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襲撃?それとも・・・

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 突然ヴォルフ様の大きな声がしたと思ったら馬車が激しく揺れて窓が割れた。隣に座っていたザーラが私を抱きしめるように庇い、反対側にいたアベルは割れた窓を警戒するように身を置いた。何が起きたのかはわからないけれど何かが起きたのだけはわかった。

「馬車から降りるな!」

 ヴォルフ様の声に扉を開けるべきかと迷っていたアベルの手が止まった。アベルがいるため窓の外の様子はわからないけれど、護衛騎士の中にヴォルフ様の声が混じるのが聞こえた。恐怖に鳥肌が立つ。ヴォルフ様は大丈夫かしら? 何が起きているのかわからないから余計に不安が募る。

 それでも暫くすると外が静かになった。

「イルーゼ無事か?」

 馬車のドアが開いてヴォルフ様の姿が見えた。まだかつらはそのままだけど衣装には乱れもないし怪我をした様子は見えなくてほっとした。

「無事です。ヴォルフ様は?」
「問題ない」

 その言葉でやっと緊張が解れるのを感じた。何が起きたのかと気にする私にヴォルフ様は、荷車が馬車の横から突っ込んできたのだという。近くの屋敷に納める食材を乗せたそれを牽いていた老馬が機嫌を損ねて暴走し、細い横道から飛び出して来たという。老馬は慌てて向きを変え、その弾みで荷車が私の乗る馬車の側面に突っ込んだという。

「怪我をした人はいませんでしたの?」
「ああ、荷車に乗っていた下男が一人軽い怪我をした」
「そうですか……それで済んだのならよかったですわ」

 クラウス様のこともあるから襲撃されたのかと思ったけれど、それならただの偶然の事故ってことかしら。どうしても悪い方に考えてしまうわ。でも、本当に大したことがなくてよかった。もし馬車と荷馬車の間に挟まれてしまったら死んでいたかもしれないもの。

「奥様、ご無事でよろしゅうございました」

 屋敷に戻るとティオとロッテが出迎えてくれた。荷馬車のことを聞いて心配をかけてしまったみたいで申し訳ないわ。自室に戻って着替えを済ませるとヴォルフ様の執務室に向かった。執務室ではかつらを取っていつもの服に着替えたヴォルフ様がグレンやアベルと話し込んでいた。こうして見ると存在感が凄い。さっきまでのあれは夢だったのかしらと思うほどだわ。

「イルーゼか」
「お邪魔でしたか?」

 あの荷馬車のこともだけど姉のこともどう思われたのかが気になったのだけど。邪魔なら部屋に戻ろうと思ったら顎でソファを示されたのでいつもの席に腰を下ろした。ティオがお茶を淹れてくれた。いつもの味と香りに神経が高ぶっていたのだと今更気付いた。ヴォルフ様がテーブルの上に小さな紙を置いた。視線を向けると小さく頷かれたので手を取って目を通した。

「ヴォルフ様、これは……」
「姉の部屋に隠されていたものの写しだ。クラウスからのものだな」

 その二枚の紙には姉に指示する内容が記されていた。一枚は姉に対してヴォルフ様への復讐を唆すもので、もう一枚はクラウス様からの手紙を理由に私を屋敷に呼ぶようにと書かれていた。

「これって……」
「姉からの呼び出しはクラウスの仕組んだものだったということだ」
「では姉はクラウス様と?」
「ああ、どんな方法で連絡を取ったのかはわからないが、屋敷の中に協力者がいるのかもしれない。もしくは出入りする業者か」

 使用人の可能性は低いと思うけれど、侯爵家の本邸だけでも百人近くの使用人がいるからいくらヴォルフ様でも別邸の使用人全てを掌握するのは難しいわ。上級使用人や護衛はヴォルフ様に直接目通りするし教育が行き届いているから簡単に裏切ったりはしないでしょうけど、下級使用人は直接会うことがないし主を軽く見る者も一定数はいる。お金を握らせれば連絡役くらいは引き受けるかもしれないわね。

「それではあの荷馬車は偶然ではなく?」
「いや、そこはわからん。何か仕掛けてくるかもしれないとは思っていたが」

 さすがはヴォルフ様、手配が早い。いえ、早過ぎるわねよ。もしかして……

「旦那様、まさかとは思いますが……イルーゼ様を囮になさったのですか?」
「そうなるな」

 ティオが問い詰めるとヴォルフ様があっさり白状された。やっぱり気のせいじゃなかったのね。ヴォルフ様が変装して同行したことからして変だと思ったのよ。もしかしてあの訪問は姉の部屋を探るためのものだった? そういえば姉と話をしている間アベルや他の護衛はいなかったわね。どうして同席しないのかと思ったけれど……

「旦那様! わかっていて奥様を敢えて危険に晒すなど……!」

 ティオが珍しく声を荒げた。驚いたわ、彼にもこんな一面があったなんて。

「対策は万全にして行ったぞ」
「そういう問題ではありません! アベルもです。どうして旦那様を止めなかったのですか!?」
「申し訳ございません」

 ティオの怒りがアベルにまで飛び火してしまったわ。アベルが大きな身体を縮こませてティオに謝った。

「旦那様、万が一のことがあったらどうなさるおつもりだったのです!! イルーゼ様は使用人のように鍛錬しているわけではありません! もしかしたらお子がいるかもしれない御身ですのに。二度とこのような真似はお控え下さい!」
「だが……」
「よろしいですね!?」
「わかった」

 ティオが見たこともない剣幕でヴォルフ様に詰め寄ると素直にヴォルフ様が従ったけれど……ティオってもしかしてこの屋敷で最強なのかしら?

「イルーゼ、すまなかった」
「い、いえ、お気になさらず……」

謝られてしまったけれど、私はあまり気にしていなかった。ヴォルフ様はきっと効率を重視しただけで、私に度胸があるからとかそんな理由で大丈夫だと判断されたのだと思うわ。

「それでヴォルフ様、これからどうなさいますの?」
「そうだな、クラウスが王都にいて姉と接触しているのははっきりした。協力者を見つけ出して泳がせ、居場所を探る」

 ヴォルフ様がティオを伺いながらそう答えたけれど、そうなるわよね。姉がこれ以上罪を重ねないようにするためにも早々にクラウス様を見つけ出したいわ。さすがにこれ以上の醜聞は姉の子や実家のためにも遠慮したいもの。



 その日の夜、ヴォルフ様の寝室で待っていると、遅くなってからヴォルフ様がやって来たわ。今日もあれからお忙しかったみたいで話をする暇もなかった。

「すまなかったイルーゼ。二度とこんなことはしない」

 ベッドの端に腰かけるとまた謝られてしまったわ。あれからまたティオに何か言われたのかしら。ティオは結婚してから一層過保護になってしまったのよね。私がヴォルフ様の子を宿しているかもしれないのが一番なのだけど。

「お気になさらないで下さい。私は気にしていませんから」
「だが、危険に晒すべきではなかった。襲撃の可能性は考えていたがあのような形で事が起きるとは思っていなかった。完全に防ぐことは無理だとわかっていたのに」

 あれはヴォルフ様にも想定外だったのね。でも、それでわかったこともあるから結果的にはよかったのではないかしら。

「ティオはああ言っていましたけれど、飛び込んでみないとわからないこともありますわ」
「お前は度胸があるな」

 呆れられたかしら? でも何もしないで部屋に籠っていても何も進まないもの。

「姉はどうなりますの?」

 まさかクラウス様に手を貸すとは思わなかったわ。てっきり見限ったと思っていたのに。

「監視を強化したいところだが、クラウスを捕まえないことには警戒を解くことが出来ない。あれは闇社会とも繋がりがあるから厄介だ。出来るだけ早く捕まえてしまいたい」

 そうよね、いつまでも警戒し続けるのは楽ではないわ。姉自身がどうなろうとも自業自得だけど、お腹の子のためにも大人しくしていて欲しいのに。そう思っていたらヴォルフ様に押し倒された。大きな身体が視界を占めた。

「ヴォルフ様?」
「本当に怪我がなかったか、確かめないとな」




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