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休暇明け
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ヴォルフ様と甘くはないけれど充実した五日間を過ごした後も何となく自室に戻らずにヴォルフ様の部屋で過ごしていた。休暇が明けた日はこれまで通りの決められた時間に起こされ、そのまま居間で共に朝食を摂った。その後湯あみのために自室に戻ったのだけど、髪を乾かして着替えるとそのままヴォルフ様の執務室に案内された。そこでソファを勧められて、お茶とあの本が出てきたわ。これはこの本を読めってことなのよね?
これまでも時間の空いた時には読んでいたけれど、情報量が多いから読むにも結構な時間がかかっている。物語や教本じゃないから背景が書かれていなかったり過去の日記と繋がっていたりでわかりにくい部分も多くて、その度にヴォルフ様に尋ねて説明を受けて……だったから中々進まなかった。決して私が本を読むのが苦手なわけではないわよ。
そのヴォルフ様は王宮から呼び出されていた。婚姻式とは違う貴族服に綺麗に撫でつけられた髪が素敵だった。今なら夫人たちが騒ぐのもわかるわ。あの方たちは閨のことも含めて言っていたのでしょうね。逞しくて男性らしいという点では社交界で人気の高い優美な貴公子とは一線を画すし、彼らにあの厚みのある筋肉があるとは思えないもの。あの傷痕だって歴戦の猛者のようで素敵だったし。
「行って来る。何かあったらティオかフレディを頼れ」
「はい。行ってらっしゃいませ」
離れ際に軽く頬を撫でられてびっくりした。そんなことをする方だなんて思っていなかったもの。呆然としている間にヴォルフ様は行ってしまったわ。
「……びっくりしたわ……」
「はい、私もです」
ティオも同じように思ったのね。それならティオにも想定外の行動だったってこと? 少しは私が特別だと思って下さっているのかしら?
その後は自室に戻ってもよかったのだけど、ヴォルフ様の居間に昼食を用意したと言われてしまったわ。
「ティオ、ヴォルフ様がいないのにいいのかしら? 一人の時は私の部屋でいいのだけど……」
「旦那様がその様にと。留守の時でも奥様には好きなようにと言付かっております」
好きなようにって……それじゃ私室の意味がないわ。ティオはどうしてここに運んだのかしら。ヴォルフ様がそれを望んでいるってこと? それにティオに奥様と呼ばれて驚いたわ。
「ティオ、奥様って……」
「旦那様がそうお呼びするようにと。奥様はゾルガー侯爵夫人になられました。お名前呼びでは他人行儀で妻と認めていないのではと疑念を持つ者が出てくるかもしれないと仰いましたので」
「そ、そう」
確かにヴォルフ様のことは旦那様と呼んでいるのだからそれが正しいのでしょうね。でもなんだか面映ゆいわ。呼ばれるたびに背中がくすぐったく感じてしまう。
その後も本を読んでいたけれど、お茶の時間になったので気分転換を兼ねて自室に戻ってお茶を頂いたわ。ティオに下がって貰ってスージーを呼んでもらったから、今ここにはスージーとロッテ、マルガしかいない。
「ねぇ、スージー。閨はあれでよかったのかしら?」
スージーを近くに読んで小声で尋ねた。さすがにティオや未婚のロッテたちには聞けないもの。この前ヴォルフ様は満足していると言ってくれたスージーだから、察して他にも聞いてくれているかもしれないと思ったのよ。多分だけど、ヴォルフ様に尋ねても問題ないって答えしか返ってこない気がするし。
「奥様、何も心配なさることはありませんわ。それよりもお身体は大丈夫ですか?」
「身体?」
「ええ、旦那様はお身体が大きいし体力もおありです。奥様に無理をかけていないかと、そちらが心配でしたが……」
そ、それって……頬に熱を帯びるのを感じたわ。た、確かにヴォルフ様は身体も大きくて筋肉も凄かったし、中々その……大変だったけれど……
「だっ、大丈夫だったわよ。あまり痛みもなかったし……」
もちろん痛かったのは痛かったけれど二度としたくないって言うほどじゃなかったわ。不安になる話は山のように聞いたけれどそれに当てはまることはなかったもの。
「ようございましたわ。旦那様は無体なことを進んでなさることはございませんが、その、はっきり申し上げないと伝わらないことも多いですから」
「ありがとうスージー。でも今のところ大丈夫よ。嫌だと思うことはなにもなかったわ」
そう言うとスージーの表情が緩んで皴が深くなった。心配してくれていたのね。嬉しいわ。実の母ですら心配してくれなかったから余計にそう感じるのかもしれない。婚姻式の前もその後も、母からは手紙一つ届かないもの。
「話は変わるけれど、今日から夫人として何をしたらいいのかしら?」
ヴォルフ様も朝から執務室に籠られていたし今は王宮。既にいつもの生活に戻っているから私もそうしなきゃいけないわね。今日から夫人業は私の仕事だけど、何から手を付けていいのかしら? 既に任されてきたものは続ければいいのよね。結局今まで任されていた仕事を片付け、その後で二つ三つ新しい仕事を教えて貰ったわ。今やっている仕事は簡単なものだから、追々それらは誰か補佐をしてくれる侍女に任せて、より責任の大きいものに切り替えていくようヴォルフ様が手配していた。
「奥様の補佐にはザーラかマルガをと旦那様はお考えです」
「そうね、二人は優秀だし、身の回りの世話はロッテがいてくれるから普段は特に困らないわね」
「はい、いずれ二人ほど奥様付きの侍女にと考えております。ロッテに全てを任せるのは負担も大きいですから」
「そうね、これからは閨もあるから夜に手を借りることも増えるわね。わかったわ、誰かよさそうな人を見繕ってくれる?」
「かしこまりました」
さすがに閨の片づけをロッテにしてもらうのは気が引けるわ。未経験だから勝手もわからないでしょうし。夜は誰か既婚の侍女がいいかもしれないわね。
ヴォルフ様が戻られるとの連絡があったのは日が傾き始めた頃だった。思ったよりも時間がかかったわね。何か問題でもあったのかしら? 玄関ホールに向かう。階段の中ほどまで来ると使用人が開けた扉からブレンとアベルを従えて入ってくるヴォルフ様が見えた。
「お帰りなさいまし」
そういえばこんな風に出迎えたのは初めてだわ。何だか結婚したって感じがする。
「イルーゼ、変わりはなかったか?」
「ええ、特には」
「そうか」
何かしら? 何か問題でもあった?
「王宮にはどんなご用で?」
「部屋に言ってから話そう」
廊下じゃ話せない内容ってことかしら。深刻なことでなければいいのだけど。それにしても正装のヴォルフ様は一層素敵に見えるわ。あまり外に出られないから見る機会がないのよね。優雅な貴族服で優美さが増すのに、背が高くて肩幅もあるから雄々しさも増している。今の流行は優美さばかりが持て囃されるけれどこれからはヴォルフ様のような男性らしい魅力にも目を向けて欲しいわ。
ヴォルフ様が着替えると言うので私は執務室のソファで待つことにした。ティオが入れてくれたお茶を飲みながら本に目を通した。今読んでいるのは一月前、姉たちが王都に来た頃からのもので、ページはロミルダ様の婚約が白紙になった経緯が書かれていたけれど……ヴォルフ様が王太子殿下にお二人の婚約の白紙を提案していたとは知らなかったわ。
そうしている間にヴォルフ様が執務室に姿を現した。いつもの衣装に着替えたけれど髪は整えたままね。髪がすっきりしていていつもと違った感じが素敵だわ。そんなことをぼんやり考えていた私に落とされたのは衝撃的な言葉だった。
「リシェル王女が死んだかもしれない」
これまでも時間の空いた時には読んでいたけれど、情報量が多いから読むにも結構な時間がかかっている。物語や教本じゃないから背景が書かれていなかったり過去の日記と繋がっていたりでわかりにくい部分も多くて、その度にヴォルフ様に尋ねて説明を受けて……だったから中々進まなかった。決して私が本を読むのが苦手なわけではないわよ。
そのヴォルフ様は王宮から呼び出されていた。婚姻式とは違う貴族服に綺麗に撫でつけられた髪が素敵だった。今なら夫人たちが騒ぐのもわかるわ。あの方たちは閨のことも含めて言っていたのでしょうね。逞しくて男性らしいという点では社交界で人気の高い優美な貴公子とは一線を画すし、彼らにあの厚みのある筋肉があるとは思えないもの。あの傷痕だって歴戦の猛者のようで素敵だったし。
「行って来る。何かあったらティオかフレディを頼れ」
「はい。行ってらっしゃいませ」
離れ際に軽く頬を撫でられてびっくりした。そんなことをする方だなんて思っていなかったもの。呆然としている間にヴォルフ様は行ってしまったわ。
「……びっくりしたわ……」
「はい、私もです」
ティオも同じように思ったのね。それならティオにも想定外の行動だったってこと? 少しは私が特別だと思って下さっているのかしら?
その後は自室に戻ってもよかったのだけど、ヴォルフ様の居間に昼食を用意したと言われてしまったわ。
「ティオ、ヴォルフ様がいないのにいいのかしら? 一人の時は私の部屋でいいのだけど……」
「旦那様がその様にと。留守の時でも奥様には好きなようにと言付かっております」
好きなようにって……それじゃ私室の意味がないわ。ティオはどうしてここに運んだのかしら。ヴォルフ様がそれを望んでいるってこと? それにティオに奥様と呼ばれて驚いたわ。
「ティオ、奥様って……」
「旦那様がそうお呼びするようにと。奥様はゾルガー侯爵夫人になられました。お名前呼びでは他人行儀で妻と認めていないのではと疑念を持つ者が出てくるかもしれないと仰いましたので」
「そ、そう」
確かにヴォルフ様のことは旦那様と呼んでいるのだからそれが正しいのでしょうね。でもなんだか面映ゆいわ。呼ばれるたびに背中がくすぐったく感じてしまう。
その後も本を読んでいたけれど、お茶の時間になったので気分転換を兼ねて自室に戻ってお茶を頂いたわ。ティオに下がって貰ってスージーを呼んでもらったから、今ここにはスージーとロッテ、マルガしかいない。
「ねぇ、スージー。閨はあれでよかったのかしら?」
スージーを近くに読んで小声で尋ねた。さすがにティオや未婚のロッテたちには聞けないもの。この前ヴォルフ様は満足していると言ってくれたスージーだから、察して他にも聞いてくれているかもしれないと思ったのよ。多分だけど、ヴォルフ様に尋ねても問題ないって答えしか返ってこない気がするし。
「奥様、何も心配なさることはありませんわ。それよりもお身体は大丈夫ですか?」
「身体?」
「ええ、旦那様はお身体が大きいし体力もおありです。奥様に無理をかけていないかと、そちらが心配でしたが……」
そ、それって……頬に熱を帯びるのを感じたわ。た、確かにヴォルフ様は身体も大きくて筋肉も凄かったし、中々その……大変だったけれど……
「だっ、大丈夫だったわよ。あまり痛みもなかったし……」
もちろん痛かったのは痛かったけれど二度としたくないって言うほどじゃなかったわ。不安になる話は山のように聞いたけれどそれに当てはまることはなかったもの。
「ようございましたわ。旦那様は無体なことを進んでなさることはございませんが、その、はっきり申し上げないと伝わらないことも多いですから」
「ありがとうスージー。でも今のところ大丈夫よ。嫌だと思うことはなにもなかったわ」
そう言うとスージーの表情が緩んで皴が深くなった。心配してくれていたのね。嬉しいわ。実の母ですら心配してくれなかったから余計にそう感じるのかもしれない。婚姻式の前もその後も、母からは手紙一つ届かないもの。
「話は変わるけれど、今日から夫人として何をしたらいいのかしら?」
ヴォルフ様も朝から執務室に籠られていたし今は王宮。既にいつもの生活に戻っているから私もそうしなきゃいけないわね。今日から夫人業は私の仕事だけど、何から手を付けていいのかしら? 既に任されてきたものは続ければいいのよね。結局今まで任されていた仕事を片付け、その後で二つ三つ新しい仕事を教えて貰ったわ。今やっている仕事は簡単なものだから、追々それらは誰か補佐をしてくれる侍女に任せて、より責任の大きいものに切り替えていくようヴォルフ様が手配していた。
「奥様の補佐にはザーラかマルガをと旦那様はお考えです」
「そうね、二人は優秀だし、身の回りの世話はロッテがいてくれるから普段は特に困らないわね」
「はい、いずれ二人ほど奥様付きの侍女にと考えております。ロッテに全てを任せるのは負担も大きいですから」
「そうね、これからは閨もあるから夜に手を借りることも増えるわね。わかったわ、誰かよさそうな人を見繕ってくれる?」
「かしこまりました」
さすがに閨の片づけをロッテにしてもらうのは気が引けるわ。未経験だから勝手もわからないでしょうし。夜は誰か既婚の侍女がいいかもしれないわね。
ヴォルフ様が戻られるとの連絡があったのは日が傾き始めた頃だった。思ったよりも時間がかかったわね。何か問題でもあったのかしら? 玄関ホールに向かう。階段の中ほどまで来ると使用人が開けた扉からブレンとアベルを従えて入ってくるヴォルフ様が見えた。
「お帰りなさいまし」
そういえばこんな風に出迎えたのは初めてだわ。何だか結婚したって感じがする。
「イルーゼ、変わりはなかったか?」
「ええ、特には」
「そうか」
何かしら? 何か問題でもあった?
「王宮にはどんなご用で?」
「部屋に言ってから話そう」
廊下じゃ話せない内容ってことかしら。深刻なことでなければいいのだけど。それにしても正装のヴォルフ様は一層素敵に見えるわ。あまり外に出られないから見る機会がないのよね。優雅な貴族服で優美さが増すのに、背が高くて肩幅もあるから雄々しさも増している。今の流行は優美さばかりが持て囃されるけれどこれからはヴォルフ様のような男性らしい魅力にも目を向けて欲しいわ。
ヴォルフ様が着替えると言うので私は執務室のソファで待つことにした。ティオが入れてくれたお茶を飲みながら本に目を通した。今読んでいるのは一月前、姉たちが王都に来た頃からのもので、ページはロミルダ様の婚約が白紙になった経緯が書かれていたけれど……ヴォルフ様が王太子殿下にお二人の婚約の白紙を提案していたとは知らなかったわ。
そうしている間にヴォルフ様が執務室に姿を現した。いつもの衣装に着替えたけれど髪は整えたままね。髪がすっきりしていていつもと違った感じが素敵だわ。そんなことをぼんやり考えていた私に落とされたのは衝撃的な言葉だった。
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