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五日間の休暇

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「俺のことを? あまり面白味のある話はないぞ」
「それでも、夫婦になったのですから」

 真顔でそう言われたけれど夫婦に面白味って必要なのかしら?

「……何が知りたい?」
「何でもいいのですけれど……お好きな物とか、趣味とか?」

 こういう話って婚姻する前にしておくものだったわ。思い返せば顔を合わせても殆ど業務連絡的な会話だった。政略だからそんなものだと思っていたけれど……

「好き嫌いも特にないし、趣味といわれてもな……仕事に追われて余暇というものを取ることがなかった」

 暫く考え込んでしまわれ後そう返されたわ。そういえばティオにそれとなく尋ねた時も困った顔をされたわね。本当に好きなものがないのかしら……

「正直に言うと、五日も休めと言われても何をしていいのかわからない」

 本気で悩んでいらっしゃるけれど、そんなに休むことがなかったの? 当主なら当主の集まりや乗馬、狩猟や賭博などを嗜む方が多いけれど……尋ねるとそのような集まりに出ることもなかったという。下手に出ると他の貴族が委縮するし権力争いに利用されるから控えていたとも。本当に仕事だけだったのかもしれない。困ったわ、話が広がらない……

 結局、趣味や好みの話は続かなかった。代わりに話が弾んだのはゾルガー家や他家との関係についてという、今までと変わらない内容だった。それでもヴォルフ様が色々話して下さるからそれでいいなんて思ってしまったわ。だってこんな風に話が続くことなんて今までなかったもの。正式に妻になったから話せるようになったのもあるかもしれないから、今まで聞けなかったことを聞いても大丈夫よね?

「ヴォルフ様のお母様とお兄様は……殺されたのですよね。それはナディア様がご自身のお子を後継にと望まれたからですの?」

 今日も暗殺者に狙われたのだからはっきりさせたかった。ナディア様は先王陛下の妹でお義父様の第一夫人だった。お子はゲオルグ様お一人しか産まなかったと聞くわ。出産の痛みに二度と子はいらないとその後の閨を拒否されたのだとか。さすがに子が一人では心許ないとお義父様が第二夫人としてヴォルフ様のお母様を迎えられたと聞く。王女だったナディア様は第二夫人の存在が許せなかったのかもしれないわね。

「証拠がないから断定は出来ないが、義母かその周りの者の可能性は高いだろう。もしかすると先王も絡んでいたかもしれんが」
「先王陛下が?」
「あの男は我が家の力を削いで王家の力を強めようとした。結局ミュンター以外の家から顰蹙を買って混乱を招いただけだったが」

 それも有名な話よね。先王陛下は野心家で、当時のミュンター侯爵と組んで他家の力を削ごうとした。一番被害に遭ったのはゾルガー家で、それは義祖父でもある先々代当主が気弱な性格だったからだと言われている。ゾルガー家は王家や他の侯爵家から妻を娶らない方針だったのに先王陛下が義祖父にごり押しして王女を降嫁させたとか。

 お陰でお義父様はナディア様を妻として迎え入れたけれど関係がよかったとは言い難かったという。年も離れていたし性格も合わず、王女として育ったナディア様は交友関係が華やかで、屋敷でサロンを開いていたけれど、そこには男性も数多く訪れていていた。ゲオルグ様が生まれた時はお義父様の子ではないという噂もあったとか。それもゲオルグ様の駆け落ちしたせいで有耶無耶になったらしいけれど。

「フレディ様がゾルガー家の血を引いていない可能性はあるのですか?」

 ゲオルグ様も怪しいけれど、フレディ様もよね。母親のイルメラ様は子爵家の令嬢で学園にいた頃から恋仲だったと言う。お二人とも結婚したのに数年してから駆け落ちをしている。イルメラ様にも夫がいたからその方との子の可能性がないとは言えないんじゃないかしら。

「フレディの母親が身籠ったのは駆け落ちしてから間がなかったと聞いている。その可能性がないとは言えないな」
「では……」
「だが、夫婦仲はすっかり冷め切っていたと聞くし、二人が亡くなった後フレディをどうするかの話になった時、婚家どころか実家も引き取りを拒否した。それなりの根拠があってそう判断したのだろう」

 イルメラ様の実家も拒否したなんて……父親が誰であれ母親はイルメラ様で間違いないでしょうに。

「我が家は血統を重視しない。仮にフレディが異母兄上の子でなくてもこの家を継ぐには問題なかった」
「いいのですか? そうなると血が途絶えてしまうのでは……」

 普通の貴族家では考えられないわよ。こんな風に思うのは失礼かもしれないけれど、市井にいたならイルメラ様の貞操を見張る侍女もいなかったでしょうし。

「我が家は過去に子が死んだりして養子を迎えているし、孤児院で見つけた者を庶子として迎えたとの記録もある。大事なのは血筋よりもこの家の特性を理解してその職務を全う出来ることだ。他家がうるさいから体面は保つし、一応そういう者には分家の娘を娶らせているから血統は維持されている」

 分家の娘が産んだ子なら確かに血は繋がっているわね。でも、他家では考えられないわ。そうならないように子を多く作るのが貴族の務めだもの。

「今フレディを後継にと言っているのはミュンターの前当主だ。あれは義母と親しかった一人だからな。あまりにもしつこいから王太子はその男の子じゃないかと言っていた」
「王太子殿下が?」
「ああ。俺が父上の子ではないと言っているのもあの男だけだ」

 それは婚姻式でロミルダ様が暴露していたわね。でもヴォルフ様と国王陛下の間では話が付いているのだから何を言っても意味はないのだけど。

「そういえばロミルダ様はどうなさるの?」
「ミュンターには厳重抗議をして王家にも報告はしてある。詳しいことは落ち着いてからになるだろうが、あの娘は生涯修道院か領地で幽閉になるだろうな」
「そうですか」

 処分は至って妥当なものだけど、まだ十五歳だと思うと気の毒ね。親がちゃんと教育していればこんなことにはならなかったのに。アルビーナ様も困ったところはおありだけど、さすがにあそこまで傍若無人じゃなかったわ。

「あの娘のことは王もいい顔はしていなかった。あの娘は下の者への態度が酷いとブレッケルはかなり前から婚約の白紙を王に願い出ていたらしいからな。何度も警告したが改善しなかったんだ。王家としても忠告を無視されて顔に泥を塗られたようなもだから擁護しないだろう」

 そうね、ブレッケル公爵は証拠を集めて周到に準備をされていたわ。ミュンターの後ろ盾は大きいけれど、それを反故にしてもかまわないと思うほどお嫌だったのでしょうね。だったら親である陛下も取り成したりはしないわ。それでなくてもミュンターと先王陛下のせいで貴族の統制が利かなくなって即位した直後はかなり苦労されたと聞くし。

「これでミュンターが大人しくなればこちらも助かる。母や兄たちの死にはミュンターが絡んでいる可能性が高かったからな」

 その話はこれまでもあちこちで囁かれていたわ。証拠がないからあくまでも噂レベルで終わっていたけれど。そういえば……

「ヴォルフ様、あの侵入者はどうなりましたの? 騎士団に引き渡されたのですか?」

 気になると言えばあの男がヴォルフ様をファオと呼んでいたこともその一つ。薬で眠らせたみたいだけど、もう目を覚ましているわよね。誰に依頼されたのか、目的は誰だったのかわかったのかしら。

「あれは地下牢に放り込んである」

 やっぱりあったのね、地下牢。実家にはなかったわよ。どこにあるのかしら。騎士たちが詰めているのは西の棟だからそっち?

「引き渡しませんの?」

 抜け出したりしないかしら? 夫婦の寝室に入り込んだのよ、だったら脱走もお手のものじゃないかしら。

「あれはうちで飼うことにした」




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