上 下
85 / 224

見つかった侍女

しおりを挟む
 三日後、ゾルガー家から帰宅した私にバナンが慌てた様子で話しかけてきた。

「カリーナが見つかった?」
「はい。騎士団が郊外の教会で見つけたと、昼過ぎに連絡が……」
「それでカリーナは? 無事なの?」
「特に怪我もなく無事だと。ただ……」

 ホッとしたのもつかの間、言い淀むバナンに不安という靄が下りてきた。

「何か、あったの?」
「……その、子どもが……」
「子ども?!」

 カリーナは全く想定していなかった状況にいた。彼女は町外れの教会に身を寄せていたけれど身籠っていたのだ。名前もリーナと名乗り、屋敷の主人の子を身籠ったが正妻が恐ろしい人なので逃げてきたと言って保護して貰っていた。この手の話はよくあることだからと教会も受け入れ、騎士団の捜索にもその様な人はいないと答えていたらしい。

「それで、その子供の父親って、もしかして……」
「旦那様のようです」

 あの生真面目なカリーナに限ってと思っていたし周りもそう思っていただけに驚きしかなかった。そういう事情があったから父は何も話さなかったのかしら? それとも彼女が身を引いて姿を消した?

「お父様は何と?」
「ご報告したのですが……わかったと仰ると暫く一人にして欲しいと……」
「はぁ?! 何よそれ?」

 呆れて……ってもう十分すぎるほど呆れているからその先はどう表現すればいいのかしら? こういう時は直ぐに使いをやって様子を確かめて、それから会いに行くとか迎える用意をするとかするものじゃないの? 姉の妊娠がわかってから一層腑抜けになっているわ。

「まだ誰も動いていないのね?」
「はい、旦那様が何も仰いませんので……」

 そうよね、当主が何も言わなかったらバナンだって動けないわよね。

「わかったわ、話を聞きに行く準備を。お父様の子なら保護しなきゃいけないからまずは確認が先よね。それとカリーナの気持ちを確認してくれる? ここに戻るのが不安なら別の家を用意するなりしなきゃいけないもの」
「かしこまりました」

 さっきよりも表情を明るくしてバナンが侍女を呼んだ。彼ももどかしかったのだろう。カリーナと仲がいい使用人がわからないから様子を見に行く人選はバナンに任せることにした。

「次はお父様ね。バナン、行くわよ」

 様子を見に行くにしても一応父の意見も聞かなきゃいけない。どうせ伺いを立てても無視されるか後にしろと言うだろうから突撃するわよ。

「お父様、いらっしゃいますの?!」

 部屋に入るとまたしてもカーテンを閉め切って暗かった。この部屋、一番日当たりがいいはずなのにキノコが生えてきそうなくらい暗くて湿っぽいのはどういうことなのよ。

「……イルーゼ、お前っ、また勝手に……」
「勝手もくそもありませんわ!! カリーナが見つかったそうではありませんか。どうして人を遣りもせず引き籠っていますの?」
「い、いや、しかし……」

 うじうじしている姿が苛々するわね。最近鬱憤が溜まっているせいかしら。慌てた様子の父を見たらちょっとだけすっきりした。

「それでお父様、カリーナのお腹の子の父親はお父様なのですね?」
「…………」

 真っ直ぐ目を見て尋ねたら口元をひきつらせたまま目を逸らされた。これはほぼ間違いなさそうね。

「お心当たりがおありなのですね。彼女はあの通りとても真面目ですから複数の男性と関係を持つなんてあり得ませんものね」
「…………」
「無言は肯定と受け取りますわよ」
「…………」

 返事がないってことはそういうことね。全く、いい年した大人がそっぽを向いて口をとがらせても可愛くないし、むしろ張り倒したくなるのだけど。こんな時くらい潔く出来ないのかしら。

「彼女の様子を見に行きます。よろしいですわね?」
「…………」

 返事がない。口が利けなくなったのかしら? まぁいいわ、返事がないし止めようともしないのだから是とするわよ。もう暗くなる時間帯だから明日になるけれど。

 その後バナンと相談して彼女と仲のいい侍女に話を聞きに行って貰うことにした。母が家にいないのは幸いだったかもしれない。いずれ話さないわけにはいかないけれど事情がはっきりするまでは邪魔されたくない。それにクラウス様の行方が分からない今は姉を一人にしたくないもの。

「それにしても……カリーナの子がお父様の子だとしたら、お父様、来年は子と孫が同時に出来るのね」

 子が生まれるのは喜ばしいことだけど、二人揃って訳ありだなんて頭が痛い。お義姉様の子だったらよかったのに、宿った命は姉が麻薬中毒と診断された頃に天に帰っていた。父はどうする気なのかしら? 自分の子だとカリーナが言ったら受け入れる? まさかやることやっていながら俺は知らないとか言い出さないでしょうね。そんなことをしたら二度とそんなこと出来ないようにしてやるんだから。



 翌日、カリーナと仲がいい侍女が郊外の教会に向かった。戻ってきたのは夕方近くで、夕食前にカリーナに侍女から話を聞いた。父に声をかけたけれど相変わらず引き籠っているので放っておくわ。

「カリーナは……子供の父親の名を頑なに言いませんでした。旦那様かと尋ねても首を横に振るばかりで……」
「そう」

 付き合いの長い同僚に心を痛めた侍女は涙ながらに彼女の状況を語ってくれた。生真面目なカリーナならそう言うかもしれないとの予感はあった。それでも仲がいい侍女なら本音を漏らしてくれるかと思ったのだけど。

「困ったわね。当事者が揃ってだんまりじゃ動けないわ」

 カリーナは母への忠誠心もあって否定しているのだろうか。彼女は元々母の実家の侍女でこの家に嫁ぐ前からの付き合いだもの。かと言って我が家の血を引いている可能性のある子を放っておくわけにもいかない。

「お嬢様、お子も今すぐ生まれるわけではありません。暫くは教会で預かって貰ってはいかがでしょう。子が出来たばかりでは環境を変えるのもよくないかもしれません。世話になるのでまずは食料や着替えなど必要な物を差し入れては?」
「そうね……二人の様子じゃ長期戦になるかもしれないし……」

 頭が痛いけれど父は相変わらず引き籠って何も言わないからどうしようもない。バナンが話をしに行ったら大人しく聞いていたらしいからカリーナのことは心配しているのだと思うけれど。というかそう思いたいわ。


 部屋に戻って今後のことを考えたけれど、二人の考えがわからないから何も決められない。お腹の子の父親が父だとの確証もないし……

「いっそ私が話を聞きに……」
「ダメですよ、イルーゼ様!」
「どうかご自重を」

 最後まで言い切る前にロッテやザーラに強く止められてしまった。変装して行けばわからないんじゃないかと思ったけれど、そういう油断が危険なのですとザーラに懇々と説かれてしまった。仕方がないので諦めて父を何とかすることにした。どうせ私に腹を立てても父が私をどうこうすることは出来ないもの。婚約を無しにされて困るのはこの家だし、ヴォルフ様も許さないと思うわ。多分……


 その翌々日の朝、ゾルガー家に行く時間になったけれど、私は侍女を連れて父の部屋の扉を開けた。

「お父様、失礼しますわ!!」
「な、何だ、イルーゼ?! お前、またっ……」
「皆、カーテンを、窓を開けて空気の入れ替えを! それから部屋の掃除を徹底的にして!」
「「「畏まりました!」」」

 もう何日も掃除をしていないとバナンが嘆くのでまずは父の部屋を徹底的に掃除をすることにした。こんなところで閉じ籠っていたって何も進まないし解決しないのよ。

「お父様は湯あみを! 大至急身支度をお願いしますわ」
「な、何を勝手に……」
「あら、よろしいのですか? 今からヴォルフ様がいらっしゃいますのに?」
「な、な、な……」
「さぁ、急いでくださいまし。まさかそのなりで人前に出ようなんてこと、ありませんよね?」

 顔を近づけてそう凄むと、かくかくとぎこちない動きで首を縦に振ったわ。ヴォルフ様はお忙しいのだからいらっしゃるまでには準備を終えて貰うわよ。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

年に一度の旦那様

五十嵐
恋愛
愛人が二人もいるノアへ嫁いだレイチェルは、領地の外れにある小さな邸に追いやられるも幸せな毎日を過ごしていた。ところが、それがそろそろ夫であるノアの思惑で潰えようとして… しかし、ぞんざいな扱いをしてきたノアと夫婦になることを避けたいレイチェルは執事であるロイの力を借りてそれを回避しようと…

【完結】お父様の再婚相手は美人様

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 シャルルの父親が子連れと再婚した!  二人は美人親子で、当主であるシャルルをあざ笑う。  でもこの国では、美人だけではどうにもなりませんよ。

離縁の脅威、恐怖の日々

月食ぱんな
恋愛
貴族同士は結婚して三年。二人の間に子が出来なければ離縁、もしくは夫が愛人を持つ事が許されている。そんな中、公爵家に嫁いで結婚四年目。二十歳になったリディアは子どもが出来す、離縁に怯えていた。夫であるフェリクスは昔と変わらず、リディアに優しく接してくれているように見える。けれど彼のちょっとした言動が、「完璧な妻ではない」と、まるで自分を責めているように思えてしまい、リディアはどんどん病んでいくのであった。題名はホラーですがほのぼのです。 ※物語の設定上、不妊に悩む女性に対し、心無い発言に思われる部分もあるかと思います。フィクションだと割り切ってお読み頂けると幸いです。 ※なろう様、ノベマ!様でも掲載中です。

舞台装置は壊れました。

ひづき
恋愛
公爵令嬢は予定通り婚約者から破棄を言い渡された。 婚約者の隣に平民上がりの聖女がいることも予定通り。 『お前は未来の国王と王妃を舞台に押し上げるための装置に過ぎん。それをゆめゆめ忘れるな』 全てはセイレーンの父と王妃の書いた台本の筋書き通り─── ※一部過激な単語や設定があるため、R15(保険)とさせて頂きます 2020/10/30 お気に入り登録者数50超え、ありがとうございます(((o(*゚▽゚*)o))) 2020/11/08 舞台装置は壊れました。の続編に当たる『不確定要素は壊れました。』を公開したので、そちらも宜しくお願いします。

妹に一度殺された。明日結婚するはずの死に戻り公爵令嬢は、もう二度と死にたくない。

たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
恋愛
婚約者アルフレッドとの結婚を明日に控えた、公爵令嬢のバレッタ。 しかしその夜、無惨にも殺害されてしまう。 それを指示したのは、妹であるエライザであった。 姉が幸せになることを憎んだのだ。 容姿が整っていることから皆や父に気に入られてきた妹と、 顔が醜いことから蔑まされてきた自分。 やっとそのしがらみから逃れられる、そう思った矢先の突然の死だった。 しかし、バレッタは甦る。死に戻りにより、殺される数時間前へと時間を遡ったのだ。 幸せな結婚式を迎えるため、己のこれまでを精算するため、バレッタは妹、協力者である父を捕まえ処罰するべく動き出す。 もう二度と死なない。 そう、心に決めて。

笑わない妻を娶りました

mios
恋愛
伯爵家嫡男であるスタン・タイロンは、伯爵家を継ぐ際に妻を娶ることにした。 同じ伯爵位で、友人であるオリバー・クレンズの従姉妹で笑わないことから氷の女神とも呼ばれているミスティア・ドゥーラ嬢。 彼女は美しく、スタンは一目惚れをし、トントン拍子に婚約・結婚することになったのだが。

一年後に離婚すると言われてから三年が経ちましたが、まだその気配はありません。

木山楽斗
恋愛
「君とは一年後に離婚するつもりだ」 結婚して早々、私は夫であるマグナスからそんなことを告げられた。 彼曰く、これは親に言われて仕方なくした結婚であり、義理を果たした後は自由な独り身に戻りたいらしい。 身勝手な要求ではあったが、その気持ちが理解できない訳ではなかった。私もまた、親に言われて結婚したからだ。 こうして私は、一年間の期限付きで夫婦生活を送ることになった。 マグナスは紳士的な人物であり、最初に言ってきた要求以外は良き夫であった。故に私は、それなりに楽しい生活を送ることができた。 「もう少し様子を見たいと思っている。流石に一年では両親も納得しそうにない」 一年が経った後、マグナスはそんなことを言ってきた。 それに関しては、私も納得した。彼の言う通り、流石に離婚までが早すぎると思ったからだ。 それから一年後も、マグナスは離婚の話をしなかった。まだ様子を見たいということなのだろう。 夫がいつ離婚を切り出してくるのか、そんなことを思いながら私は日々を過ごしている。今の所、その気配はまったくないのだが。

ボロボロになった心

空宇海
恋愛
付き合ってそろそろ3年の彼氏が居る 彼氏は浮気して謝っての繰り返し もう、私の心が限界だった。 心がボロボロで もう、疲れたよ… 彼のためにって思ってやってきたのに… それが、彼を苦しめてた。 だからさよなら… 私はまた、懲りずに新しい恋をした ※初めから書きなおしました。

処理中です...