あなたに愛や恋は求めません【書籍化】

灰銀猫

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婚姻式

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 婚姻式の日を迎えた。実家から戻ってきた日からはマッサージだ何だと侍女たちに囲まれて、この日のための準備に起きている時間の殆どを費やされたわ。やり過ぎではないかと思うのだけど、侍女たちは『これでもまだ足りないくらいです!』と言うものだから反論も出来ずされるがままだった。お陰で今の私は髪の先から足のつま先までこれ以上ないくらいに磨き上げられている。私の絶頂期は今かもしれない。

「まぁ! お綺麗ですわ!」
「本当に! 頑張った甲斐がありましたわね!」

 侍女たちとデザイナーのアードラー夫人の絶賛を受けていた私は鏡の中の自分を不思議な気分で眺めていた。色が抜けたような金髪はいつにもまして艶を放って結い上げられ、あちこちにヴォルフ様の髪と瞳の色と同じ黒玉と緑玉を使った飾りがその存在を主張している。

 ドレスはランベルツ侯爵家の夜会で来たドレスと同じ、太もも辺りまで体のラインに沿い、その下から広がるデザインだった。光沢のある白い絹を使い、首周りから手首、ひざ下まで細かいレースと金糸の刺繍が贅沢にあしらわれ、ひざ下からは同じレースが幾重にも重なりそれは後ろへと延びていた。ここまでレースをふんだんに使ったドレスは見たこともないわ。髪を飾ったのと同じ黒玉と緑玉をふんだんに使った首飾りと耳飾りが華を添える。首飾りに使われている緑玉は一際大きく、滅多にお目にかかれない品だとわかるわ。手袋も総レースで所々に金糸があしらわれていた。

 身体の線が出るけれど、肌の露出が少ないのは幸いね。誤魔化しのきかないデザインだったけれど、食事制限と散歩で何とか体型は維持出来た。それだけでも一仕事終えた気分だわ。

「お嬢様はスタイルがよろしいからよく映えますわ」

 アードラー夫人が目を輝かせながら細部まで丹念にチェックしていく。私はレースを引っかけてしまわないかと気が気じゃない。

「はぁ……素晴らしいですわぁ……このドレスを着こなして下さる方がいらっしゃるなんて……」

 アードラー夫人がうっとりと私を眺めているけれど、確かにドレスの出来栄えは素晴らしいの一言だったわ。着るのが私で申し訳ないくらいよ。

「イルーゼ様、旦那様がお見えです」

 侍女が衝立の向こうから声をかけてきた。グレンとアベルを従えてヴォルフ様が姿を現したわ。いつもは動きやすさ重視で簡素な衣装ばかりのヴォルフ様だけど、今日はこの日のために誂えた正装姿だった。光沢のある銀にも見える絹のジャケットとベスト、そしてトラウザーズ。ジャケットにはこれでもかという数の勲章や宝飾品が飾られてその地位の高さを表していた。背が高くがっしりした体格のヴォルフ様は何を着ても凛々しくお似合いだけど、正装はそこに気品も加わって何とも言えない色気がおありだわ。中性的な男性が人気だったけれど私はやっぱり男性は精悍さがある方が好ましい。威厳もあって一国の王だと言われても遜色ないわ。いえ、もしかしたら国王陛下よりも存在感があるかもしれない。なんて素敵なのかしら……侍女たちもうっとり見惚れているわ。

「準備は出来たか?」
「はい」

 このまま絵にして閉じ込めてしまいたい程素敵だけどそういうわけにもいかないのよね。これからは休む間もないほど忙しくなるのだろけれど、ヴォルフ様のお姿を楽しみに励むしかないわね。。

 婚姻式は招待客が入場した後私たちが入場する。会場の壇上には王家から派遣された見届け人がいて、その前で誓いの言葉を述べて婚姻証明書に署名し、それを見届け人が承認して夫婦になったことを宣言し、一通りの儀式は終了。

 見届け人は一般貴族では王家から派遣された代理人が勤めるけれど、五侯爵家や公爵家となると王族がいらっしゃる。今日はどなたが来るのかと思ったら王太子ご夫妻だという。大抵は王弟殿下や王女殿下だけど、今はどちらも不在だからだと言われたけれど、そういうことはもっと前に言ってほしかったわ。

「まさか王太子ご夫妻がいらっしゃるなんて……」
「俺は来るなと言ったんだがな」

 いくらヴォルフ様がゾルガー家の当主でも王太子殿下の出席を止めることは出来ないんじゃないかしら? きっと国王陛下のご命令でしょうし。そういえば妃殿下にお会いするのは初めてだわ。以前夜会でお会いした時は王太子殿下お一人だったし。どんな方なのかしら。噂では夫婦仲があまり仲がよろしくないと聞くけれど、一緒に出席されているということはそこまで不仲ではないのよね。

 式自体は簡素で直ぐに終わるけれど、問題はその後の披露パーティーで招待客への挨拶が延々と続く。新郎新婦はその間基本的に飲まず食わずで挨拶を受ける。今日は伯爵家以上の家で関係性の深い家に厳選しているけれど、それでも当主夫妻だけでなくその子や時には孫なども参加するからかなりの人数になる。

 今日は南棟の大ホールをメインに、南側の庭も解放したわ。庭にはテーブルとイスを並べ、簡単な軽食を楽しめるようにしてある。今日は天気がいいので木陰の下を中心にテーブルを配置してある。驚いたのは庭の間に仕切りのように塀が出来上がっていたことだった。ヴォルフ様の話では屋敷内を勝手に歩き回られては困るからだとかで、今回は王太子ご夫妻がいらっしゃるから余計に警備に力を入れているのだという。

 ヴォルフ様のエスコートで大ホールに続く扉の前までやって来た。扉の向こうに楽団が奏でる音楽と共に人のざわめきが聞こえてきて、一層緊張感が増した。

「緊張しているのか?」
「……少しだけ」

 本当は心臓が飛び出そうだけどこの程度で怖気づいている場合じゃないわ。それにヴォルフ様がいらっしゃるから大丈夫。そう思えるくらいにはヴォルフ様を信じている。仮に失敗してもそれを咎める方ではないわ。そんなことを思っていると音楽が止んで人の声も静かになった。ヴォルフ様の腕に手を添えて背筋を伸ばす。

「新郎新婦のご入場でございます!」

 宣言を終えるとファンファーレが鳴り、目の前の扉を騎士たちが開けた。その先にあったのは煌めくシャンデリアに照らされた会場で、向かう先の壇上には銀髪の男性と金髪の女性が台の向こうに立っているのが見えた。あの台の上にあるのは私たちが署名する婚姻証明書ね。音楽と共にヴォルフ様と壇上を目指す。人の目を感じるけれど真っすぐ前を向いて進む。周囲を気にしている余裕なんかないわ。

 私を気遣ってかヴォルフ様がゆっくりと段を上る。上り切った先にある婚姻証明書が置かれた台の前に立った。軽快に流れていた曲はゆったりとした落ち着きのある曲へと変わっていた。一礼すると王太子殿下から婚姻を祝う言葉を頂いた。以前お会いした時の軽さは微塵もなく、威厳を感じるそれは次期国王に相応しいものに感じられた。

「ゾルガー侯爵ヴォルフに問う。汝はガウス伯爵令嬢イルーゼを妻に迎え、生涯に渡って慈しみ、国とゾルガー家の繁栄のために身命を惜しまず捧げると誓うか?」

 沈黙が場を満たす中、王太子殿下が厳かにヴォルフ様に問いかける。

「誓います」

 ヴォルフ様の声の低く力強い声がはっきりと耳に届き、王太子殿下の表情が少し和らいだように見えた。次の瞬間、その視線は私へと移った。緊張が増しヴォルフ様のように会場に聞こえるだけの声が出せるか不安になる。

「ガウス伯爵令嬢イルーゼに問う。汝はゾルガー侯爵ヴォルフを夫とし、生涯に渡って支え、国とゾルガー家の繁栄のために心身を惜しまず捧げると誓うか?」

 文面はあまり変わらない。貴族の結婚は全て国と家のためのものだから。

「誓います」

 お腹に力を入れて下さいねとスージーに言われたことを思い出して返事をすると、王太子殿下の表情が一層和らいだように感じた。よかったわ、ちゃんと声が出たみたい。

「では、両者とも婚姻証明書に署名を」

 殿下の言葉を受けてまずはヴォルフ様が目の前の証明書に署名し、私がその後に続いた。緊張してペンを持つ手が震えそう。汚い字を残したくないと必死に署名をした。署名し終えた証明書を侍従が王太子殿下に示すと、殿下は鷹揚に頷かれた。

「ローゼンブルク王国国王ワーレンの名において、ここにゾルガー侯爵ヴォルフとガウス伯爵令嬢イルーゼの婚姻を認める。共に王国と家のために一層の忠誠と献身を望む」

 王太子殿下の宣言を受けて侍従が婚姻証明書を招待客に見えるよう角度を変えながら高く掲げる。会場内はわっと歓声が上がり耳に痛いほどの拍手に満たされた。婚姻式は無事に終了し、私は人に知られないように小さく息を吐いた。



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