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無策の行きつく先

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そこから先はヴォルフ様の独壇場だった。そんな気はしていたけれど、既に商会のことも調べていて、他にも似たような被害に遭っている家があることまで突き止めていた。それらは男爵家や子爵家で、これまで商会を利用したことがない家、つまり初めて商会と取引する家だった。商売に慣れている上位貴族なんか一つもなかったわ。

「詐欺ではあるが契約書に目立った不備がない。訴えるにしてもこちらの落ち度も指摘されるだろう。それは覚悟しておけ」

 兄が持ってきた契約書に目を通したヴォルフ様が突き放したように言った。これってゾルガー家は手を貸さないって意味かしら?

「は。申し訳ございません……」

 父が深く頭を下げて、それに気付いた兄も慌てて頭を下げたけれど……父よりも先に謝罪するべきではないかしら。そりゃあ責任者は父だけど、詐欺に引っかかったのは兄なのよ。もしかしてこの人、この期に及んで騙す方が悪い、自分は被害者で悪くないなんて思っていないでしょうね……

「既に他家は商会を訴えている。伯爵家も早急に出すように」
「し、しかし! そんなことをしては我が家の名が……!」

 ここにきて兄が慌てて声を上げたけれど、何を言っているのかしら? 思わず顔をまじまじと見たら視線が合って睨まれてしまったわ。何で睨むのよ。私は何もしていないわよ。

「名を重んじるなら最初から詐欺になど引っかからぬよう注意しておくべきだった。こんな初歩的な詐欺に引っかかる時点で家名も何もない。既に世間にはある程度知れている。取り繕っても無駄だ」
「無駄……」

 兄が茫然と呟いたけれど、確かに世間には何かが起きていることは広まっているのよね。下手に隠してもいずれ明らかになるのだからさっさと公表した方がまだマシだと思うわ。

 それにしても……ヴォルフ様の情報網は素晴らしい。私も少しずつ自分なりの情報網を作っているけれど遠く及ばないし一生かかっても追いつける気がしない。勿論代々ゾルガー家に受け継がれているものもあるでしょうけれど、それを維持するのだって簡単ではないでしょうに。私もあんな風になれたらと思ってしまう。

 その後もヴォルフ様が作った筋書きに合わせて父と兄が動く方向で話し合いは終わった。話し合いですらなかったわ。二人ともヴォルフ様が何とかして下さると思っていたようだけど、結果からするとヴォルフ様はそうしなかった。それはあの二人への罰なのかもしれない。ここでヴォルフ様が解決してもあの二人が、特に兄が感謝するかは微妙だし、それが当然となっては困るとお考えなのかもしれない。あの兄に甘い顔をするのは危険だもの。もし弟がいたら廃嫡も出来るのに……いえ、お義姉様のことがあるからそれも難しいのだけど。

「最後に伯爵、領地にいる夫人と姉、それに兄の妻を王都に呼べ」
「侯爵様? しかし……」
「病気にしている姉はともかく、娘の婚姻式に母親と義姉がいなくては余計な憶測を呼ぶだろう? かと言って姉を一人残しておくのも危険だ」
「確かにそうでございますが……娘をお許し下さるので?」

 真っ先に出てきたのはそれだったけれど……さすがに気が早すぎるわよ。

「それとは別の問題だ。姉のことは内密にしろ。我が家の別邸が王都にある。姉は領地にいることにして暫くそこに滞在させる」
「別邸にですか?」
「これから人の出入りが増える屋敷には置いておけないだろう? 警備しやすいように作ったものだ。医師も駆けつけやすい」
「そ、そうですか」

 父はどこか不満そうではあったけれど、そこまでして下さると言われれば断れないわね。クラウス様も見つかっていないから危険なのは間違いないし。

「迎えには我が家の精鋭を向かわせる。五日後に出発させるから準備するよう連絡しておけ」
「……ありがとうございます。どうか、よろしくお願いいたします」

 父が頭を下げて感謝を表した。話し合いが終わると二人は肩を落としたまま帰っていった。思ったような展開にならなかったのは残念だけど、少しは痛い目に遭うべきよ。案を授けて下さっただけでも十分だと思ってほしいわ。

 父と兄が去り、フレディ様も部屋を出ていくとヴォルフ様と二人だけになった。父と兄は思った以上に無策だったわ。それが情けなくも恥ずかしい。あれで当主が務まるのかしら……二人きりになったけれど隣り合わせで座ったままお茶を口に含んだ。兄の無策ぶりがあまりにも酷く、こんな人だったのかとの落胆が止まらない。お義姉様のことがなければ直ぐにでも廃嫡して欲しいほどだった。領地では兄よりも立場が上の者はいないし、王都のように社交をすることもないから自我が肥大してしまったのかしら……このままでは社交に出ても問題を起こしそうで不安しかないわ。

「ヴォルフ様」

 意を決して以前から思っていたことを尋ねることにした。

「何だ?」
「兄を……廃嫡することは可能でしょうか?」

 ずっと考えていたけれどお義姉様のことを思うと諦めるしかなかった。でも、もしかしたらヴォルフ様なら解決策をお持ちかもしれないし、なくても今よりはマシな状況に出来るかもしれない。兄を切り捨てるなんて非情だと思われるかもしれないけれど、このままでは領民が大変なことになる。そうなればお義姉様も無事では済まない。

「可能か不可能かで言えば可能だ。今回の件はそれに値する十分な失態だからな」
「そうですか。では、お義姉様に影響なく廃嫡することは?」

 真っすぐにヴォルフ様を見上げるとヴォルフ様はいつもの表情で私を見下ろしていた。どう思われているかしら? 薄情な女だと思う? それとも兄よりも義姉を選ぶのかと軽蔑するかしら? 

でもずっと考えていた。もしそんなことが出来るならそうしたいと。そのためなら兄がどうなろうと構わないとすら思う。情がないと思われるかもしれないけれど、両親も兄姉も私にとってはお義姉様よりも遠い存在でしかないもの。

「方法はある」

 たった一言だけど、その答えに感じたのは希望だけではなかった。それはきっと兄を破滅に追いやる方法でしょうね。兄といい思い出なんて一つも浮かんでこないけれど、どこか心が痛む気がするのはお義姉様との結婚で兄が変わるかもしれないと期待する気持ちが残っていたせいかもしれない。

「それは……」
「俺も考えていたことだ。聞きたいか?」

 静かに投げられた問いに頷いていた。きっと聞けば私はそれを実行しようとするだろう。そんな予感に躊躇を感じたのは一瞬だった。私は迫りくる変化の波を感じながらヴォルフ様の話を聞いた。

 聞かされた話は思いがけないけれど確かに兄を当主から遠ざけながらもお義姉様の立場も守るものだった。これならお義姉様どころか我が家の名誉も守りつつ兄を排除できる。ただし、お義姉様がそれを是とするか私にはわからなかった。あの方は真面目で潔い人だからこんなやり方は好まないかもしれない。それに、彼女にとっての大切な権利を奪うことにもなってしまう。彼女の人生を変えてしまうだけに意見を聞かずに行うのは憚られた。

「心配するのは兄嫁のことか?」
「はい。確かにこのやり方なら兄を排除出来る上、お義姉様の立場は守られるでしょう。ですが……」
「そうだろうな。だから兄嫁を王都に呼ぶことにした」
「お義姉様を? では、さっきの話は……」
「母親と兄嫁がいないのは不自然だからだというのは嘘ではない。兄の嫁がいなければ不仲と捉えるだろう。そうなればギーゼン伯爵家との間にヒビが入るからな」

 それはそうだけど、この話を最初からするおつもりだったというの? 

「お前が嫌がるかと思って最後の手段だと思っていた。お前の実兄なのには変わりないからな。それにお前が兄嫁を慕っているのも聞いている。だから別の方法も考えてはいるが、そうなると簡単ではない」
「そう、ですか。私は……兄への情はありません。心配なのはお義姉様のことだけです。お義姉様がいいと仰るのなら……」

 だったら私は躊躇しないわ。私の手で兄を破滅に追い込んでもいいと思う。両親も姉も出来ないのなら妹の私がするべき事かもしれない。




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