あなたに愛や恋は求めません【書籍化】

灰銀猫

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予想外の行動

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 私たちのダンスが終わると次は公侯爵家の当主の番になった。ヴォルフ様にエスコートされて向かった先は王族のいる席だった。どうやらダンスを終えた家から順に挨拶をするらしく、私たちが最初だった。王太子殿下ご夫妻とは会話をしたことがあるけれど、国王ご夫妻は遠くから眺めるだけだったので緊張が一気に高まった。出来ることならダンスの前がよかったわ。踊ったせいで髪など乱れていないかと気になるのだけれど、ここではそれを確かめる術もない。ヴォルフ様に尋ねても多分問題ないと言いそうだし……

 王族の側に行くと、国王ご夫妻は立派な椅子に腰かけてダンスを眺めていらっしゃった。そして陛下たちの隣には王太子ご夫妻が同じように椅子に座り、その後ろには幼い銀髪紫瞳の王子殿下お二人がお世話係と共に座っていた。上の殿下も十になったくらいだったわね。お二人共ご両親よりもさらに薄い色合いのお揃いの衣装で、落ち着かない様子で周囲を気にしている様がお可愛らしい。

「おお、ゾルガー侯爵! よく来たな」

 御前で膝を折って低頭すると陛下が声をかけて下さった。楽にしていいと言われたので頭を上げる。初めて間近で見た陛下はまだ若々しくて父と十は上の筈だけど同じ年代に見えた。王妃様も二十は若く見えるのではないかしら? ヴォルフ様とはまた違った迫力があって足が震えそう。

「陛下の盤石たる御代に心よりお祝い申し上げます。これからの陛下の治世が一層堅固で実り多きものとなるよう、この身を賭してお支えする所存です」
「ああ、期待しておるぞ」

 ヴォルフ様の祝意に陛下が鷹揚にお答えになると、視線がちらとこちらに向くのを感じた。それだけで緊張して心臓が飛び出しそうになった。

「こちらが……噂の女傑か」

 面白がる声色が耳に届いたけれど……女傑って、私のこと? ヴォルフ様、陛下に何を仰ったの? 気になるけど聞くのが怖いわ……

「イルーゼ夫人、婚姻おめでとう。ヴォルフは色々と至らない部分もあるが……どうか見捨てずに支えてやってくれ」
「も、勿体ないお言葉にございます」

 まさか名を呼ばれた上で直々にお言葉を賜るとは思わなかった。それにしても陛下はヴォルフ様に随分気安いように感じる。筆頭侯爵は時には王に諫言することもあるからもっと緊張感のある関係だと思っていたのだけど……

 さすがに他の人が後に続くので陛下の前を辞すと、陛下は今度はミュンター侯爵に声をかけるのが聞こえた。陛下は前当主が久しぶりに顔を出したことに驚きながらも息災で何よりと声をかけ、前当主がそれに応えていた。それを背に聞きながら移動すると今度は王太子殿下に声をかけられた。

「ゾルガー侯爵にイルーゼ夫人、来てくれて嬉しいよ」
「王太子殿下と妃殿下にはご機嫌麗しく」

 陛下と違って王太子殿下にヴォルフ様は素っ気なかったけれど殿下は笑顔だった。何というか殿下って、ヴォルフ様に冷たくされても嬉しそうなのよね。よほどヴォルフ様がお好きなのかしら……

「イルーゼ夫人、そのドレスよく似合っているな」
「ええ、本当に素敵ね。イルーゼ様のドレスのことはよくお茶会でも話題になるのですよ」
「左様でございますか。光栄に存じます」

 ドレスを誉められるのは有難いわ。それが目的なのだから。王族の目に留まればいい宣伝にもなるわね。

「陛下、一つ奏上したいことがございます」

 では、とヴォルフ様が王太子ご夫妻の前を辞そうとしたところで、ミュンターの前当主が声を上げた。

「何だ? 今でなければならないことか? 祝いの席が始まったばかりだ。まだ挨拶を待つ者が大勢待っておる。後にしろ」
「それは承知の上でございます。ですが……事は国にとって一大事でございますれば」

 その応酬に周りにいた貴族たちも目を向けた。何を言おうというのかしら。視線を向けると前当主がチラとこちらを横目で見るのが見えた。何かしら? 私たちにも関係があることなの? 嫌な予感がジワジワとせり上がって来るのを感じる。さっきは誰を見た? 私? それともヴォルフ様? 私自身は一大事と言われるようなことはしていないけれど、父や姉の醜聞なら心当たりがある。それに姉は罪人として逃亡中のクラウス様と通じている。もしかしてクラウス様を匿っているのは私たちだと言いたいのかしら? ヴォルフ様の腕を掴む手に力が入ってしまった。ヴォルフ様が反対の手で私の手の甲をそっと撫でたけれど、不安は消えてくれなかった。

「国の一大事か。では手短に申せ」
「陛下のご英断、臣として心より安堵いたしました」

 何だかその言い方が引っかかったわ。まるで普段の陛下は安堵出来ないと言いたげだもの。そりゃあ、親子ほどの年の差はあるけれどそんな言い方はないんじゃないかしら。

「我が国は建国より数百年、王統は絶えることなく受け継がれ、他国の侵略も受けず盤石なままこの日を迎えました。これも全ては陛下をはじめとする歴代の国王陛下の慧眼と類稀な指導力、また我ら家臣の諫言を聞き入れて下さった御心の寛大さの賜物にございます」

 前当主は流れるような口上を朗々と語った。年だけど声には張りがあり人を惹きつけるものを感じるけれど……何が言いたいのかしら? 国の重大事とは何なの?

「ああ、わかった。それで? 時間がないと言ったであろう? 要点を申せ」
「これは失礼を。つい年寄りは話が長くなってしまいますな」

 そう言うと前当主は笑みを深めて一旦言葉を区切った。そして徐にこちらに身体を向けた。

「我らはゾルガー侯爵を筆頭と仰ぎ、国と王家の御ために剣となり盾となって支えてまいりました。それも初代国王陛下がゾルガー家を筆頭として貴族を取りまとめるよう命じられたため。初代国王陛下の慧眼は見ての通りでございましょう」

 前当主の呼びかけに同意するかのように頷く者もいた。確かにその通りだけど、それが何だというの? 前当主の思惑が読めなくて嫌な予感だけが膨らんでいく。

「他国では王統が何度も変わっている国もございますが、我が国はそのような混乱もなく今日まで王統を繋ぐことが出来ました。これは初代国王陛下と我ら家臣の約束事が受け継がれてきたからでございましょう」

 前当主の言葉に嘘はないわ。この国と接する他の国はこの国が建国されて以降何度も王統が入れ替わり、国名すら変わっているところや分裂したり吸収されたりした国もあった。建国以来変わりなく安定して発展しているのは我が国と隣国を挟んで向こう側にある国くらいかしら。

「我が国の発展は王家とゾルガー侯爵家が盟友として協力し合ってきた賜物と申しましょう。ですが!」

 ここで言葉を区切った前当主の視線がヴォルフ様に向けられた。何を言う気なの? ヴォルフ様に瑕疵などあったかしら? その前に……散々ゾルガー家の力を削ごうとしてきたあなたがそれを言うの? 不安の中に怒りの火が芽生えた気がした。

「由緒あるゾルガー侯爵家の血がいつの間にかすり替わっていたとなれば話は別。綿密に受け継がれてきたこの二本の柱の片方を得体の知れぬ者が担っているとなればどうなるでしょうか! 我が国の礎を揺るがす大罪だと思われませぬか!?」
「ち、父上っ?」

 会場内に聞こえるよう、訴えかけるように問いかけられた言葉に、現当主が悲鳴のような声を上げ、会場内がざわついた。この人は……もしかしてヴォルフ様が偽物だと言いたいの?

「ここに立つゾルガー侯爵ヴォルフと名乗る御仁は全くの偽者! わたくしめはここにゾルガー侯爵ヴォルフ殿を僭称するあの男を告発いたします!」



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