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婚姻式に備えて

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 あの後祝杯だと言って酒が出てきて相手をさせられた。面倒なことになった。直ぐに逃げなかったのは失敗だったが後の祭りだ。

「はぁ、いいよな~若い嫁ちゃん貰って……」
「お前が結婚した時は妃も若かっただろう」
「そりゃあそうだけど。でも一つ上だったし……閨をしたのは三年経ってからだし……」
「大した差はないだろう」
「あるよ! あの時コルネリアは二十二だったんだぞ! イルーゼちゃんは十八だろう? 四つも違うじゃないかぁ」

 十八も二十二も大して変わらないと思うがそれを指摘すると反論してきそうだ。面倒だから黙っておくか。

「コルネリアには悪かったとは思ってるよ。他に好きな奴がいたのに……急に俺と結婚することになっちゃって。だから白い結婚にしようって言ったのに……」

 そんなこともあったな。あれは政治的に仕方なかった。他国の阿婆擦れ王女を娶るわけにはいかないと急に決まった婚約。こいつの婚約者がその半年前に病死して再婚約を渋っていたところを付け込まれた。

「三年経って子が出来なければ離婚出来るって、そうするって言ったのに……いざその時が来たら離婚しないって言い出すし……あの三年何だったんだよ。そう思わないか?」

 かなり酔っているらしい。普段は絶対口にしないことまで持ち出してきた。帰りたいがこんな話を侍従らに聞かせられない。面倒なことになった。

「仕方ないだろう。妃の恋人が結婚してしまったんだから」
「そうだよあの根性無し! 何が真実の愛だよ! 俺にコルネリアを返してくれって泣きながら頭を下げたから協力したのに、いつの間にか若い娘孕ませやがって! お陰でコルネリアは半狂乱になって大変だったんだぞ。俺って何なんだよ……そう思っても当然だよな? そう思うだろう?」
「ああ」

 こいつは飲み過ぎると絡んで来る面倒くさい奴だ。そうなる前に帰りたかったのに。つい初夜の作法とやらの話を説かれて逃げる機会を失した。イルーゼのためだと言われれば無下にも出来なかったが……

「しかもコルネリアは未だにあの男を忘れていないし……」
「それはないだろう」

 未練はなさそうに見えるがな。むしろ今はお前の気を引こうと必死に見える。

「それはあるの! 今も前と変わらず恋人を前にすると眉を顰めてるんだから」

 その意味合いは以前とは違うと思うぞ。今は嫌悪しているようにしか見えない。言うとムキになるから言わないが。

「はぁ……王太子なんてちっとも嬉しくない。銀髪も紫瞳もいらないよ。黒い髪と緑の目でもよかったのに……」
「生まれた途端捨てられたぞ」
「それでもいいよ! 周りは俺を利用しようとする奴ばっかりなんだから」

 確かにそうかもしれんが殺されたかもしれなかったし今ほど楽じゃなかったと思うぞ。こいつなら死んでいただろう。王族なら守ってくれる者が周りにいる。それだけでも随分マシだと思うが。

「ここから逃げたい! 王太子じゃない俺を見てくれる子が欲しい!」
「声を落とせ。もう真夜中だぞ。周りを気にしろ」

 とうとう座っていられなくなったのかソファに転がってクッションを抱きしめ始めた。飲み過ぎたしいつもより回りが早い。何かあったのか?

「うう、お兄様冷たい……」 
「……わけのわからんことを言っていないでしっかりしろ」

 ごちゃごちゃ言い出したな。これ以上余計なことをしゃべられても面倒だ。眠らせるか。

「ね。俺のこと、面倒くさいって思った?」
「……そうだな」
「ふふっ、ちゃんとあるじゃない、感情……」
「……」
「う……! は、吐き、そ……」
「待て!」
「……む……ぅ……」
 
 間一髪間に合った。あらかじめ盥を用意しておいてよかった。ベルを鳴らして侍従を呼ぶと寝室に連れて行かれたので後は任せた。侍女に明日は二日酔いによく効く薬草茶を用意しておくように告げて部屋を後にした。外はすっかり暗闇に包まれていた。

 屋敷に戻るとティオが出迎えてくれた。コートを渡して執務室に向かう。

「イルーゼは?」
「もうお休みになられました」

 そういえばスージーらが睡眠不足はダメだと騒いでいたな。執務室に入り、湯の用意を頼んで執務用の椅子に腰かけ水を頼む。出された水を一気に飲み干すと人心地ついた。

「婚姻式の後の仕事はどうなっている?」
「面倒なものはほぼ片付いております。あとは簡単なものがそれなりに。大抵はフレディ様にお任せしても大丈夫なものです」
「そうか。王太子に最低でも五日は休みを取れと言われた。そういうものなのか?」

 あれは大袈裟に言うから当てにならない。話半分に聞くくらいでいいだろう。

「左様でございますね。家の事情にもよりますが公侯爵家であれば長ければ半月程度、短くても五日は取られるかと」

 殊更大袈裟に言っていたわけではないのか。

「……五日も何をして過ごすのだ?」

 五日もイルーゼと過ごすのか? 何をするんだ? 女が喜ぶようなことは何も出来ないんだが……五日か、長いな……

「……左様でございますね。一番は子を成すことですがずっとという訳には参りませんでしょう。女性には負担でございましょうし。やはり共に過ごすことに意味があるかと。お互いを知るための時間にございますれば」

 それは必要なことなのか? 互いを知るというがこれから共にあるならいずれわかることだろうに。それとも五日過ごせば分かり合えるものなのか?

「旦那様、あまり難しくお考えになりませんよう。休暇とは何もせずにのんびり過ごすことにございます。旦那様は今まで休むということをなさいませんでしたが、これからは少しずつその様な時間をお作りになるのもよろしいかと」
「何もすることがないならそれでもいいが、やることは山のようにあるぞ?」

 昨日も新しく問題が起きたぞ。ガウス伯爵をどうするかも考えねばならんし、気になる話も出てきた。クラウスの動きもまだ掴めない。

「それでもです。何も旦那様が全てを背負う必要はございません。フレディ様もいらっしゃいます。婚姻した直後くらいはイルーゼ様との時間を大切になさってください。あの方もまだお若いご令嬢です。あんな風に仰っていますが婚姻に夢や希望もございましょう」

 ティオは感覚のずれた俺を導くために父が残してくれた一人だ。常識人の彼にそう言われてしまっては否定も出来ない。

「わかった。善処する」

 黙って頭を下げるティオを視界の端に捉えながらも面倒なことになったなと思う。何もしない時間など想像も出来ない。これまで常にやるべきことに追われる日々だったのだ。湯あみの準備が出来たというので湯に向かった。貴族の当主は自分で身体を洗うことはしないが俺は身体中に傷跡があるため断っている。そういえば……

「ティオ、俺の傷跡をイルーゼはどう感じると思う?」

 昔侍女に湯の世話をさせようとしたら悲鳴を上げられた。そこまで大きな傷はないが数は多い。気持ちのいいものではないだろう。

「左様でございますね。まだお若いだけに驚かれるやもしれません。先にお話して少しずつ慣れて頂くのがよろしいかと。どうしてもと仰るのでしたら明るいところでは服をお召しになるしか……」
「そうだな」

 度胸があるから悲鳴を上げるとは思わないが不快なものをわざわざ見せる必要はないか。ロジーナとは子を成す予定がなかったから閨の必要性を感じなかったが今回はそういうわけにもいかない。

「庭の準備は終わったか?」
「はい。細かい作業は残っておりますが概ね終了しました。庭の飾りつけも明日から始めます」

 この時期は天気がいい日が続く。式と披露パーティーは南棟の大ホールで行うがそれだけでは手狭だから庭も開放するが、勝手に屋敷の中を歩き回られるのは迷惑だ。庭を仕切るための工事を始めたが何とか間に合った。クラウスのこともあるし、それ以外でも俺を狙う者はいる。これだけの人数をこの屋敷に招くのは俺を後継者として披露したあの時以来。この機会に乗じて騒ぎを起こそうとするかもしれない。

「警備の方はどうだ?」
「既に領地にいる騎士は到着しております。団長は既に準備は終えていると」

 だったら問題ないだろうか。騎士以外の者の手配は済んでいる。




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