あなたに愛や恋は求めません【書籍化】

灰銀猫

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第二部

豊穣祭の舞踏会

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 ローゼンベルク王国の社交シーズンは春に行われる新年を祝う舞踏会で始まり、秋の収穫を祝う豊潤祭で終わる。その期間は半年ほどで、その間には卒業式の後に行われる成人を祝う夜会などがある。各貴族家の舞踏会や夜会などの催しも殆どがこの期間に行われる。豊潤祭は豊かな実りに感謝を捧げる国の大切な行事で、国内は五日間お祭り騒ぎが続く。先王様の御代には餓死者が出た我が国も、現陛下の治世の元、かつての豊かさを取り戻しつつあった。

 その豊潤祭の最終日にあるのが王家主催の舞踏会。この日私はヴォルフ様と共に王宮を訪れていた。今年はほぼ例年並みの収穫量を得られ、何よりも目立った災害は起きなかったとあって、会場は安堵と歓喜の表情で溢れていた。

 下位貴族から始まった入場。そこに今回は異変が起きていた。これまではランベルツ、アルトナー、ミュンター、ベルトラム、ゾルガーの順だったが、今回はミュンター、アルトナー、ランベルツ、ベルトラム、ゾルガーの順になったのだ。ミュンター侯爵家の前当主が起こしたゾルガー前当主の第二夫人とその子息の殺害事件、更にはアルトナー当主の弟が起こした麻薬横領事件。これらの事件のせいで両家はその地位を多いに失墜させていた。

 ミュンターの前当主は処刑、現当主はその地位と国内有数の穀倉地帯を王家に返上した。今は現王の次男で臣籍降下したブレッケル公爵が当主代理を務めている。いずれ現王の孫である王太子の第二王子が成人した暁にはその後を継ぐことが決定していた。

 アルトナーの次男は処刑された。当主はその地位の返上を願い出たが、当主は何も知らなかったことと当人が既に独立してアルトナー家の籍を抜けていたことなどから不問になった。だが当主として弟の監視を怠ったことは事実だと、アルトナー侯爵は自ら金の鉱山の権利を王家に譲渡した。アルトナーを潤してきた金鉱山の喪失はかなりの損失になり、これまでの権勢を保つのは容易ではないだろうと囁かれた。

 両家とも権勢を維持していた領地や鉱山を失ったことは大きな打撃になった。真面目に領地経営をして新しい事業を始めるなりしないとあっという間に破産してしまうだろう。

「ゾルガー侯爵ご夫妻、ご入場!」

 王宮騎士に名を呼ばれ、ヴォルフ様のエスコートで会場に足を踏み入れた。貴族たちの視線が一斉に注がれる感覚にはまだまだ慣れそうもないわ。シャンデリアの眩しいほどの煌めきと着飾った貴族たちの華やかな衣装で会場は色彩に溢れていた。一年の社交を締めくくる舞踏会は豪華絢爛の一言に尽きた。

「今年も我が国は豊かな実りを数多得ることが出来た。諸君らと民の尽力に感謝する!」

 壇上からかけられる陛下の労いの言葉に、会場内はワッと歓声が上がった後、割れるほどの拍手で満たされた。豊潤祭最終日に開かれる舞踏会は社交シーズンを締めくくるものだから下位貴族や辺境を治める貴族も参加する盛大なもの。災害などがなかったお陰で欠席する家は殆どなかったと聞くわ。

 陛下の開会宣言の後王族のダンスが始まり、国王ご夫妻と王太子ご夫妻が華やかに舞い踊った。まだ十と八つの二人の王子殿下は壇上の椅子に座って侍従たちと共にダンスを眺めている。まだ婚約者が決まっていないお二人には国内外からかなりの数の釣書が届いていると聞くわ。陛下はまだ早いとはっきりしたことは仰らない。それが一層競争に拍車をかけているらしく、年の合う令嬢がいる家は少しでも有利になろうと各所に働きかけをしているという。それはそれで大変そうだわ。

「行くぞ」

 王族のダンスが終わった後は私たち五侯爵家の番。ヴォルフ様の妻として王宮の催し物で踊るのは陛下の即位十五周年を祝う夜会以来二度目。まだ慣れなくて戸惑いの方が強い。

 今日の私は濃緑の生地に金と黄緑色の糸で刺繍がされたドレス。デザインはいつもの太ももまで身体のラインに沿い膝下から広がるもので、いつの間にかゾルガー風という名が付き、このデザインを求める夫人が増えてきている。

 ヴォルフ様も私と同じ色の正装をお召しで、精悍さが際立って惚れ惚れしてしまうのは毎度のこと。すっかり愛妻家との噂が定着してしまっているけれど、ヴォルフ様からは愛せないとはっきり言われているだけに、その差に違和感しかないわ。

「皆がお前の真似をしているな」

 ヴォルフ様が身体を近づけてそう囁いた。相変わらず無表情だけど、今はそれを怖いとは思わない。それに注意深く見ていると時々感情を感じることがある。今はそれを見つけるのが秘かな楽しみだったりする。ダンスの合間に周囲を見渡せば多くの人の視線を感じた。身体の線が出るドレスナだからみられるのは恥ずかしいわ。

「何だか変な感じです」
「だが悪い気はしないだろう?」
「はい」

 ヴォルフ様が仰った通り、私が着る物使う物が話題になって知らない間に流行していた。何だか面映ゆいというか、くすぐったい気分。私に全く似合わなかった姉の着ていた子供っぽいドレスが徐々に減っているのは嬉しいわ。他国から幼女趣味だと思われているとの事実は急速に流行を塗り替えていた。この後ダンスは公爵家へと移るから一曲だけ踊ってその場を離れた。たくさんの人が行き交う中、見知った顔を見つけた。

「あ、エルマ様」

 こちらに向かってくる二人に笑みが浮かんだ。エルマ様がバルドリック様とこちらに向かっていた。今日は濃紺を基調としたドレスで、私と同じデザインのドレスだった。すらりとしたエルマ様によく似あっているし彼女の方が清楚に見えるのが羨ましい。バルドリック様は紺と黒の正装に金の髪が映えて凛々しく見えるわ。

「ご無沙汰しております、ゾルガー侯爵、イルーゼ夫人」
「侯爵様、イルーゼ様、ごきげんよう」

 お二人が挨拶するとヴォルフ様が軽く頷くのはいつものこと。言葉を返すのは王族と五侯爵家の当主くらい。

「ごきげんよう、バルドリック様。エルマ様、素敵ですわそのお色。発色が良くて上品に見えますわ」
「ふふ、ありがとうございます。この生地、シャイル織なんですの」
「まぁ、シャイル織って、リーゼ様の?」
「ええ、婚姻式で見ていいなと思って。そうしたらバルが……」

 そう言うとエルマ様は恥ずかしそうに目を伏せた。ああ、バルドリック様がエルマ様のために手に入れたのね。シャイル織はリーゼ様が婚姻式で着て評判になったけれど、希少だから中々手に入らないと聞くわ。お二人は婚姻式前に色々あって一時は婚姻式の中止もあり得るほどに揉めていた。バルドリック様はエルマ様の心を繋ぎ留めようと頑張っていらっしゃるのね。それはとてもいい傾向だと思うわ。そして少し羨ましい。

「ふふ、よかったですわね、エルマ様」
「ええ、リーゼ様には助けられてばかりですわ」

 エルマ様が指しているのはあの閨のことを綴った本のこと。あの本を読んで色々予習したお陰なのか、エルマ様は婚姻式から五か月後、今からだと二月前に無事初夜を迎えていた。私はまだ中身を読んでいないから何がどうよかったのかわからないけれど、エルマ様がそういうのなら役に立ったのよね。

「それにしても……最後に婚姻したリーゼ様が一番にお子を身籠るなんて、意外でしたわ……」

 エルマ様が言うように、リーゼ様は十日ほど前にお子が出来ていることが判明したばかり。婚姻して三か月余りのことで、あまりの速さに私たちは驚きを禁じ得なかった。今日は大事を取って舞踏会は欠席されていて、夫のアウラー小侯爵だけが出席されていた。



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