あなたに愛や恋は求めません【書籍化】

灰銀猫

文字の大きさ
上 下
139 / 332

観劇の夜◆

しおりを挟む
 観劇に誘われた日の夜遅く、王宮も静謐な闇に覆われる頃、俺は王太子の私室に呼び出されていた。

「どうして妃まで連れてきた」

 王太子から婚姻祝いだと言われて観劇の招待を受けた。素性を隠すようにと指定してきたから来るのだろうとは思っていたが、まさか妃も一緒とは思わなかった。妃はミュンターの爺の娘が嫁ぎ先で産んだ娘で、今は息子の養女になっている。しかもあのリシェルと親しくしていた女だ。そんな女を何故イルーゼに近づける? こんなことなら誘いを断ればよかった。

「そう怒らないでよ。コルネリアはミュンターに利する気はないから。同じ伯爵家の出のイルーゼちゃんに親近感を持っているだけで敵対する気はないから。」

 妃に心を開いていなかった筈だがどういう風の吹き回しだ? それとも何か裏があるのか?

「何を企んでいる?」
「怖っ! そう睨むなよ!」
「正直に話せ」

 睨みつけると情けない顔をして謝ってきたが謝罪などいらない。それよりも理由を話せと睨みつけたままいるとぼそぼそと理由を話し始めた。

 王太子の話はこうだ。妃はミュンターの爺の孫で今はミュンターの養女になっている。あの爺は妃にも内々にミュンターの利になるよう王太子や国王夫妻を丸め込めと指示していた。最近はそれが顕著になり、生家の実弟のことまでちらつかせるほどになったらしい。妃は耐え切れず夫の王太子に相談したという。

「それを信じるのか?」
「ミュンターからの手紙は全て目を通したよ。君も見ていい。ほら」

 そう言って手渡された手紙の束。差出人は妃の実家の母親、あの爺の娘の名だ。手紙の中には母親の物以外にもメモのような物が同封されていた。そこには法案や次の会議の議題などが記されているだけでどうしろという指示らしきものは一切ないが家の有利になるように根回ししろということだろう。警戒心の強い爺らしい。これだけを見ても罪には問えないな。母親からの手紙には弟を案じるようなことがぼかして書かれている。高圧的な爺からの指示と母親の弟を心配する手紙。言うことを聞かなければ弟を害すると言いたいのだろう。弟も爺の孫だろうに。

「それで、どうする気だ?」
「コルネリアに情はないけど王子を二人産んでくれたからね。このまま離婚せずに妃として遇するよ。他に適任者もいないし。今から別の妃を娶って王子が生まれれば面倒でしかないからね」

 確かに妃をこのまま置いておく方が面倒はないな。どうしてもと言うならこいつを断種するしかないと思っていたが、それならその必要はないか。

「王太子の妃にまで指示をしてくるような爺さんは見過ごせない。王家を軽んじ過ぎだ。父上は祖父とは違いゾルガー重視なんだから。即位式に来ると言うのならここで息の根を止めたい。ゲオルグ殿の件、証拠は固まったんだろう?」
「ああ」

 異母兄が父の血を継いでいないことはランベルツの婚姻式の少し前に判明した。その父親があの爺だということも。証拠がない上、領地から出てくることがない爺相手では死ぬまで待つのも手かとは思っていたが、即位式に来ると言うならこの機会を逃す手はない。

「王家はこの件に関してフレディに責はないことを認め不問とする。父上からそう約束を取り付けたよ。はい、これがその公文書」

 差し出された文書の中身を確かめた。特に不足はないな。これと俺が不問にすると言えば誰もフレディを咎めることは出来ない。

「フレディには申し訳ないことになったけど、元々はうちの爺さんも加担していたからね。この件は王家と君、ミュンターの当主辺りに留めて表に出ない様にしたいと思っている」
「そうしてくれると助かる」

 世間に広まってはあれの立場がない。いくら俺が擁護しても醜聞はあれを苦しめるだろう。それを跳ねのける強さはない。それはあれのいいところでもあるのだろうが。

「フレディにはこのことを?」
「話すべきだとは思うが、知れば悩み家を出ると言うだろう。出来れば死ぬまで伏せておきたい」
「そんな感じだよね。本当にあの爺さんの血を受け継いでいるのかと思っちゃうよ」
「そうだな。性格は先々代に似ているな」
「ああ、レナート殿ね。そうだなぁ、確かにそんな感じだ」

 先王と爺に侮られた俺の祖父。よほどそっちの方が似ている。皮肉なものだな。あの爺に似た方が楽に生きられただろうに。

「フレディも気の毒だよなぁ。本人にはどうにも出来ないことなんだから。あ、そのフレディなんだけど、好きな令嬢が出来たらロジーナとの婚約、白紙にしていいから」
「急にどうした? ロジーナが嫌がってるのか?」
「そういう訳じゃないんだけど、父上がフレディに同情的というか。まぁ、元は祖父も片棒を担いでいたわけだろ? それもあって気の毒に思ったんだと思う」

 確かに王からすればフレディは叔母の孫に当たる。ゾルガーの血は引いていないが王家の血は引いているのだ。先王をよく思っていなかっただけにフレディもその被害者と感じているのだろう。

「ロジーナはどうする?」
「要はロジーナの子が生まれなきゃいいんだから、子が出来ない様にすればいい。そうすれば誰にでも嫁げる。まだ十二だ。慌てる必要はないよ」
「ロットナーを使ってフレディの本音を聞き出せ。俺やお前には言わないだろう」

 フレディは自分が俺の枷になっていると思い込んで俺を優先する考える癖がついている。だが枷だとは思っていない。もっと好きにすればいいと思う。元凶となる爺がいなくなるんだ。嫁くらい好きに選べばいいだろう。祖父が変わったところで王家の血を引いているあれの血筋の良さは変わらない。同年代なら禁忌になる相手もいないから問題もないだろう。

「爺さんはどう出るかな」
「証拠を出してもあの爺は白を切るだろうな。日記など捏造か王女の創作だと言いそうだ」
「その可能性は高いね。でもいい自白剤があるんだ。ロミルダ嬢に使ったやつ」
「あの爺が飲むか?」
「一人じゃ警戒して飲まないだろうけどね。俺たちが飲めば飲まざるを得ないだろう?」

 自白剤をお前が? 余計なことを話しそうで信用出来ないのだが……

「それでは他にも影響が出るだろう」
「大丈夫だよ、そこは任せて」
「失敗は許されないぞ。イルーゼを巻き込むなよ」
「分かってるって。過保護だよなぁ。そんなに気に入ったの?」

 ニヤついた顔を向けてきたが面倒くさい奴だ。気に入った、んだろうな。特にあの物怖じしないところが。些細なことで泣く女は邪魔にしかならない。そんな女を隣には置けない。

「はぁ、また無視? 全くイルーゼちゃんはこんな奴のどこがよかったんだか……」

 一人でブツブツ言い始めたな、相変わらず面倒くさい奴だ。イルーゼの気持ちは俺にもわからない。知りたければ本人に……いや、聞かれてもイルーゼが困るだろう。

「クラウスの居場所が掴めた」

 さっさと要件を終わらせて帰るか。こっちは忙しいんだ。

「そっか。どこ?」
「王都の端にある古い貴族の屋敷だ。部下が姿を確認している。だが一度だけだ」

 一度だけでは確証が持てない。既に移動している可能性もある。誰かの支援を得ているのは間違いないが出入りの業者も決まった者だけしか出入りさせない念の入れようだ。下手に近付くと姿を消すかもしれないと今は遠巻きに様子を伺っている。

「ミュンターが領地から出てきたら動きがあるかもしれない」
「そっか。リシェルはそこにいそう?」
「今はまだ何とも言えない。警戒が厳しくて迂闊に近づけない」
「そっか」

 歯痒いがあの爺が絡んでいるなら相当警戒しているだろう。出入りの業者も仲間だろうから接触するにも慎重を要する。だがせっかく見つけたんだ、確実に捕らえるためにも今は注意深く動くしかない。

「じゃ、そっちは任せるよ」
「そうしてくれ。いいと言うまで影も寄こすな」
「わかった。早くあの爺さんを片付けたいよ。そうすれば君もやっと命を狙われない生活が送れるだろう?」
「そうだな」

 実際はそんなことにはならないのだが。命を狙われない生活とはどんなものなのだろうな。




しおりを挟む
読んで下さってありがとうございます。
感想・お気に入り登録・エールも励みになります。
また誤字脱字を報告して下さる皆様に感謝申し上げます。
感想 1,260

あなたにおすすめの小説

純白の牢獄

ゆる
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

【完結】私の嘘に気付かず勝ち誇る、可哀想な令嬢

横居花琉
恋愛
ブリトニーはナディアに張り合ってきた。 このままでは婚約者を作ろうとしても面倒なことになると考えたナディアは一つだけ誤解させるようなことをブリトニーに伝えた。 その結果、ブリトニーは勝ち誇るようにナディアの気になっていた人との婚約が決まったことを伝えた。 その相手はナディアが好きでもない、どうでもいい相手だった。

いつから恋人?

ざっく
恋愛
告白して、オーケーをしてくれたはずの相手が、詩織と付き合ってないと言っているのを聞いてしまった。彼は、幼馴染の女の子を気遣って、断れなかっただけなのだ。

幼なじみで私の友達だと主張してお茶会やパーティーに紛れ込む令嬢に困っていたら、他にも私を利用する気満々な方々がいたようです

珠宮さくら
恋愛
アンリエット・ノアイユは、母親同士が仲良くしていたからという理由で、初めて会った時に友達であり、幼なじみだと言い張るようになったただの顔なじみの侯爵令嬢に困り果てていた。 だが、そんな令嬢だけでなく、アンリエットの周りには厄介な人が他にもいたようで……。

【完結】美しい人。

❄️冬は つとめて
恋愛
「あなたが、ウイリアム兄様の婚約者? 」 「わたくし、カミーユと言いますの。ねえ、あなたがウイリアム兄様の婚約者で、間違いないかしら。」 「ねえ、返事は。」 「はい。私、ウイリアム様と婚約しています ナンシー。ナンシー・ヘルシンキ伯爵令嬢です。」 彼女の前に現れたのは、とても美しい人でした。

【完結】不貞された私を責めるこの国はおかしい

春風由実
恋愛
婚約者が不貞をしたあげく、婚約破棄だと言ってきた。 そんな私がどうして議会に呼び出され糾弾される側なのでしょうか? 婚約者が不貞をしたのは私のせいで、 婚約破棄を命じられたのも私のせいですって? うふふ。面白いことを仰いますわね。 ※最終話まで毎日一話更新予定です。→3/27完結しました。 ※カクヨムにも投稿しています。

【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています

21時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」 そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。 理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。 (まあ、そんな気はしてました) 社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。 未練もないし、王宮に居続ける理由もない。 だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。 これからは自由に静かに暮らそう! そう思っていたのに―― 「……なぜ、殿下がここに?」 「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」 婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!? さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。 「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」 「いいや、俺の妻になるべきだろう?」 「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」

【完結】仕事を放棄した結果、私は幸せになれました。

キーノ
恋愛
 わたくしは乙女ゲームの悪役令嬢みたいですわ。悪役令嬢に転生したと言った方がラノベあるある的に良いでしょうか。  ですが、ゲーム内でヒロイン達が語られる用な悪事を働いたことなどありません。王子に嫉妬? そのような無駄な事に時間をかまけている時間はわたくしにはありませんでしたのに。  だってわたくし、週4回は王太子妃教育に王妃教育、週3回で王妃様とのお茶会。お茶会や教育が終わったら王太子妃の公務、王子殿下がサボっているお陰で回ってくる公務に、王子の管轄する領の嘆願書の整頓やら収益やら税の計算やらで、わたくし、ちっとも自由時間がありませんでしたのよ。  こんなに忙しい私が、最後は冤罪にて処刑ですって? 学園にすら通えて無いのに、すべてのルートで私は処刑されてしまうと解った今、わたくしは全ての仕事を放棄して、冤罪で処刑されるその時まで、押しと穏やかに過ごしますわ。 ※さくっと読める悪役令嬢モノです。 2月14~15日に全話、投稿完了。 感想、誤字、脱字など受け付けます。  沢山のエールにお気に入り登録、ありがとうございます。現在執筆中の新作の励みになります。初期作品のほうも見てもらえて感無量です! 恋愛23位にまで上げて頂き、感謝いたします。

処理中です...