あなたに愛や恋は求めません【書籍化】

灰銀猫

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新たな事実

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 その日の夜、夜着に着替えて寝る準備を終えたところでヴォルフ様に執務室に呼ばれた。執務室はヴォルフ様の私室の向こうで繋がっているから廊下に出ることはない。ガウンを羽織ってティオと共に向かうと、まだ仕事着のままのヴォルフ様がいつもの重厚な椅子に腰かけて書類を捌いていた。机の上には薄くて装丁されていない冊子が数冊積まれている。私に視線を向けるとソファを目で示したのでいつもの場所に腰を下ろした。ティオが温めたミルクを出してくれた。少し肌寒いから嬉しい。

 ミルクが半分ほどなくなった頃、ヴォルフ様の仕事も片付いたらしくこちらにやって来た。最近は隣に座るようになったけれど、多分ティオにそう言われたのでしょうね。

「どうかされました?」

 簡単な話なら私室か寝室でするでしょうに、わざわざ執務室に呼ぶのだからなにかあるはず。そう思っていたら執務机の上にあった冊子を渡された。何かと思って見上げると頷かれたので読めということなのでしょうね。一冊だけ残して残りは机の上に置き中を広げた。

「これって……日記、ですか?」

 紙やインクの様子からそれなりの時間が経っているように見えた。字の感じやお茶会やドレスなどの字が並ぶところからしても女性のもののようね。一体誰のものなのかしら。

「父の第一夫人だったナディア王女のものだ」
「王女殿下の?」

 そんなものが残っていたの? 王女殿下の日記を勝手に読んでいいのかしら? 視線が読めと言っているような気がするから再び文字を追う。そう言われて読めば殿下のものに思える内容ね。

「この日記から、フレディの父親、異母兄のゲオルグが父上の子ではないと判明した」
「……え?」

 告げられた言葉は更に衝撃的なものだった。フレディ様のお父様が、お義父様のお子ではない?

「そんな……じゃあ、本当の父親は……」
「ミュンターの前当主だ」
「っ!」

 今度こそ息を呑んだわ。ミュンターの前当主って、ヴォルフ様の命を狙っているあの方よね。それって……

「どうして、そんなことが……」
「この日記は王女の部屋にあった化粧台に隠されていた。引き出しが二重底になっていたんだ。誰も知らなかったんだろうな、死んだ後もそのままになっていた。お前のために改装を始めた時に見つけたんだ」
「化粧台に……」

 確かにあの部屋の前の主はナディア殿下だったけれど……二重底なんて本当にあるものなのね。私も欲しいわ。いえ、別に隠す物もないのだけど……

「日記には王女と前当主の逢引のことも詳細に書かれていた。子が出来たから早く父と閨をしなければならないと焦る様子もだ。その頃父は領地の水害対策で一月ほど屋敷を留守にしていた。これは父の記録にもそう書かれていたから間違いない」
「それって……もう確定、では……」
「そうだな。当時の侍女を探して日記を見せて話を聞いたところ、全員が日記の通りだと証言した。時間がかかったのは侍女の殆どが既に辞めていたからだ。探すのに手間がかかった」

 それはそうでしょうね。年代からすれば私の祖父母の年代と同じくらいでしょうし。家族と共に暮らしているならまだしも、独身で帰る先がなければ居場所を探すのは大変だと思うわ。亡くなっている方もいるでしょうし。

「父が戻ってから一度だけ閨をしているが……生まれた子は一月以上早く生まれたのに普通の赤子よりも大きいくらいだった。それで父も立ち会った産婆たちも訝しんでいたらしい。父の留守中も王女は前当主と会っていたからな」

 日記には閨で純潔を失ったことをどう誤魔化そうかと悩む記述もあったという。とんでもないわね。王家はどういう教育をしているのかしら。

「結婚前から二人が恋仲だったという噂だった。もしかしたら先王は二人の子を当主に据えることを暗に望んでいたのかもしれないが」
「そんな……先王様自らお家乗っ取りを企むなんて……」

 声が震えるわ。それって潰しにかかっていたということだもの。そこまでの悪意を向けられていたなんて……

「何故そんなことを……」
「多分だが、王相手に平気で諫言する我が家の存在が気に入らなかったんだろう」
「でも、それを求めたのは王家だったはずでは……」
「初代の王は王家が力を持ちすぎて暴走することを危惧したと聞いている。それで五侯爵家を作り、そのまとめ役に我が家を選んだ。長い目で見ればその緊張感が王家を腐らせず王朝が長く続くと考えたのだろうな」

 力を持ちすぎると危険だと言うのはわかるわ。全ての王が賢いとは限らないから。百年前の悪虐王のような例もあるもの。

「先王は権力志向が強かったし、前当主も野心家だった。一方で我が家の当主は気が弱かったから今なら力を削げると思ったのだろうな。ついでに血も滅ぼしてしまえと思ったのかもしれない。無駄なことなんだがな」
「無駄?」

 それは分家がいるから? 確かにどこの家も血統を残すための分家を持っているけれど。

「前にも話したがゾルガー家の初代はただの傭兵だ。そのせいか血統よりも実力を優先する。初代国王もそれを良しとして筆頭にしたとも伝わっている。だから血が途絶えても関係ない。前当主が指名した者が次代を継ぐのだから。それは他の貴族家も同じだろう? 子も親戚もいない者が孤児院から子を引き取って後継にすることはある」
「それはそうですけれど……」

 でもそれは下位貴族の話、高位貴族ではまずあり得ないわ。家門が大きいから血を引く者が多いのもあるけれど。家によっては何よりも血の濃さを重視する家もあるけれど、ゾルガー家はそこは気にしないのね。

「このことは……」
「告発はするが出来れば内々に処理したい。フレディのこともあるからな」
「そう、ですよね」

 もしゲオルグ様が不義の子だと世間に知れればフレディ様は貴族社会で生きていけなくなってしまう。それに前当主はヴォルフ様とその母兄を殺した相手かもしれない。そんな人の孫だと彼がお知りになったら……

「フレディ様は、どうなさるのですか?」

 ヴォルフ様に似ているようで似ていない濃茶の髪の青年の顔が浮かんだ。見た目に反して繊細でヴォルフ様を慕っている同じ年だけど私の義理の甥。お家乗っ取りは発覚すれば関係者は全員処刑の大罪。それに彼を後継にするため何人もの罪のない人が殺されているけれど……

「何も変わらない。フレディは俺の甥だ」

 その言葉は想像通りでホッとした。そうよね、ヴォルフ様がフレディ様を排除なんてなさらないわ。お義父様が疑っていたのならヴォルフ様もその可能性をご存じだったはずだもの。それに廃嫡や廃籍する機会はあったのにそうしなかったのだもの。

「前当主はクラウスの手助けもしている可能性が高い。潜伏先とみられる屋敷は見つかったが今でもそこにいるか確証がない。どうせなら奴も一緒に片付けたいと思っている。だからいいと言うまでこの話は他言するな」
「わかりました」

 前当主を糾弾したらクラウス様は逃げてしまうかもしれないものね。あの人もヴォルフ様を狙っていると言うし、先に捕まえてその後で前当主を告発するおつもりなのね。動くのは前当主が王都に入ってからかしら。

「前当主が王の即位の式典に来ると言っていた。多分何かを仕掛けてくるだろう。お前もその標的になっている筈だ。油断するな」
「は、はい」

 今まで送られてきた暗殺者は私も狙っていたと言っていたと聞くわ。ヴォルフ様は依頼主を調べ上げて、ミュンター領から来た男を突き止めた。でもその男もまた仲介しただけだったから、今はその男を買収して依頼人を調べさせているという。

「今度は向こうも本気で俺を排除しようとしてくるだろう。手段を選ばず強引な手を使ってくるかもしれない。何度も言うがお前も狙われている。決して気を抜くな」
「はい」
「気になったことがあれば些細なことでも話せ。勝手に動くな。動きたければ先に言え」
「わかりましたわ」

 ジワリと足元から恐怖が這い上がって来るのを感じた。
 


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