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兄との再会
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一夜が明けた。姉が実は伯母の子でいとこだったという事実に驚きはしたけれど、落ち着いてくるとああそうだったのかと腑に落ちるものだった。どうしてこうも差別されるのかとずっと疑問だったけれど、そういう事情があったのならわからなくもな……いわけないわよ。
だって変じゃない? それで実子である私が冷遇されるなんておかしくない? 跡取りとして兄は必要だったけれど私は……ってこと? 母、つまりは伯母に似ていない私は視界にも入らなかったと? 意味がわからないわ……
初めて姉と話をしてみたいと思った。姉は知っていたのかしら? いえ、父にすり寄ってドレスだ何だと強請っていたから知らなかった可能性の方が高いと思うけれど。私なら知っていたら近付かないもの。父が気持ち悪い……
念のため一層の警護をお願いしたわ。こっちに矛先が来るとは思えないけれど生理的な恐怖を感じてしまったらダメだった。こうなると早くゾルガー邸に引っ越してしまいたい。
こんな家潰してしまった方が……と思わなくもないけれど、お義姉様のことを考えると躊躇してしまう。お義姉様には今までに何度も庇って貰った恩があるもの。我が家が没落したらお義姉様の先行きは暗い。男尊女卑の風潮が強いこの国では夫有責でも離婚した女性の未来は明るくないから。ヴォルフ様に頼めばいい再婚先が見つかるかもしれないけれど、それもお義姉様の気持ちも確かめてからよね。
それに古くからいる使用人たちのこともある。彼らは祖父母の代から仕えていて、首になるのを覚悟で私を庇い慰めてくれた人たち。年齢的にも体力的にも今から他家に仕えるのは難しいし、引退したら生活に困る者もいる。彼らのためにもこの家を残しておきたいのよね。
ヴォルフ様が我が家を訪ねてから七日目、もう直ぐゾルガー家に引っ越すという頃に兄が屋敷に到着した。今回は状況の説明に来たためか兄だけだった。領地には母と姉がいるから監視役のお義姉様を連れてくるわけにはいかないものね。
お義姉様には事情を手紙で送って、ゾルガー家の使用人たちと協力するようにお願いしてある。彼女はゾルガー家の力を理解していて姉たちのような勘違いを犯したりはしない常識人だから家族よりも信用出来る。聡明でしっかり者であの兄には勿体ない人なのだ。
「お兄様、お久しぶりです」
ゾルガー家から戻ると既に兄は到着していて夕食時に顔を合わせた。約一年ぶりかしら? 以前よりも日に焼けているけれど健康そうに見えないのはきっと目の下の隈の濃さのせいね。随分疲れているように見えるのはワインの件が関係しているのかしら。王都を離れて久しいせいか所作が随分荒く見えるわ。
「ああ、久しいな。何だ、その女は?」
口調まで粗野になってしまっている。その兄が視線を向けたのはマルガだった。彼女は毒見役として常に私の食事時には側に控えてくれている。
「彼女はヴォルフ様の部下で毒見役として側にいてくれる方です」
「はぁ? なんだそれは? 我が家を愚弄しているのか?」
母に似ているのに神経質に見える顔が歪んだ。父はこっちを見ようともしない。説明していなかったのね。
「私がこの家でどう扱われているかをお知りになったヴォルフ様が寄こして下さいましたの。お父様の許可は取ってありますから、異議がおありならお父様かヴォルフ様にどうぞ」
「な……! し、失礼ではないか。他家に干渉するなど」
「そうせざるを得ない状況だったのだから仕方ありませんわ」
兄は二年前から王都を離れていたから知らなかったのかもしれないけれど、私への態度がどんなものだったかはこれまでの態度で想像出来るでしょうに。
「生意気なことを言うな! おい女! 下がれ!」
兄がマルガに声を荒げると廊下にいたゾルガー家の騎士が中に入ってきた。
「な、何だ貴様たちは?! 勝手に入ってくるなど!!」
「お静かにお兄様。彼らは私を守るゾルガー家の騎士でヴォルフ様の命令しか聞きませんから怒鳴っても無駄ですわ。それにマルガはれっきとした伯爵令嬢、そのような物言いをしていい相手ではありませんわ」
「は、伯爵令嬢だと?」
「ええ。私に付けてくれた侍女は二人共そうです。護衛の方も皆様それなりの家の出でいらっしゃいますわ」
「な……!!」
驚きのせいか目も口も開いたまま固まったわ。食事中なのに行儀が悪いわよ。
「彼らはここで見聞きしたことの全てをヴォルフ様に報告するよう命じられています。それがどういう意味かをお考えの上でお話下さい」
そう言うとこちらを指さして口を開け閉めした。声が出ないのは驚き過ぎているせいかしら? 仕草が父にそっくりだわ。
「っ!! ち、父上!! こんな横暴を許してよろしいのですか!!」
私に何も言えなくなったと理解したのか今度は父に声をかけたけれど、父は何も言わずに食事を続けている。喋ればヴォルフ様に知られるものね。先日の訪問から父は少し変わったように見える。
「父上ッ!!」
「……食事中だぞ、静かにしろ」
再び上がった大きな声に父は表情も変えずそう答えた。
「しかし!!」
「……ゾルガー家を敵に回すような跡取りはいらない。文句があるなら今すぐ家を出ていけ」
「ち、父上っ?!」
まさかの父からの全否定に兄が悲鳴のような声を上げたわ。父が兄を突き放すようなことを言うのも初めてじゃないかしら。兄が呆然と父を見上げているけれど私もこれには驚いたわ。それだけ今回のワインの件は腹に据えかねているとか? だったらいい傾向かもしれない。当主の自覚が戻ってきたのかしら。
その後も父に何度も声をかけた兄だったけど、父は黙殺して食事を続けていたらようやく黙ったわ。嫡男だからと甘やかされて育ったからそんな風に言われるなんて思わなかったのでしょうね。出ていくなんて度胸、兄にはないもの。
重い空気の中で食事を終えて自室に戻った。兄一人が増えただけで食事の味まで落ちた気がするわ。
「マルガ、兄がごめんなさいね」
女性に居丈高な兄は大嫌いだけどあれでも身内なのよね。マルガには申し訳ことになってしまったわ。
「お気になさらないで下さい、イルーゼ様。そういう方だということはわかっていましたから?」
「わかっていた? 兄を知っているの?」
「ええ。レイモンド様は学園の一学年上でしたし、私の兄と同じ年でお噂はこれまでも……」
「……そうだったのね」
語尾が濁ったのは噂の内容がよくないってことね。父と同じく小心なのに威張りたがるし成績も中の中でパッとしなかった兄。そのせいか成績がいい女性を馬鹿にするようなことを口にしていたから女性からも人気がなかったわ。
それにしても兄は変わっていないわね。お義姉様の苦労が忍ばれるわ。幸いお義姉様の実家の方が家格も上で資産もある。それにあちらのお義父様は宰相府に、お義兄様は財務関係の部署にお勤めだから兄は頭が上がらないのだけど。お義姉様がしっかりした方でよかったわ。大人しい性格だったら心が病んだかもしれないもの。
「お兄様が来たってことは近々ゾルガー邸に伺うのよね。どう言い訳するのかしら?」
兄が勝手に変えた商会はあまりいい評判を聞かなかった。リーゼ様に手紙で尋ねたところ強引なやり方が目立ってあちこちでトラブルになっていると教えてくれたわ。それを兄は知らなかったのかしら? どこで目を付けられたのかわからないけれど、騙されたと思った方がよさそうよね。ワインの収入も落ちているようだし。
テーブルに置いてあった手紙を手に取った。お義姉様が使用人に極秘に送ってきたそれには、最近の兄の様子が記されていたわ。さすがはお義姉様、優秀だわ。そこにはこの一年間の兄とワインに関わることが細かく書かれていた。お義姉様も兄の行動を不審に思って何度か騙されていないかとさりげなく尋ねたけれど、女が口出しするなと言われてその懸念は通じなかったらしい。全く、お義姉様の懸念は当たっていたじゃないの。
だって変じゃない? それで実子である私が冷遇されるなんておかしくない? 跡取りとして兄は必要だったけれど私は……ってこと? 母、つまりは伯母に似ていない私は視界にも入らなかったと? 意味がわからないわ……
初めて姉と話をしてみたいと思った。姉は知っていたのかしら? いえ、父にすり寄ってドレスだ何だと強請っていたから知らなかった可能性の方が高いと思うけれど。私なら知っていたら近付かないもの。父が気持ち悪い……
念のため一層の警護をお願いしたわ。こっちに矛先が来るとは思えないけれど生理的な恐怖を感じてしまったらダメだった。こうなると早くゾルガー邸に引っ越してしまいたい。
こんな家潰してしまった方が……と思わなくもないけれど、お義姉様のことを考えると躊躇してしまう。お義姉様には今までに何度も庇って貰った恩があるもの。我が家が没落したらお義姉様の先行きは暗い。男尊女卑の風潮が強いこの国では夫有責でも離婚した女性の未来は明るくないから。ヴォルフ様に頼めばいい再婚先が見つかるかもしれないけれど、それもお義姉様の気持ちも確かめてからよね。
それに古くからいる使用人たちのこともある。彼らは祖父母の代から仕えていて、首になるのを覚悟で私を庇い慰めてくれた人たち。年齢的にも体力的にも今から他家に仕えるのは難しいし、引退したら生活に困る者もいる。彼らのためにもこの家を残しておきたいのよね。
ヴォルフ様が我が家を訪ねてから七日目、もう直ぐゾルガー家に引っ越すという頃に兄が屋敷に到着した。今回は状況の説明に来たためか兄だけだった。領地には母と姉がいるから監視役のお義姉様を連れてくるわけにはいかないものね。
お義姉様には事情を手紙で送って、ゾルガー家の使用人たちと協力するようにお願いしてある。彼女はゾルガー家の力を理解していて姉たちのような勘違いを犯したりはしない常識人だから家族よりも信用出来る。聡明でしっかり者であの兄には勿体ない人なのだ。
「お兄様、お久しぶりです」
ゾルガー家から戻ると既に兄は到着していて夕食時に顔を合わせた。約一年ぶりかしら? 以前よりも日に焼けているけれど健康そうに見えないのはきっと目の下の隈の濃さのせいね。随分疲れているように見えるのはワインの件が関係しているのかしら。王都を離れて久しいせいか所作が随分荒く見えるわ。
「ああ、久しいな。何だ、その女は?」
口調まで粗野になってしまっている。その兄が視線を向けたのはマルガだった。彼女は毒見役として常に私の食事時には側に控えてくれている。
「彼女はヴォルフ様の部下で毒見役として側にいてくれる方です」
「はぁ? なんだそれは? 我が家を愚弄しているのか?」
母に似ているのに神経質に見える顔が歪んだ。父はこっちを見ようともしない。説明していなかったのね。
「私がこの家でどう扱われているかをお知りになったヴォルフ様が寄こして下さいましたの。お父様の許可は取ってありますから、異議がおありならお父様かヴォルフ様にどうぞ」
「な……! し、失礼ではないか。他家に干渉するなど」
「そうせざるを得ない状況だったのだから仕方ありませんわ」
兄は二年前から王都を離れていたから知らなかったのかもしれないけれど、私への態度がどんなものだったかはこれまでの態度で想像出来るでしょうに。
「生意気なことを言うな! おい女! 下がれ!」
兄がマルガに声を荒げると廊下にいたゾルガー家の騎士が中に入ってきた。
「な、何だ貴様たちは?! 勝手に入ってくるなど!!」
「お静かにお兄様。彼らは私を守るゾルガー家の騎士でヴォルフ様の命令しか聞きませんから怒鳴っても無駄ですわ。それにマルガはれっきとした伯爵令嬢、そのような物言いをしていい相手ではありませんわ」
「は、伯爵令嬢だと?」
「ええ。私に付けてくれた侍女は二人共そうです。護衛の方も皆様それなりの家の出でいらっしゃいますわ」
「な……!!」
驚きのせいか目も口も開いたまま固まったわ。食事中なのに行儀が悪いわよ。
「彼らはここで見聞きしたことの全てをヴォルフ様に報告するよう命じられています。それがどういう意味かをお考えの上でお話下さい」
そう言うとこちらを指さして口を開け閉めした。声が出ないのは驚き過ぎているせいかしら? 仕草が父にそっくりだわ。
「っ!! ち、父上!! こんな横暴を許してよろしいのですか!!」
私に何も言えなくなったと理解したのか今度は父に声をかけたけれど、父は何も言わずに食事を続けている。喋ればヴォルフ様に知られるものね。先日の訪問から父は少し変わったように見える。
「父上ッ!!」
「……食事中だぞ、静かにしろ」
再び上がった大きな声に父は表情も変えずそう答えた。
「しかし!!」
「……ゾルガー家を敵に回すような跡取りはいらない。文句があるなら今すぐ家を出ていけ」
「ち、父上っ?!」
まさかの父からの全否定に兄が悲鳴のような声を上げたわ。父が兄を突き放すようなことを言うのも初めてじゃないかしら。兄が呆然と父を見上げているけれど私もこれには驚いたわ。それだけ今回のワインの件は腹に据えかねているとか? だったらいい傾向かもしれない。当主の自覚が戻ってきたのかしら。
その後も父に何度も声をかけた兄だったけど、父は黙殺して食事を続けていたらようやく黙ったわ。嫡男だからと甘やかされて育ったからそんな風に言われるなんて思わなかったのでしょうね。出ていくなんて度胸、兄にはないもの。
重い空気の中で食事を終えて自室に戻った。兄一人が増えただけで食事の味まで落ちた気がするわ。
「マルガ、兄がごめんなさいね」
女性に居丈高な兄は大嫌いだけどあれでも身内なのよね。マルガには申し訳ことになってしまったわ。
「お気になさらないで下さい、イルーゼ様。そういう方だということはわかっていましたから?」
「わかっていた? 兄を知っているの?」
「ええ。レイモンド様は学園の一学年上でしたし、私の兄と同じ年でお噂はこれまでも……」
「……そうだったのね」
語尾が濁ったのは噂の内容がよくないってことね。父と同じく小心なのに威張りたがるし成績も中の中でパッとしなかった兄。そのせいか成績がいい女性を馬鹿にするようなことを口にしていたから女性からも人気がなかったわ。
それにしても兄は変わっていないわね。お義姉様の苦労が忍ばれるわ。幸いお義姉様の実家の方が家格も上で資産もある。それにあちらのお義父様は宰相府に、お義兄様は財務関係の部署にお勤めだから兄は頭が上がらないのだけど。お義姉様がしっかりした方でよかったわ。大人しい性格だったら心が病んだかもしれないもの。
「お兄様が来たってことは近々ゾルガー邸に伺うのよね。どう言い訳するのかしら?」
兄が勝手に変えた商会はあまりいい評判を聞かなかった。リーゼ様に手紙で尋ねたところ強引なやり方が目立ってあちこちでトラブルになっていると教えてくれたわ。それを兄は知らなかったのかしら? どこで目を付けられたのかわからないけれど、騙されたと思った方がよさそうよね。ワインの収入も落ちているようだし。
テーブルに置いてあった手紙を手に取った。お義姉様が使用人に極秘に送ってきたそれには、最近の兄の様子が記されていたわ。さすがはお義姉様、優秀だわ。そこにはこの一年間の兄とワインに関わることが細かく書かれていた。お義姉様も兄の行動を不審に思って何度か騙されていないかとさりげなく尋ねたけれど、女が口出しするなと言われてその懸念は通じなかったらしい。全く、お義姉様の懸念は当たっていたじゃないの。
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