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親友の婚姻式
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それから更に一月余りが過ぎた。今日はリーゼ様の婚姻式だ。婚家の事情で式が半月遅れになったけれど、ヴォルフ様と共にアウラー伯爵家を訪れていた。商会を持つアウラー伯爵家とクライバー伯爵家は裕福なのもあって、式も伯爵家とは思えないほどの贅を尽くしたものだった。華やかな場は陛下の即位十五年を祝う式典以来で、私は今日もヴォルフ様が準備して下さったドレスに身を包んでいた。
「ゾルガー侯爵様、イルーゼ様、来て下さってありがとうございます」
隣国から取り寄せたというシャイル織とかいう絹を使ったドレスに身を包むリーゼ様は普段の地味な服装からは想像出来ないほどに艶やかだった。独特の光沢があるドレスはこれから王都でも流行りそうね。身に着ける宝飾品も細かい細工が目を惹くわ。
「おめでとうございます。リーゼ様、力が入っておりますのね。小物一つも意趣を凝らしたもので見ているだけで楽しいわ」
挨拶以外口にしないヴォルフ様の代わりにそう言うとリーゼ様の笑顔が一層輝いた。
「ふふっ、気付いて下さって嬉しいです。今日は売り出したいと思っていた商品をふんだんに使っておりますの。ね、ローレンツ様」
同意を求められて花婿のアウラー小伯爵が苦笑しながら頷いた。相変わらず親友のようなお二人で、彼らもまた世間とは一味違う夫婦になりそうね。愛よりも信頼や同志的な繋がりの方がずっと強いもの。私としても参考にしたいお二人だわ。挨拶に忙しいリーゼ様とは後日お茶会の約束をして離れた。
「エルマ様、ごきげんよう」
見知った顔を見つけて話しかけた。エルマ様はバルドリック様と一緒に参加されていた。仲睦まじそうに見えるけれどあれからお二人の関係はどうなったのかしら? 先日開いたリーゼ様独身最後のお茶会では、以前話題になったあの本を頂いたのよね。エルマ様は実践されたのかしら? 気になるわ。
「ゾルガー侯爵、イルーゼ嬢、ご無沙汰しております」
「侯爵様、イルーゼ様、ごきげんよう。今日も素敵なドレスですわね」
二人の挨拶にヴォルフ様はいつも通り頷くだけ。段々と会話は私の担当になりつつあるわ。
「ありがとうございます。エルマ様もとてもお似合いですわ」
今日の私は濃紺の太ももまで身体のラインが出るドレス、エルマ様も同じ型でこちらは深い茶のドレスだった。最近この形のドレスを着る夫人が増えて、フリルやリボンを多用したドレスは少しずつ減ってきている。スタイルがよくないと着こなせないから絶対数は少ないままだけど。
「リーゼ様の趣味全開のパーティーですわね」
「ええ、他国の品も並んで……これはもう展示会ですわ」
苦笑しながらエルマ様が辺りを見渡した。物珍しい品が並んでいて、招待客の目は新郎新婦よりもそちらにいっている気がするわ。もっともそれは新郎新婦の思惑通りなのでしょうけれど。ヴォルフ様が少し話をしてくると言って離れていった。もしかしたら私たちに気を使って下さったのかしら。ヴォルフ様に倣ってバルドリック様もご友人の元に向かわれた。
「そういえば、ミュンターの前当主は……」
「ええ」
ミュンターの前当主は十日前に処刑された。毒杯でなかったのは罪が多過ぎて処刑が妥当だとの声が多かったこと、更には貴族家への牽制もあった。王家を利用する者、私欲に駆られて道を踏み外した者は例え当主を務めた者でも極刑に処すとの王家の強い意志を感じさせるものだった。
「随分抵抗なさったそうですわね」
「らしいですね。最後まで往生際が悪かったとか」
最後は自白剤で中毒になりかかっていたという。それでも抵抗の意思があったのだから相当強靭な神経の持ち主だったのでしょうね。その意志の強さをいい方向に向けてくれたら多くの悲劇は起こらなかったのにと思う。彼の行動原理の殆どはナディア様だったから、ナディア様を前当主に降嫁させていたら防げた悲劇もあったかもしれない。もっとも、いい方向に向かったとは限らないのだけれど。
「ミュンター家は王太子殿下の第二王子殿下が継がれるそうです。成人するまではブレッケル公爵が中継ぎをされるとか」
「苦肉の策ですわね」
エルマ様が苦笑した。王太子妃殿下はミュンター当主の姪でミュンター家の養女として嫁いでいる。血筋としては王子殿下にもミュンターの血が流れているから問題ないけれど、殿下はまだ八歳。当主をするには早すぎるため成人するまでは王家が派遣した文官たちが領地を治め、当主代行としてブレッケル公爵が貴族家をまとめる。
「大変ですわね、ブレッケル公爵……」
「ええ、いきなり五侯爵家、しかも問題を起こした家の当主ですから」
ヴォルフ様がゾルガー家を立て直した時と同じかそれ以上に大変な気がするわ。ミュンターの下にいる家をまとめ、彼らを導かなければならない。他の侯爵家を格上げする話もあったけれど、一週間経っても話し合いがまとまらず、意見を求められたヴォルフ様がブレッケル公爵と第二王子をミュンターの次期当主にと提案したところ、それがいいとようやく折り合いがついたのだとか。
ミュンターの現当主は早々に爵位と領地の返上を申し出ていた。最終的にミュンターの当主夫妻と嫡男、アルビーナ様は貴族籍はく奪の上ミュンター領で生涯軟禁、領地の一部を返上することで決着がついた。放逐しなかったのは犯罪に走ったり利用されたりしないためだとか。アルビーナ様はハリマン様と婚約出来たと喜んでいただけに残念でならない。彼女は前当主の罪には関わっていなかったのに。でも、それが貴族なのだから仕方がないのだけど……
「後味の悪い結果になりましたわね」
「ええ」
エルマ様もアルビーナ様のことを思い出していたのだろう。仲がいいとは言えなかったけれど同じ学舎で学んだ仲だし、最近は協力者としての交流もあった。家同士のしがらみがなければ私たちの関係も違ったものになっていたかもしれない。
「暫く荒れそうですわね」
「ええ」
ミュンターという要が弱まれば家門の中からつまらないことを考える者が出てくる可能性もある。ブレッケル公爵は陛下のお子だけれど、家門の家が素直に従うかは別問題だもの。ヴォルフ様のように有無を言わせず実力で黙らせるならまだしも、ブレッケル公爵はまだ若いし軽い印象があるから侮られるかもしれない。膿は出たけれど傷口が治るまでには時間がかかるわね。しかも古傷だから綺麗に元通りとはいかないだろうし。
「そういえば、フィリーネ様はお元気ですの?」
急に出てきた名前に苦い笑みが浮かんだ。
「母の実家におりますわ」
「お母様の……そういえばご両親は離婚なさったのでしたわね」
「ええ、先日……」
二十日前、両親の離婚が正式に成立した。父は異議を申し立てなかったのですんなり通ったわ。
「姉も母について実家へ。と言っても実家は伯父が継いでいるので母たちは祖父母のいる領邸ですわ」
姉は半月前に子をアルトナーに渡し、母の元に向かった。その直前に姉の出自やクラウス様のその後を話した。取り乱すかと思って身構えていたけれど、意外に姉は冷静だったわ。クラウス様の最期よりも、実母が母を裏切って相愛の婚約者を奪ったことにショックを受けているように見えた。
そんな姉からは子どもへの愛情は感じられなかった。元から自分が一番の人だったけれど、それは子が出来ても変わらなかったらしい。別邸に仕えている使用人の話では、授乳も最初だけでほとんどを乳母や使用人に任せていたという。姉には子はアルトナーの分家で子がいない夫婦が引き取ると伝えてある。次期当主だと言うとよからぬことを考えそうだったから。当主になった子の元へ生みの親だと押しかけられても困るわ。
「多分、もう姉と会うことはないような気がしますわ」
それは予感というよりも確信に近かった。見送りに言ったけれど姉は黙って馬車に乗り込み、振り返ることなく発って行った。何を考えているのかは最後まで分からなかったわ。
姉がいた別邸には今、入れ替わるようにカリーナが出産を待っていた。既に臨月を迎え、いつ生まれてもおかしくないという。別邸も実家も子を迎える準備は万全で、カリーナも出産後は母の元に向かうという。気が付けば実家はバラバラになってしまった。一年前までは私以外は仲が良いように見えただけに、その変わり様が信じられないわね。
「これはこれは、今を時めくゾルガー侯爵夫人とベルトラム小侯爵夫人ではありませんか。二人とも実にお美しい!」
しんみりした気分のところに、不躾な声が割り込んできた。
「ゾルガー侯爵様、イルーゼ様、来て下さってありがとうございます」
隣国から取り寄せたというシャイル織とかいう絹を使ったドレスに身を包むリーゼ様は普段の地味な服装からは想像出来ないほどに艶やかだった。独特の光沢があるドレスはこれから王都でも流行りそうね。身に着ける宝飾品も細かい細工が目を惹くわ。
「おめでとうございます。リーゼ様、力が入っておりますのね。小物一つも意趣を凝らしたもので見ているだけで楽しいわ」
挨拶以外口にしないヴォルフ様の代わりにそう言うとリーゼ様の笑顔が一層輝いた。
「ふふっ、気付いて下さって嬉しいです。今日は売り出したいと思っていた商品をふんだんに使っておりますの。ね、ローレンツ様」
同意を求められて花婿のアウラー小伯爵が苦笑しながら頷いた。相変わらず親友のようなお二人で、彼らもまた世間とは一味違う夫婦になりそうね。愛よりも信頼や同志的な繋がりの方がずっと強いもの。私としても参考にしたいお二人だわ。挨拶に忙しいリーゼ様とは後日お茶会の約束をして離れた。
「エルマ様、ごきげんよう」
見知った顔を見つけて話しかけた。エルマ様はバルドリック様と一緒に参加されていた。仲睦まじそうに見えるけれどあれからお二人の関係はどうなったのかしら? 先日開いたリーゼ様独身最後のお茶会では、以前話題になったあの本を頂いたのよね。エルマ様は実践されたのかしら? 気になるわ。
「ゾルガー侯爵、イルーゼ嬢、ご無沙汰しております」
「侯爵様、イルーゼ様、ごきげんよう。今日も素敵なドレスですわね」
二人の挨拶にヴォルフ様はいつも通り頷くだけ。段々と会話は私の担当になりつつあるわ。
「ありがとうございます。エルマ様もとてもお似合いですわ」
今日の私は濃紺の太ももまで身体のラインが出るドレス、エルマ様も同じ型でこちらは深い茶のドレスだった。最近この形のドレスを着る夫人が増えて、フリルやリボンを多用したドレスは少しずつ減ってきている。スタイルがよくないと着こなせないから絶対数は少ないままだけど。
「リーゼ様の趣味全開のパーティーですわね」
「ええ、他国の品も並んで……これはもう展示会ですわ」
苦笑しながらエルマ様が辺りを見渡した。物珍しい品が並んでいて、招待客の目は新郎新婦よりもそちらにいっている気がするわ。もっともそれは新郎新婦の思惑通りなのでしょうけれど。ヴォルフ様が少し話をしてくると言って離れていった。もしかしたら私たちに気を使って下さったのかしら。ヴォルフ様に倣ってバルドリック様もご友人の元に向かわれた。
「そういえば、ミュンターの前当主は……」
「ええ」
ミュンターの前当主は十日前に処刑された。毒杯でなかったのは罪が多過ぎて処刑が妥当だとの声が多かったこと、更には貴族家への牽制もあった。王家を利用する者、私欲に駆られて道を踏み外した者は例え当主を務めた者でも極刑に処すとの王家の強い意志を感じさせるものだった。
「随分抵抗なさったそうですわね」
「らしいですね。最後まで往生際が悪かったとか」
最後は自白剤で中毒になりかかっていたという。それでも抵抗の意思があったのだから相当強靭な神経の持ち主だったのでしょうね。その意志の強さをいい方向に向けてくれたら多くの悲劇は起こらなかったのにと思う。彼の行動原理の殆どはナディア様だったから、ナディア様を前当主に降嫁させていたら防げた悲劇もあったかもしれない。もっとも、いい方向に向かったとは限らないのだけれど。
「ミュンター家は王太子殿下の第二王子殿下が継がれるそうです。成人するまではブレッケル公爵が中継ぎをされるとか」
「苦肉の策ですわね」
エルマ様が苦笑した。王太子妃殿下はミュンター当主の姪でミュンター家の養女として嫁いでいる。血筋としては王子殿下にもミュンターの血が流れているから問題ないけれど、殿下はまだ八歳。当主をするには早すぎるため成人するまでは王家が派遣した文官たちが領地を治め、当主代行としてブレッケル公爵が貴族家をまとめる。
「大変ですわね、ブレッケル公爵……」
「ええ、いきなり五侯爵家、しかも問題を起こした家の当主ですから」
ヴォルフ様がゾルガー家を立て直した時と同じかそれ以上に大変な気がするわ。ミュンターの下にいる家をまとめ、彼らを導かなければならない。他の侯爵家を格上げする話もあったけれど、一週間経っても話し合いがまとまらず、意見を求められたヴォルフ様がブレッケル公爵と第二王子をミュンターの次期当主にと提案したところ、それがいいとようやく折り合いがついたのだとか。
ミュンターの現当主は早々に爵位と領地の返上を申し出ていた。最終的にミュンターの当主夫妻と嫡男、アルビーナ様は貴族籍はく奪の上ミュンター領で生涯軟禁、領地の一部を返上することで決着がついた。放逐しなかったのは犯罪に走ったり利用されたりしないためだとか。アルビーナ様はハリマン様と婚約出来たと喜んでいただけに残念でならない。彼女は前当主の罪には関わっていなかったのに。でも、それが貴族なのだから仕方がないのだけど……
「後味の悪い結果になりましたわね」
「ええ」
エルマ様もアルビーナ様のことを思い出していたのだろう。仲がいいとは言えなかったけれど同じ学舎で学んだ仲だし、最近は協力者としての交流もあった。家同士のしがらみがなければ私たちの関係も違ったものになっていたかもしれない。
「暫く荒れそうですわね」
「ええ」
ミュンターという要が弱まれば家門の中からつまらないことを考える者が出てくる可能性もある。ブレッケル公爵は陛下のお子だけれど、家門の家が素直に従うかは別問題だもの。ヴォルフ様のように有無を言わせず実力で黙らせるならまだしも、ブレッケル公爵はまだ若いし軽い印象があるから侮られるかもしれない。膿は出たけれど傷口が治るまでには時間がかかるわね。しかも古傷だから綺麗に元通りとはいかないだろうし。
「そういえば、フィリーネ様はお元気ですの?」
急に出てきた名前に苦い笑みが浮かんだ。
「母の実家におりますわ」
「お母様の……そういえばご両親は離婚なさったのでしたわね」
「ええ、先日……」
二十日前、両親の離婚が正式に成立した。父は異議を申し立てなかったのですんなり通ったわ。
「姉も母について実家へ。と言っても実家は伯父が継いでいるので母たちは祖父母のいる領邸ですわ」
姉は半月前に子をアルトナーに渡し、母の元に向かった。その直前に姉の出自やクラウス様のその後を話した。取り乱すかと思って身構えていたけれど、意外に姉は冷静だったわ。クラウス様の最期よりも、実母が母を裏切って相愛の婚約者を奪ったことにショックを受けているように見えた。
そんな姉からは子どもへの愛情は感じられなかった。元から自分が一番の人だったけれど、それは子が出来ても変わらなかったらしい。別邸に仕えている使用人の話では、授乳も最初だけでほとんどを乳母や使用人に任せていたという。姉には子はアルトナーの分家で子がいない夫婦が引き取ると伝えてある。次期当主だと言うとよからぬことを考えそうだったから。当主になった子の元へ生みの親だと押しかけられても困るわ。
「多分、もう姉と会うことはないような気がしますわ」
それは予感というよりも確信に近かった。見送りに言ったけれど姉は黙って馬車に乗り込み、振り返ることなく発って行った。何を考えているのかは最後まで分からなかったわ。
姉がいた別邸には今、入れ替わるようにカリーナが出産を待っていた。既に臨月を迎え、いつ生まれてもおかしくないという。別邸も実家も子を迎える準備は万全で、カリーナも出産後は母の元に向かうという。気が付けば実家はバラバラになってしまった。一年前までは私以外は仲が良いように見えただけに、その変わり様が信じられないわね。
「これはこれは、今を時めくゾルガー侯爵夫人とベルトラム小侯爵夫人ではありませんか。二人とも実にお美しい!」
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