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国王陛下の呼び出し

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 舞踏会は恙なく再開された。あの後陛下が音楽を望まれ、陛下ご夫妻と王太子ご夫妻がダンスを踊られ、舞踏会は最初から仕切り直しになった。私たちも陛下たちの後にダンスを踊り、挨拶へと移った。陛下たちからは騒ぎに巻き込んで申し訳なかったと謝罪されたけれど、私はヴォルフ様の危機が一つ減ったことの嬉しさが勝って一度目よりもずっとすっきりした気分だったわ。

 その後も色んな方がヴォルフ様を気にかけていたけれど、ヴォルフ様は通常運転のままそれらを黙殺していた。実際王族に戻れるわけでもないから当然よね。舞踏会も終盤に差し掛かったところで王宮の文官らしい人が声をかけてきた。国王陛下がお呼びだという。私も一緒にと言われたのでご友人と歓談中のフレディ様に声をかけて、アベルを伴って文官の後に続いた。

 案内されたのは会場から少し離れた応接室だった。ヴォルフ様によると陛下が内々に貴族と話をするために使っている部屋で、広めの応接間という感じだった。室内の内装も調度も華やかで重厚な雰囲気のゾルガー邸とは趣が違う。室内には大きな楕円形のテーブルがあり、広い方の辺には二、三人がかけられそうなソファが一対、その間には一人掛けのソファが二つずつ置かれている。奥のソファには陛下と王妃様が並んで座り、その奥隣りには王太子殿下と妃殿下が、その反対側にはブレッケル公爵エーリック様が座っておられた。婚約者のアマーリエ様の姿は見えない。

「やぁ、兄上」
「お待ちしていました」

 親しそうに嬉しそうに話しかけてきたのは、陛下たちの両脇に座っていた王太子殿下とブレッケル公爵だった。立ち上がってこちらにやって来て私たちを陛下たちの向かいのソファに案内してくれた。お二人共やけに機嫌がいいわ。

「その呼び方はよせ」
「釣れないことを仰る。ようやく兄上と呼べるようになったのに」
「そうですよ。ずっとこの日を待ち望んでおりましたから」

 確かにこの三人は実の兄弟なのよね。こうして見ると色が違うせいで似ているとは思わない。殿下もブレッケル公爵も顔立ちが王妃様に似ているせいかしら。ヴォルフ様は目元など顔の造形は陛下に似ていらっしゃるのよね。双子も瓜二つのこともあれば全く似ていないどころか性別すら違うこともあるというけれど、ヴォルフ様たちは後者なのね。

「陛下のお言葉をお忘れになったか。これまでと何も変わらないとの仰せだっただろう」
「わかっていますよ。でも、今日くらいはいいでしょう?」
「お断りします。臣下に示しがつきません」

 ヴォルフ様はあくまでもゾルガー侯爵家のヴォルフ様としての立場を崩さなかった。王族だった過去はなかったことにしたいらしい。

「兄上は真面目過ぎる……」
「殿下自ら世間を混乱に招く様な真似はお控え下さい。国を乱す一因ともなり兼ねません」

 嘆く王太子殿下をヴォルフ様がピシャリと跳ね除けてしまった。何故かしら、このお二人、似ているかもしれない。互いに譲らないところが。

「陛下、何のご用ですか?」

 王太子殿下を無視してヴォルフ様は陛下に話しかけた。その横で王太子殿下が冷たいんだから……と嘆いているのを妃殿下が宥めている。こんな風に思うのは不敬かもしれないけれど、王太子殿下は甘えたがりみたいね。普段は砕けていても王族らしい姿しか見ていないから意外だわ。

「イムレ、落ち着け。夫人が困っているだろう」

 陛下が笑いながら王太子殿下を諫めた。ここで私を持ち出すのは止めて欲しいわ。恐れ多い……

「ああ、イルーゼちゃん、ごめんね。嬉しくてつい」

 はにかんだような笑顔が少年みたいだった。殿下は随分とヴォフル様を慕っているのね。そんな笑顔をされると何も言えないわ。改めて座れと言われて陛下の向かい側にヴォルフ様と並んで腰を下ろした。アベルはその後ろに立つ。私だけ場違いな気がして落ち着かないわ。

「ヴォルフ、アウグストの件、すまなかったな」

 陛下が軽く頭を下げた。ヴォルフ様は最後まで出自を明かすのを反対されていたからそれへの謝罪かしら。でもあの場合は仕方なかったわ。フレディ様のことを秘すためにも前当主を黙らせる強い理由が必要だったから。

「呼んだのは他でもない。アウグストのことだ」
「左様ですか」

 やはり前当主のことなのね。そういえばあの後尋問があったのかしら?

「今なら何でも吐くからね。君が聞きたいことも聞けると思うよ」
「……では、異母兄の件で一つ」

 ヴォルフ様が王太子殿下にそう答えると陛下が側にいた騎士に前当主を呼ぶよう命じられた。近くの部屋に待機していたのか、前当主は騎士に両腕を抱えられ、更に四人の騎士に囲まれて姿を現した。

「ゾルガー……貴様……」

 ヴォルフ様が陛下のお子だと知れても前当主は憤怒の目をヴォルフ様に向けた。長年の計画が全て無になり、更にはゾルガー夫人とその子の殺害の容疑者になり果てたのだから完敗もいいところだ。そんな前当主を前にしてもヴォルフ様が表情を変えることはなかった。ブレッケル公爵の後ろ側に立たされた前当主は開き直ったのか口角を下げて憮然とした表情だった。

「ゲオルグの父親はお前か?」

 ヴォルフ様の問いに前当主は僅かに表情を動かしたが口元に力を入れて無言を通した。ヴォルフ様はそんな前当主を見てアベルに手を差し出すと、アベルは屋敷から持参してきた冊子を渡した。それをヴォルフ様はテーブルに置く。前当主が目で冊子を追った。

「これはナディア王女が遺した日記だ。ゾルガー邸の夫人の部屋の化粧台に隠されていたものだ」
「……っ!」

 前当主が息を呑むのが聞こえた。

「この日記には、お前とナディア王女が情を交わした様子が詳しく記されている。彼女はゲオルグをお前の子だと書いていた。間違いないか?」
「……ナ、ナディア様が……」

 その声には今まで聞いたことのない響きがあった。やはり前当主はナディア様を想っていたのだと思わせるには十分なものだった。

「答えろ」
「……そ、そう、です……」

 抵抗しながらも前当主はそれだけを答えた。彼もまたゲオルグ様を実子だと信じていたのだ。それがゾルガー家乗っ取りを意味している。これでミュンター家は終わりかもしれない。

「ち、ちがっ!! クソっ!! 貴様、わしに何をした? こ、こんな……!」
「自白剤だよ」

 自分の答えに呆然とした後激高した前当主に答えたのは王太子殿下だった。
「……自白、剤?」
「知らないのも無理はないよ。王家秘蔵の品だからね」

 私も違和感をずっと持っていたけれど……そういうことだったのね。あの慎重そうな人が簡単に自分の不利になることを口にするとは思えなかったから。でも、自白剤……そんなものが実際にあったなんて……知りたくなかったわ……

「な……!」
「まぁ、これでミュンター家は終わりだね。筆頭侯爵家の乗っ取りにそこの夫人と子の殺害、更には養子に入った王子の暗殺未遂の数々。極刑は覚悟しているよね? これだけの罪状を重ねてきたのだから」

 王太子殿下は険しい表情だったけれどどこか楽しそうに見えた。もしかすると感情がないヴォルフ様よりも殿下の方がずっと強く深く憤っていたのかもしれない。ヴォルフ様への態度を見ているとそんな気がするわ。

「い、一族は……一族の者は関係ない! わしがやったことだと認める。だから、だから家族は……!!」
「お家乗っ取りは関係者全員極刑。五侯爵家の当主の一人だったそなたがそれを知らなかったとは言わせぬ」

 陛下の声は低く重く、険しい眼光もヴォルフ様によく似ていた。髪と目の色を変えたらヴォルフ様に似るかしら。前当主が喚きたてる声が次第に哀願に変わっていった。アルビーナ様はどうなるのかしら? そのことを考えていると、廊下からけたたましい足音が近づいてくるのが聞こえた。陛下たちが不作法なそれに眉を顰める。足音はこの部屋の前で止まると制止する声と一大事ですと息を切らした声が聞こえた。

「ゾルガー侯爵! お屋敷から火急の使者が!」



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