かれ、テーブルの上にはたくさんのお菓子が彩りよく並んでいた。

 今日の参加者は王妃様と王太子妃であるコルネリア様、ベルトラム侯爵家からはエルマ様、ランベルツ侯爵家からはギーゼラ様、アルトナー侯爵家からはフィーネ様。ミュンター侯爵家は現在、当主を務めるブレッケル様が独身なので空席だけど、一年を待たずその席はアマーリエ様で埋められる予定。女性限定のお茶会なのだ。

「本日はお招きいただき誠に光栄にございます。王后陛下、王太子妃殿下にはご機嫌麗しゅう」

 ようやく様になって来た口上だけど未だに緊張するわ。王妃様は義理の母、コルネリア様は義理の妹になるけれど公には主君と臣下。馴れ馴れしい態度は世間に示しがつかないから厳禁なのだけど……

「まぁ、イルーゼちゃんったら! 王后陛下だなんて堅苦しい呼び方はやめて。お義母様と呼んでと言ったんでしょう?」
「そうですわイルーゼお義姉様。私たちは家族なのですから。私のことはコルネリアと」

 ヴォルフ様の再三の諫めもどこ吹く風、お二人は全く気にされていなかった。特に王妃様はずっとヴォルフ様を手放したことを後悔されていたそうで、公になってからは事ある毎に呼び出されている。でもヴォルフ様は忙しいと一蹴しているからそのお鉢が私に回ってきているのだ。お陰でこの数か月で一気に距離が縮んだけれど、一伯爵家の出の私には荷が重い……

 コルネリア様も最初はミュンターの一族だからと警戒していたけれど、前当主から理不尽な指示を命じられていらっしゃったそうで、排除したヴォルフ様に感謝されているのだとか。お陰で王妃様を訪ねる度にコルネリア様も顔を出されて、三人何故かで和気藹々と過ごしている。それも未だに慣れないのだけど、それ以上に慣れないのはヴォルフ様の一つ年上のコルネリア様に姉と呼ばれること。双子なのだし、実年齢を考慮してせめて妹にして下さらないかしら……



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