上 下
114 / 184

王女のその後

しおりを挟む
「リシェルが、死んだかもしれない……」

 婚姻式を終え、ティオらの助言に従って休暇を過ごしていた俺の元に届いたのは王家からの呼び出し状。王太子の名で届けられたそれは休暇明けに登城するよう要請するものだった。案内された王太子の私室のいつものソファに座ると、開口一番にそう告げられた。

「どういうことだ?」

 あの女は王領の屋敷に幽閉されていたはずだ。毒杯を賜る予定だったが王太后が先に死んだため、王族が立て続けに亡くなると余計な疑念を生むかもしれないと延期になっていたが……かもしれない? 厳しい監視下に置かれていたのにどうしてそうなる?

「火事だよ。屋敷はほぼ全焼。それで近くの屋敷に移動したんだけど、その最中に賊に襲われたんだ」
「賊に?」
「うん。盗賊だろうって報告書に書いてあった。警護は付いていたんだけど……」

 王女の監視を任されていた管理者の報告はこうだった。王女が幽閉されている屋敷の厨房で火が上がり、風が強かったのもあり屋敷は焼け落ちたという。そこで近くの今は空き家になっている屋敷に避難することになったが移動の途中で襲われた。破落戸と思われる男たちが王女の馬車を奪おうとしたため、御者を務めていた騎士がそれを察して振り切るように馬車を急がせた。だが制御を失って川に落ちたという。

「前日から雨が降っていて道がぬかるんでいた上に川が増水していたらしいんだ。馬車にはリシェルと御者を務めた騎士が二人、女騎士と侍女が一人ずつ乗っていたそうだ。騎士二人は自力で岸に泳ぎ着いたけれど、後は……」
「見つからないのか?」
「……騎士らしい女は少し下ったところで遺体になって見つかったそうだ。でも……」

 俯いて紫の瞳を伏せた。悲しみを感じているのだろう。実の妹相手ならそう感じるものか。増水した川に、しかも馬車ごと落ちたら普通の女は助からないだろうな。服が重くて泳ぐこともままならない。そもそも貴族が泳ぐことなど滅多にないのだから。

「それはいつの話だ?」
「火事があったのは八日前、君の婚姻式の二日前だ。知らせが届いたのは婚姻式があった晩だよ」

 王女が幽閉されている屋敷は王都から馬車で三日、早馬でも二日はかかるだろう。新しい情報でも二、三日前のものか。

「なぜすぐに知らせなかった?」
「何言ってんの? 初夜だろ? そんな晴れの日にこんな話持っていけないよ!」

 そこまで気にすることはないだろう。せめて事情を書いた手紙を……いや、こんなことを手紙にしては送れないか。落とした時大問題になる。

「知らせればよかった。その日は賊が忍び込んで初夜は延期になっていた」
「はぁっ!? 賊!? しかも延期!?」
「俺を狙った暗殺者が入り込んだ。しかも夫婦に寝室にだ。とてもそんなことをしていられる状態ではなかった」

 忍び込んできた男は闇ギルドに出されていた俺の暗殺依頼を受けていた。あの後地下牢で尋問したところ、俺を殺した報奨金で病にかかった仲間の薬を買いたかったと告白した。平民には命を懸けても手に入れるのが難しい薬でも俺にとっては造作もないものだ。裏社会の住人らしく失敗したら死と理解していたせいか話は早く懐柔は簡単だった。薬を条件に依頼人を突き止めるように命じた。

「それって……無事、だったんだよね?」
「ああ、侍女が一人軽い怪我をしただけだ」
「イルーゼちゃんは……」
「無事だ」
「そっか。よかった……」

 あからさまにホッとした表情を浮かべたが心配し過ぎではないか? 確かに侵入を許したのは失態だったがイルーゼの周りは侍女や護衛騎士がいたし、ヴィムがあの男を見張っていた。動きが遅れたのは夫婦の部屋の屋根裏には忍び込めないようになっていたからだ。

「君の方が強かった?」
「そうだな。気配の消し方も毒の使い方も知らなかった」
「そっか……」

 手練れほど俺の屋敷に侵入しようと思わないだろう。俺もヴィムも裏社会では有名だし、これまでに何人消したかわからないほど返り討ちにしている。そんな依頼を受ける馬鹿はいない。

 依頼を受けるのは切羽詰まって後がない者たち。だが闇ギルドの依頼は失敗しても報酬が手に入らないだけでペナルティがないから条件を出せば大概飛びつく。一方で直接依頼を受けた場合失敗すれば自分が殺されるし、依頼する側も裏切らないように家族や仲間を人質に取るから必死になる。そういう相手では防ぐのは中々に難しい。

「俺の婚姻式の直前に事を起こしているのが気になるな」
「暗殺者が入り込んだのと関係しているって?」
「王女の件も暗殺者の件も、俺の婚姻式の邪魔をしているのは同じだな」
「そりゃ、まぁ、確かに……」

 だからといって関係しているかはわからない。犯人が同じ人物であってほしいと思わなくもないが、下手な先入観は大事な何かを見落とすきっかけになる。闇ギルドはあの男に探らせているから問題は王女だ。

「火事は本当に失火だったのか? 屋敷の移動を言い出したのは誰だ? 何故あの屋敷に決めた? 馬車の移動を指揮したのは誰だ?」
「おいおい、一度に言われても困るよ。そこは今こっちが送った騎士が調査しているよ」
「半月以内に結果をまとめて俺に寄こせ」
「半月ぃ!?」
「それでも遅いくらいだ」
「……わかったよ」

 こっちからも人を送るか。王家の調査は悪くはないが調査する騎士によっては甘いものになって信用出来ない。扉を叩く音がして侍従が入ってきた。

「殿下、準備が整いました」
「そっか、ありがと」
「何だ?」
「ああ、昼食を一緒にと思ってね。たまにはいいだろう?」

 珍しいこともあるがこいつがそう言い出す時は何かある時だ。仕方がない、付き合うか。

 王太子と共に侍従の後をついていくと、そこは王たちが私的に使う部屋だった。二人だけではなかったのか? 嫌な予感がするがここで帰るわけにもいかない。諦めて後に続くと、室内には王と王妃、ブレッケルが既に座っていた。王太子妃は不在か。

「君の婚姻を祝いたくてね。まぁ、リシェルのこともあるからあれなんだけど……」

 小声でそう囁かれた。昼食を共になど珍しいことを言い出したなと思ったがそういうことか。私的なものらしく、王と王妃が正面に座り、俺の右には王太子が、左にはブレッケルが座った。

「両陛下及びブレッケル公爵閣下、御尊顔を拝し奉り恐悦至極に存じます」

 一礼してから席に着いた。私的なものとはいえ相手は王族、面倒だが線引きは必要だろう。

「侯爵、そんなにかしこまらずに。今日は私的なものだからな」
「ありがとう存じます」

 王が鷹揚に答えた。私的なものとはいえ護衛も給仕する侍従もいる。王太子のように接するわけにもいかない。

「相変わらず他人行儀だな」
「臣として弁えているだけです」

 慣れ合ってはいけない。それが王家と五侯爵家の約束だ。

「そうだったな。それよりも婚姻おめでとう。新婚生活はどうだ?」
「とても美しい花嫁だったそうね。素敵な式だったと伺っているわ」
「ありがとう存じます。お陰様で滞りなく」
「そうか。我が国の貴族を取りまとめる筆頭侯爵家当主の婚姻だ。実にめでたい。次の王家の夜会では皆の前で祝福せねばな」
「ふふ、そうですわね」

 王も王妃も機嫌がいいな。そんなに嬉しいのか? 王女が死んだかもしれないのに。

「夫人になったのはガウス家の令嬢だったな」
「はい」
「確か……卒業式の夜会で、一人で登場された方よね」
「そうですよ母上」
「一人で登場する方が少なかったから覚えているわ。凛とした感じだったわね」
「ああ、わしも覚えている。中々に美人だったな。今風ではないが大人っぽくて印象に残った。侯爵とは似合いだと思う」

 何を考えているかは知らないが、貶す意図がないのなら良しとするべきか。

「そう言っていただけると妻も喜ぶでしょう」
「ほぉ、侯爵がそんな風に言うとはな」
「だから言っているでしょう、父上。何も問題はないと」

 王太子が取り成すように言ったがどういう意味だ? 何も問題はない。今更俺のことで王家に口を出される謂れはない。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

えっ、これってバッドエンドですか!?

黄昏くれの
恋愛
ここはプラッツェン王立学園。 卒業パーティというめでたい日に突然王子による婚約破棄が宣言される。 あれ、なんだかこれ見覚えがあるような。もしかしてオレ、乙女ゲームの攻略対象の一人になってる!? しかし悪役令嬢も後ろで庇われている少女もなんだが様子がおかしくて・・・? よくある転生、婚約破棄モノ、単発です。

監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されたやり直し令嬢は立派な魔女を目指します!

古森きり
ファンタジー
幼くして隣国に嫁いだ侯爵令嬢、ディーヴィア・ルージェー。 24時間片時も一人きりにならない隣国の王家文化に疲れ果て、その挙句に「王家の財産を私情で使い果たした」と濡れ衣を賭けられ処刑されてしまった。 しかし処刑の直後、ディーヴィアにやり直す機会を与えるという魔女の声。 目を開けると隣国に嫁ぐ五年前――7歳の頃の姿に若返っていた。 あんな生活二度と嫌! 私は立派な魔女になります! カクヨム、小説家になろう、アルファポリス、ベリカフェに掲載しています。

魔力を封印された女の解呪はまぐわいでした※独身編※

Lynx🐈‍⬛
恋愛
村の外れにひっそりと住む女が居た。 彼女は両親も居らず、薬草を摘み、薬を作る薬師として、細々と暮らし、村や近隣の街に出向き、薬を売っていた。 名はリアナ。 リアナは不思議な女で、幼い時の記憶が無く、両親の顔さえも分からない。 ただ、名だけ覚えていて、住んでいる家も本当に自分の家かさえも分からないまま、身を潜めて暮らしていた。 それは、リアナの身体から僅かながら溢れる魔力をひた隠していなければならない、とリアナの本心が警告をしていたからだった。 この生活を10年続けた22歳の時、少しずつリアナを取り巻く環境が変わりつつあって−−− *Hシーンには♡が付きます *二部作です 独身編の後に新婚編があります *話の内容により、終盤にも新しいキャラも出て来る事になるので、独身編と新婚編に分けました

捨てられ令嬢の恋

白雪みなと
恋愛
「お前なんかいらない」と言われてしまった子爵令嬢のルーナ。途方に暮れていたところに、大嫌いな男爵家の嫡男であるグラスが声を掛けてきてーー。

ヒロインが迫ってくるのですが俺は悪役令嬢が好きなので迷惑です!

さらさ
恋愛
俺は妹が大好きだった小説の世界に転生したようだ。しかも、主人公の相手の王子とか・・・俺はそんな位置いらねー! 何故なら、俺は婚約破棄される悪役令嬢の子が本命だから! あ、でも、俺が婚約破棄するんじゃん! 俺は絶対にしないよ! だから、小説の中での主人公ちゃん、ごめんなさい。俺はあなたを好きになれません。 っていう王子様が主人公の甘々勘違い恋愛モノです。

水しか操れない無能と言われて虐げられてきた令嬢に転生していたようです。ところで皆さん。人体の殆どが水分から出来ているって知ってました?

ラララキヲ
ファンタジー
 わたくしは出来損ない。  誰もが5属性の魔力を持って生まれてくるこの世界で、水の魔力だけしか持っていなかった欠陥品。  それでも、そんなわたくしでも侯爵家の血と伯爵家の血を引いている『血だけは価値のある女』。  水の魔力しかないわたくしは皆から無能と呼ばれた。平民さえもわたくしの事を馬鹿にする。  そんなわたくしでも期待されている事がある。  それは『子を生むこと』。  血は良いのだから次はまともな者が生まれてくるだろう、と期待されている。わたくしにはそれしか価値がないから……  政略結婚で決められた婚約者。  そんな婚約者と親しくする御令嬢。二人が愛し合っているのならわたくしはむしろ邪魔だと思い、わたくしは父に相談した。  婚約者の為にもわたくしが身を引くべきではないかと……  しかし……──  そんなわたくしはある日突然……本当に突然、前世の記憶を思い出した。  前世の記憶、前世の知識……  わたくしの頭は霧が晴れたかのように世界が突然広がった……  水魔法しか使えない出来損ない……  でも水は使える……  水……水分……液体…………  あら? なんだかなんでもできる気がするわ……?  そしてわたくしは、前世の雑な知識でわたくしを虐げた人たちに仕返しを始める……──   【※女性蔑視な発言が多々出てきますので嫌な方は注意して下さい】 【※知識の無い者がフワッとした知識で書いてますので『これは違う!』が許せない人は読まない方が良いです】 【※ファンタジーに現実を引き合いに出してあれこれ考えてしまう人にも合わないと思います】 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるよ! ◇なろうにも上げてます。

あなたが幸せになれるなら婚約破棄を受け入れます

神村結美
恋愛
貴族の子息令嬢が通うエスポワール学園の入学式。 アイリス・コルベール公爵令嬢は、前世の記憶を思い出した。 そして、前世で大好きだった乙女ゲーム『マ・シェリ〜運命の出逢い〜』に登場する悪役令嬢に転生している事に気付く。 エスポワール学園の生徒会長であり、ヴィクトール国第一王子であるジェラルド・アルベール・ヴィクトールはアイリスの婚約者であり、『マ・シェリ』でのメイン攻略対象。 ゲームのシナリオでは、一年後、ジェラルドが卒業する日の夜会にて、婚約破棄を言い渡され、ジェラルドが心惹かれたヒロインであるアンナ・バジュー男爵令嬢を虐めた罪で国外追放されるーーそんな未来は嫌だっ! でも、愛するジェラルド様の幸せのためなら……

偽りの婚姻

迷い人
ファンタジー
ルーペンス国とその南国に位置する国々との長きに渡る戦争が終わりをつげ、終戦協定が結ばれた祝いの席。 終戦の祝賀会の場で『パーシヴァル・フォン・ヘルムート伯爵』は、10年前に結婚して以来1度も会話をしていない妻『シヴィル』を、祝賀会の会場で探していた。 夫が多大な功績をたてた場で、祝わぬ妻などいるはずがない。 パーシヴァルは妻を探す。 妻の実家から受けた援助を返済し、離婚を申し立てるために。 だが、妻と思っていた相手との間に、婚姻の事実はなかった。 婚姻の事実がないのなら、借金を返す相手がいないのなら、自由になればいいという者もいるが、パーシヴァルは妻と思っていた女性シヴィルを探しそして思いを伝えようとしたのだが……

処理中です...