あなたに愛や恋は求めません【書籍化】

灰銀猫

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自覚がない変化◆

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 俺の過去をイルーゼに話した。拒絶されると予想していたがあれは王や養父への怒りを露わにし、それどころか俺が好きだと言ってきた。この展開は予想していなかった。普通暗殺などという卑劣な行為には嫌悪感を示すものだろうに、どうして好意に繋がるのか理解出来ない。しかも俺の子を産むのは自分だけにして欲しいとまで言う。最初から予想外の行動をする変な女だと思っていたが想像以上だった。

 だが、悪い気はしない。あれといると面白いと思うことが増えた。あれが望むことは叶えてもいいとも思える。ティオにそう話すとお気に召されたのですねと言われた。気に入っているのか……そうかもしれない。以前は側にいることに煩わしさを感じたが今は気にならない。むしろ長い時間側にいないと何かしでかしているのではないかと気になる。寝室もだ。以前はティオがいるのでさえ気に障ったがあれだと不思議と気にならない。月の物の時期は私室に戻っているが、その時が心許なく感じる。警備の意味合いが強いが。いつの間にか居るのが当たり前になっていた。

 その日の夜、王太子に呼ばれた。事後処理のためだろう。ミュンターの爺や王女らの尋問が始まるから連絡があるだろうと予想はしていたが面倒だ。夜中に抜け出すとイルーゼを起こしてしまう。目が覚めないくらい抱きつぶせばいいのだろうがそこまで無体な真似も出来ない。女は体力がないし一方で俺は人一倍あるらしいから、気を付けるようにとティオにきつく言われている。となると夜中に出かけるのは避けたい。半日遅れたくらいで困ることはないだろう。明日行くと書いた手紙を使者に渡して寝室に向かった。




「どうしたんだい? 君が呼び出しに応えなかったなんて初めてじゃないか」

 翌朝、王太子を訪ねたら開口一番にそう言われた。

「お陰で大変だったよ。朝の予定を午後や後日に変更したりして」
「自分でやったわけではないだろう」
「そりゃそうだけど……でも、こっちの都合も考えてよ」
「それを言うならこっちの都合を考えろ。夜中に呼び出すな。俺も暇ではない」

 そう言うと目を丸くした後でごめんと謝られた。夜中なら問題ないと思っていたのだろうな。確かに問題なかったがこちらはその分睡眠時間を削る羽目になっていた。それでも王族より融通が利くからと大目に見ていただけだ。

「すまなかった。確かにそうだよね。イルーゼちゃんとの時間を邪魔しちゃ悪いよね」
「ちゃん付けで呼ぶな」
「ええ? 何で今になって……」
「本人が嫌がっている」
「イルーゼちゃんが……」

 何故ショックを受けているんだ? 普通に嫌だろう?

「お前、他の女もちゃん付けで呼んでいるのか?」
「いや、さすがにそれは……」
「だったら何故イルーゼにはそうする?」
「それは、だって……お義姉様だし……」
「だったら尚更やめろ。姉なら立場は上だ。それともお前をちゃん付けで呼ぶか?」
「え? いいの?」

 目を輝かせたぞ? 何故喜んでいる?

「お兄様なら大歓迎だよ。イムレ君、うん、いい! 今度からそう呼んでよ!」

 自分で言って喜んでいるが……こいつは頭がおかしいのか?

「断る」

 気持ち悪い奴だ。三十を超えた男が君付けを喜ぶか?

「ええ~なんでだよ……」

 こいつを喜ばせることはしたくない。調子に乗ると面倒くさいし鬱陶しい。馴れ馴れしいのも弟なら仕方がないかと思っているが、いい大人なのだからそろそろ弁えろと言いたい。

「用件は何だ?」

 こいつの雑談に付き合っていると終わらないのはいつものことだ。早く話せと言うと睨まないでよと怯まれた。別に睨んでなどいない。眼つきが悪いのは生まれつきだ。

「やらねばならないことがあるんだ。早く終わらせろ」
「ああ、結婚してからお兄様は一層冷たくなった……イルーゼお義姉様、愛されてるなぁ……」
「……俺たちの間にそんなものは存在しない」

 そう言うと益々目を大きく見開いた。口まで開いているぞ。みっともない。

「な、何言ってんの? 愛がないって……あんなに仲良さそうに見えるのに」
「イルーゼを妻として世間並みに扱えと言われたからだ。俺が蔑ろにすれば屋敷だけでなく世間からも蔑ろにされるだろう」
「言われたって、誰に?」
「うちの使用人だ。妻を娶るなら相応に扱うべきだと言われた」

 妻を蔑ろにすれば叛意を持たれて家の中に敵を作りかねない。それでは結束が緩むからダメだときつく言われたからそうしてきただけだ。まぁ、イルーゼは文句を言うこともないし使用人からの受けもいい。その点も妻として申し分ない。

「な、んだよそれ……いや、それにしたって、あの子が好きだから出来ることだろう?」
「好き? 俺が?」
「そうだろう? 君、他人には徹底的に無関心じゃないか。あの子だけだよ、気遣ってるの。自覚ないの?」
「ないな」

 そんな風に見えるのか? ティオに言われた通りにしているだけだが……確かにそうかもしれない。あれが姉の方だったら放置していただろう。

「うわ、無自覚だったんだ……まぁ、君らしいけどね」

 俺らしいとはどういう意味だ? こいつは俺が孤児院で育ったことも影をしていたことも知らない。俺らしいと言えるほど俺を知っているわけではないだろうに。

「でも、よかったよ。君にも人並みに感情があるんだね」

 よくわからないな。俺の感情……確かに感情はあるのだろう。こいつを面倒だと思いながら見捨てられないのも、こいつよりもイルーゼといた方が楽だと感じるのも感情のせいなのだろう。そういえばイルーゼは感情がよく動くな。まさか俺のことで怒りだすとは思わなかったが……

「どうしたの? 黙り込んじゃって」
「……イルーゼが、怒った時のことを思い出していた」
「ええ? 君怒らせたの? 何したんだよ?」
「俺にではない。王や養父にだ」
「王って……父上とゾルガーの前当主?」
「ああ。俺の扱いが酷過ぎると。感情を失うほどの目に遭わせたのに何もしなかったと怒っていた。それを俺が何とも思わないことも嫌がっているように見えた」

 何故他人のことであんなにも感情を荒げたのかわからない。他人の大きな感情の揺れは不快だ。だが俺のことでそうなるあれを見るのは悪くない、かもしれない。

「それは……父上が……いや、俺もだな。すまない」
「何故お前が謝る?」
「え? だって……兄上が苦労している時、俺は安穏と暮らしていたんだ。もしかしたらそうなっていたのは俺だったかもしれないのに……」

 なるほど、そうかもしれないな。双子だから逆だった可能性もあるのか。だが今更だ。

「お前のせいではないだろう。だがお前がのうのうと暮らしていたのは確かだな」
「う……! そ、そうだよね……ごめん」
「悪いと思うなら死ぬ気で働いて俺の負担を減らせ」
「ええっ?」

 俺はお前や王家にばかり構っていられないんだ。ミュンターの爺もお荷物の王女もいなくなったんだ、少しは楽になったんだからいいだろう。

「今まで散々無理を聞いてきたんだ。これからは自分たちで何とかしろ」
「いや、でも……」
「俺は忙しい」
「……善処します」

 期待出来ないが些細なことなら突っぱねて自分でやらせればいいか。いつまでも王家の尻拭いなど御免だ。ミュンターの爺がいなくなったから先王の影響力は消えるだろう。先王の血縁で残るのは側妃が産んだシリングス公爵とその子のハリマンだが、あれらにはそんな力はない。放っておいても問題ないだろう。

「ミュンターの爺らはどうしている?」
「ああ、今朝から本格的に尋問を始めているはずだよ。まぁ、大人しく白状するとは思わないけど」
「だろうな」

 まぁ、自白剤を使えば口も滑らかになるだろう。爺は警戒するだろうが飲まず食わずで抵抗したところで飲ませる方法はいくらでもある。

「ここで一気に膿を出せれば掃除も進むよ。ところで、フレディはどうするの?」
「フレディ? どうもしないが?」
「だけど、ミュンターの爺さんの孫だろう? 気にならない?」
「血筋など我が家には関係ない」
「そっか。フレディもいい叔父を持ったね」

 フレディはゾルガーの子として育ったんだ。今更他で生きていけるとも思わないし、俺もあれの助けが必要だ。あれが領地経営を手伝ってくれなければイルーゼとの時間が取れない。





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