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夫婦の形は色々

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「か、かう?」
「奴には相手の情報を探らせる。こちらの情報が多少は漏れるがそれも想定内だ」

 そんなことが出来るの? それにこっちの情報を流すって……

「飼えるもの、なのですか?」
「間者が寝返ることはよくある話だ。裏切るなら消せばいい」

 消せばいいって……厳重な警戒の中進入してきた相手なのに出来るの? 従うふりをして裏切るかもしれないのに……

「望むものを与えてやれば人は動く。こっちの情報の流し方次第で相手の動きを操作することも可能だ。使えるなら使うまでだ」

 本当に引き入れたの? 情報を流して操作するって……確かにそんなことが出来れば罠を張ったりも出来そうだけど……

「最初から裏切ると思って使えば問題ない。裏社会であろうと向こうも商売だ。利を与えてやればこちらの要望を呑む。むしろ裏社会の方がその辺は煩い」
「……お詳しいのですね」
「この立場にいれば自ずとそうなる。綺麗ごとだけでは国はまとまらない。裏社会もこの国の一部だからな」

 確かにそうなのだろうけど、為政者は清濁併せ呑む必要があるのは理解しているけれど、暗殺者まで懐柔してしまうなんて驚きしかない。この方はどこまで大きいのかしら。

「あれはお前には近づけない。お前にはザーラたち以外の護衛を付けてある」
「護衛を? どなたですの?」
「一人ではないし一々知らなくていい。この家にいる間は安全だ。二度と侵入させるつもりはない」

 この屋敷の使用人は殆どの者が護身術を習っていると言う。だったら使用人の何人かがそうってことかしら? 紹介しないのは全員にそんな通達を出しているから、とか? 私も護身術をもっと習いたいわ。そう言ったらそんなことをしたら敵に向かって行きかねないから最低限でいいと言われてしまったわ。そこまで無謀じゃないと思うのだけど……

「ああ、そうだ」

 ヴォルフ様は立ち上がると棚の上に積んであった本を手にして戻ってきた。

「これを読んでおくといい」

 手渡されたのは分厚い本だった。

「これは?」
「我が家に関する情報をまとめたものだ。この家の成り立ちや過去の主な出来事を記したものもあるがこれは最近のものだな。ある程度この家のことを理解していないと社交で困るだろう?」

 開いて中身に目を通すと日記のようになっていた。この家で起きたこと以外にも世間の動向や噂なんかも書かれているわ。

「代々の当主はこうやって見聞きしたことを残している。起きた事件や聞いた噂、他家との関係や疑問に思ったこと、この先起こり得る可能性のある事象なども記してある」

 開いたページに書かれていたのは母と兄夫婦、姉が王都に到着した時の事が記されていた。姉の様子などが細かく記されていて、そこには医師の診察の結果や別邸の警備の詳細もあった。

「その時は大したことではないと思われることも、後で読み返すと別の事象に繋がっていると気付くこともある。それがどんな意味を持つのか、相手が何を考えてそう動いたのかを考えると先を読むことも出来る」

 確かにそこには姉が王都に戻ったことで起きそうなことも記されているわ。クラウス様が姉に接触……は確かにありそうよね。他にも色々書かれているけれど姉とは無関係そうなことまであるわ。どうしたらそれに繋がるのかしら。

「代々我が家は情報を集めている。それを元に先を想像して手を打つ、これの繰り返しだ。残しておくことで見落としを防いでいる」

 確かに記録として残すのはいいことよね。どうしても忘れるし、記憶頼りでは思い違いなども出てくるもの。読み進めると王太子殿下との会話が記されていて、そこには王太后様のことに触れている。王太后様は病死じゃなかったのね。こんな国家機密的なことまで知っていいのかしら?

「私が見てもよろしいのですか?」
「お前が家から出ないというのなら見せる必要もないが、そうではないだろう?」

 もちろん家に籠っている気はないのよね。サロンを開いて広く人を集めようなんてつもりはないけれど、人並みに社交はしたいわ。

「情報は武器になる。知っていれば有利に動けるが、言い換えれば知らなければ危険を招く可能性もある。お前を利用しようとする者がこれから群がるだろう。自衛するためにも知っておいた方がいい」
「私が悪用すると思いませんの?」
「するのか?」
「いえ、そういう訳ではないのですが……」

 信用して下さると思っていいのかしら? 私は子を産むためだけの存在だから重要なことは知らされないと思っていたのだけど。

「最初はそのつもりはなかったが、お前なら知られても問題ないと思った」
「信用して下さるの?」
「そうだな。お前は俺とこの家を裏切らないだろう?」
「もちろんです」

 実家に戻りたいとは思わないし、その前にこの家を裏切ったら国内で生きていくのは無理だと思うわよ。いえ、他国に渡っても安全だとは言い切れない。私だって人並みに長生きしたいからそんな愚は犯さないわよ。

「だったら問題ない。ここにある情報は好きに使えばいい。だがこの記号で囲まれた部分については口外するな。それが条件だ」

 そう言うとページの一部を指さした。そこには王太后様が亡くなられた経緯が記されていた。確かにこの内容は外に漏らせないわ。これは気を付けなきゃいけないわね。

 情報の内容は重いけれど、知らないよりも知っている方が出来ることは増えるわ。情報をこんな風に使うとは思わなかった。私も情報を集めているけれど、こんな風に記録していなかったわ。これは真似したい。今は些細な情報しか得られなくても、この先はわからないもの。

それにしても凄いわ。人様の秘密を覗いているみたいな後ろ暗さがあって先が気になる。ずっと読んでいられそう。本に夢中になっていたら突然取り上げられたわ。

「ヴォルフ様?」

 本がテーブルに置かれるのを驚きながら目で追っていたら突然視界が暗くなった。

「んんっ?」

 突然覆い被さってきたと思ったらそのままソファに押し倒されて唇を塞がれた。ええっ? ま、まさか、今から……? まだお昼なのに?

「今はこっちが優先だろう?」
「ええっ? で、でも、また外は明るくて……」
「寝室はいつでも暗い。問題ない」

 問題ないって、そうなの? 確かに寝室は朝も昼も関係なく真っ暗だけど、でもそうじゃなくて……昼間っからこんなことをするもの?

「子作りも大事な仕事だ」
「いえ、それはそうですけど……それは夜で……」
「新婚の間は関係ない」
「え?」
「王太子もティオもそう言っていた」

 殿下にティオ、なんてことをヴォルフ様に言っているんですかぁ!! 心の中で叫んでいる間にあっという間に抱き上げられて寝室に連れ込まれてしまった。逃げ出そうにも体格差も体力差もあり過ぎて叶わなかったわ……



 それからの数日も業務連絡のような会話が繰り返されて甘い空気なんか殆どなかったけれど……いつの間にか押し倒されてベッドに連れ込まれていた。どこでそういう流れになったのか全く分からないけれど、私を妻にした一番の理由は子を作ることだと言われたら拒むなんて出来なかった。確かに妻にしろと言い出したのは私だし、子を産むことも込みの結婚だから当然なんだけど……想像していた結婚生活とは違う物になっていたわ。これが私たちの夫婦の形ってことでいいのかしら。

 お陰で私たちの間にあった微妙な距離感は随分となくなっていた。閨は痛いし出血すると聞いていたから不安しかなかったのだけどそれほどじゃなかったし、いつだったかちゃんと出来ているのかと尋ねたら問題ないと言われた。だったらいいのよね? いえ、最中は訳がわからなくなっているから何をどうしたら出来ていることになるのか今でもさっぱりわからないのだけど。

 後からスージーに聞いた話だけど、ヴォルフ様は満足そうだったと言うし、これでお世継ぎが生まれればゾルガー家は安泰だと言っていたわ。そうね、後は早く子が来て欲しいわ。それが私の一番の務めだもの。



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