あなたに愛や恋は求めません【書籍化】

灰銀猫

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不穏な気配

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 挨拶はいつ途切れるのかと思うほどに続いたわ。ゾルガー家からは私とヴォルフ様、そしてフレディ様の三人での参加になったわ。フレディ様の婚約者のロジーナ様は王太后様が亡くなったばかりで気落ちしているとかで不参加だった。彼女も複雑な事情をお持ちだから今は表に出ない方がいいかもしれない。

 実家からは両親と兄夫婦が出席していたけれど、さすがに人目が多いし実家よりも家格が上の家が多いせいか大人しくしていた。兄はまだヴォルフ様に会いに来ていないけれど、どうする気なのかしらね? 騙されたことをご存じの方もいるけれど、さすがに今日それを口にする人はいなさそう。

 危険なのはミュンターとアルトナーだけど、さすがに人目を憚ってか祝辞は当たり障りのないものだったわ。ミュンターからは公爵夫妻と嫡男、アルビーナ様とロミルダ様が出席されていた。アルビーナ様はハリマン様にエスコートされていたけれど、ロミルダ様は嫡男のお兄様だったわ。ブレッケル公爵と婚約解消になったというのは本当だったのね。

 アルビーナ様はハリマン様とまぁまぁ仲がよさそうに見えたけれど、ロミルダ様がハリマン様を気にしている様子が見えたわ。あれはまた一悶着あるかしら。ロミルダ様も姉と同類だから安心出来ないわね。

 アルトナーはご夫妻だけの参加だったわ。お子はご令嬢が一人だけだけど、まだ婚約者もいないし年もお若いから欠席された。五侯爵家でも仲の良し悪しで参加者が変わるのは仕方がないわ。若い方がマナー違反を犯すと家の恥になるし本人が辛い思いをすることになるから、十五を過ぎるまでは出さない家が多い。

 エルマ様やリーゼ様も招待したけれどゆっくり話をする時間なんかとれそうになかった。軽く言葉を交わすだけで精いっぱいだもの。仕方ないわ、また後日ゆっくりお招きしよう。

「少し休むか」

 五侯爵家や公侯爵家への挨拶が終わった頃、ヴォルフ様が声をかけてくれた。どれくらい時間が経ったかしら、喉もカラカラだしずっと立ちっぱなしだから足も痛いわ。一応定期的に休む時間は取れるけれど、それでも大変なのには変わらないわ。

 一旦奥の控室へと戻った。実家の四人は別に用意した部屋に下がったようね。こうしている間会場では楽団が演奏を披露して間を繋げてくれている。飲み物や軽食を手に参加者たちは思い思いに会話を楽しんでいるでしょうね。

「疲れただろう?」

 そう言いながらヴォルフ様はティオから受け取った飲み物を私に渡して下さった。

「ありがとうございます」

 冷たい果実水が喉から身体に沁み込んでいくよう。さすがにこれだけ挨拶を返し続けると喉が渇く。それに笑顔を維持していたから顔も疲れたわ。人心地ついてほっとしているとアベルがヴォルフ様に何か耳打ちした。何かしら? 二、三言言葉を交わすとアベルが部屋を出て行った。

「イルーゼ、何者かが屋敷に侵入した可能性がある」
「え?」

 今日のゾルガー邸はこれ以上ないほどの警備態勢を敷いていると聞いている。我が家に続く大通りには王都を守る騎士団が立ち、王宮に接するこの屋敷の周りは王宮を守る騎士が警備に当たっている。ゾルガー領邸にいる騎士も駆けつけ、王宮よりも厳しいんじゃないかと思うほどなのに。

「一体どうやって……」
「西側の門から荷馬車が突入した」
「荷馬車が? でも門は騎士が……」
「追加で頼まれていた酒を届けに来たと敷地内に入ろうとした。だが酒は昨日までに納入を終えている。怪しいと思った門番が止めようとしたら積み荷に火を付けて突入したらしい」
「火を?」

 何のために火を? そんなことをして何の意味があるのかしら? 目立つし乗っていた者だってただじゃすまないかもしれないのに。

「幸いその場にいた騎士が対処して乗っていた者を捕らえたが……火を消すために荷馬車を池に落とした。もしかしたらその中に誰かが潜んでいるかもしれない」
「池に……」

 でも、池に落ちたなら上がって来るのを待てばわかるわよ。息を止めていられる時間なんてたかが知れているもの。浮かび上がってこなければ死んでしまうのだから大丈夫ではないのかしら?

「御者は金で買われた破落戸だった。報酬目当てに指示された通りにしたと言っているが、積み荷の中身は知らないと言っている」

 西側の門でよかったというべきかしら。南側の門は王家から派遣された騎士団が配置されていて近付くのも容易ではないものね。西側は食材の搬入や使用人の出入りをするのが主で今日はそちらも厳しく警備していた筈だけど、通いの使用人もいるから完全に閉ざすわけにはいかなかったらしい。そこを狙われたのね。

「池は騎士が見張っているし積み荷も確かめているが目的がはっきりしない。決して一人になるなよ」
「わかりましたわ」

 大丈夫だとは思うけれど油断は出来ないわ。それに招待した方の安全を最優先にしなければ。こうなると早く終わってほしいわね。皆が無事に帰ってくれるまでは安心出来ないわ。


 軽く食事を摂って再び会場に戻ると人だかりが出来ていた。何事かと思っていたら今度はグレンが近づいてきてヴォルフ様に耳打ちした。今度は何? これ以上何かが起きるならもうここでお開きにしてしまいたいわ。

「ヴォルフ様?」
「ミュンターの次女がグラーツの娘に喧嘩を売ったらしい」
「ええっ?」

 ミュンターの次女ってロミルダ様でグラーツの娘って確かアマーリエ様だったわよね。

「どうしてアマーリエ様にロミルダ様が?」
「グラーツの娘はブレッケルの婚約者に内定している。そのせいだろう」
「アマーリエ様が……」

 それは知らなかったわ。ロミルダ様が一月ほど前に婚約を白紙にされたとは聞いていたけれど。それが本当ならアマーリエ様はブレッケル公爵と参加されたのね。グラーツ伯爵家はあまり付き合いがないから招待していなかったもの。ヴォルフ様の腕に掴まって進むと壇上の方向から甲高い声が聞こえてきたわ。直接面識がないけれどあれはロミルダ様の声かしら。人の婚姻式で揉めるのは止めて欲しいわ。

 私たちの姿に気付いた招待客が顔色を悪くして道を譲ってくれたけれどロミルダ様は気付かないのかまだ何かを言っていた。ようやくミュンター侯爵が気付いたのかロミルダ様に声をかけるけれど、興奮しているのかロミルダ様が止まる気配はなかった。これは私が間に入った方がいいのかしら? 声をかけようとヴォルフ様から手を放したその時だった。ヴォルフ様が近くの給仕が持つトレイに載っていた水差しを手にして、背を向けているロミルダ様の背後に立つと水差しを頭の上で逆さにした。

「ひゃぁああっ!!」

 ロミルダ様が淑女らしからぬ悲鳴を上げたけれど、周りの方々はその犯人がヴォルフ様なだけに何も言えずにかたまっていた。ロミルダ様は頭から水を被ってドレスまでずぶ濡れだ。

「な……何……何すん……!!」

 可憐な顔を醜く歪めて振り返ったロミルダ様だったけれど、相手を視界に入れた途端目と口をこれ以上ないほどに開いて固まってしまったわ。ついでに側にいたミュンター侯爵と夫人もだ。アルビーナ様は驚きながらもハリマン様の側で様子を伺っているのがその向こうに見えた。

「人の婚姻式で何をしている?」

 ヴォルフ様の低い声にロミルダ様が口元を戦慄かせたわ。驚き過ぎて声を出すどころか呼吸すらも出来ていないのか顔があっという間に青褪めていく。

「こ、侯爵っ、申し訳ないっ!!」

 飛び出したのはミュンター侯爵で、さすがに時と場が悪かったことを悟ったらしく謝罪した。いくら悔しかったとはいえ人様の婚姻式でその憂さ晴らしは勘弁してほしいわね、縁起でもないもの。

「わっ、わたくしは悪くないわっ!! その女がエーリック様を私から奪ったのだから!!」

 凄いわ、ロミルダ様。こんな状況でよくヴォルフ様に言い返せるわね。周りの大人たちの方が青褪めているし、母君の侯爵夫人なんか今にも倒れそうよ。

「やめないかロミルダ!!」
「お父様、だって!!」
「だってじゃない!! お前はゾルガー侯爵を敵に回す気か!?」
「でもお父様、お祖父様がいつも仰っているではないですか! この方は偽物だって! 本物のヴォルフ様はもう死んでいるって!!」

 その一言に会場内から音が消えた。



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