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過保護が過ぎる

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 あまり眠れなかったけれど、それでも朝やって来る。朝日が目に眩しい。寝不足なのに妙に頭が冴えているのは昨日の出来事でまた興奮しているからかしら。殺される危険性を身近で感じてしまうと周りが敵に見えてくるものね。ヴォルフ様やフレディ様はいつもそんな風に感じながら暮らしているのかしら。

 ゾルガー邸に伺うとヴォルフ様は既に出かけていて不在だとティオに言われた。昨日のあの侍女は誰であの後どうなったのか、誰が依頼したのか、気になって仕方がないのだけど……

「昨夜はあまりお眠りになれなかったでしょう?」
「そうね。色々気になったわ」
「では今日の授業は休みにしましょう。旦那様からもそう言付かっています」

 そう言うとティオがお茶を淹れてくれた。確かに今日は何を聞いても頭に入らない気がするから助かったわ。

「せっかくですから年寄りの話相手をして頂いても?」

 最近ティオはそう言って私に色んな話をしてくれる。多くはヴォルフ様やゾルガー家に関することだけど、王家や他の貴族家に関わることもある。

「年寄りだなんて。ティオは背筋も真っ直ぐで私の父よりもずっと若々しく見えるわ」

 目の前でお茶を飲む姿は品があって父よりも当主らしく見えるわ。

「そう言って頂けると日々の鍛錬も無駄ではないと嬉しく思えます」
「やっぱり鍛錬しているのね。ここの使用人はみんなそうかもしれないって思っていたけれど」
「いつ何が起きるかわかりませんから。旦那様も生き残る可能性が上がるからと使用人には護身術を勧めて下さいます。それは女性もです。そのお陰か健康で長く勤める者が多いのです」

 ザーラやマルガが護身術の心得があるのはヴォルフ様の勧めがあったからなのね。私も習い始めたばかりだけど昨日のことを思うとずっと続けたいと思うし、生まれたら子どもにもさせたいわ。

「まずは旦那様からの伝言でございます。あの侍女は今朝騎士団に引き渡しました」
「騎士団に?」
「はい。あの後旦那様が尋問されて名と雇い主を吐きましたが、おそらくは偽名でしょう。雇い主も仲介者の一人にすぎないかと。通常は間に何人も仲介役を入れて依頼人に辿り着けないようにしますから」 
「やっぱりそういうものなのね」

 あんなことをしている人が正直に本名を言うとは思えないし、雇う方も自分に繋がらないよう対策を取るわよね。私だってそうするわ。

「この先の取り調べは騎士団が?」
「はい。こういうことは騎士団の方が慣れていますし情報も持っておりますから」

 確かにその方が効率的よね。個別に調べるのは限界はあるでしょうし。

「それにしてもヴォルフ様は器用でいらっしゃるのね。あんな小さなナイフを命中させるなんて」

 あれには驚いたわ。投げたことすらも気付かなかったもの。

「旦那様は幼い頃から命を狙われておりました。あれは自衛のために身につけざるを得なかったものでございます」

 ティオが眉を下げて悲しそうな表情を浮かべた。

「ヴォルフ様もそう仰っていたわ。お兄様は殺されてヴォルフ様もその時亡くなったことにされたと」
「左様でございます。その時から旦那様はご自身を守るために特別な鍛錬を受けて来られました。昨日あの者を退けられたのもその結果です」

 ヴォルフ様はあまりご自身のことを話さない。尋ねれば答えてくれるけれど、答えは簡潔でそこから会話が広がることもないわ。私への態度も年が離れているのもあってか部下と接するのと変わらないのよね。ティオは私たちの間を取り持とうとしてくれるのかヴォルフ様のことを教えてくれて彼から聞いた話の方がずっと多い。

「昨日の襲撃でお分りになられたとは思いますがどうか自重下さいますよう。旦那様もイルーゼ様が心安く過ごせるよう動いていらっしゃいますから」
「わかっているわ。婚約者に決まってからは外出も控えているし、お茶会の誘いもお断りしているわよ」

 本当は外に行きたいけれど、ヴォルフ様のお母様でもあるメリア様の話を聞くと躊躇ってしまう。お子が一人しかいなかった先代様は万が一を考えて第二夫人を分家から迎えられた。それがメリア様。でもその結婚は決して幸せなものでなかったという。常に命を狙われ三人のお子を産んだけれど生き残ったのはヴォルフ様お一人。ご自身もヴォルフ様を庇って亡くなられたと聞く。常に王女だった正妻の目を気にし、暗殺の不安に怯えながらの生活はどれほど不安で大変だったかしら。

「我々が命を懸けてお守り致します。ですからどうか今は我らに守られて下さい。旦那様の御母堂様の二の舞を演じることはいたしませんから」
「勿論よ。手間をかけるけれどお願いね」

 ティオが自分に言い聞かせるように、懇願するように言う。真剣な表情でそんな風に言われると何も言えない。ティオはメリア様が亡くなった経緯をご存じだから私のことも過剰なくらいに心配してくれるのでしょうね。勝手なことをして誰かがそれで傷つくならそんなこと出来ないわよ。その誰かには家族や友人もいるのだから。

 ティオが一番過保護だと思ったら侍女頭のスージーも同じかそれ以上だった。彼女は侍女になって初めて専属になったのがメリア様でとても慕っていたという。亡くなられた時は後を追おうと思ったと言っていたわ。この屋敷の使用人が過保護なのはそのためで、この屋敷の中は今も過去の悲しみに囚われているようにも見える。



 自邸に帰ると気が緩んだせいか眠気が襲ってきた。ロッテに頼んで湯あみの準備をしてもらい、夕食は自室に運んでもらった。今日は早めに寝るからとロッテを残してザーラたちも下がって貰ったわ。

「はぁ……」
「まぁ、イルーゼ様、随分盛大なため息ですわね」

 呆れたようにロッテが言うけれど、今の私は言葉にならないモヤモヤが溜まっていた。

「だって……息苦しいんだもの」
「息苦しいって……ゾルガー邸ですか?」

 ロッテが顔を近づけ声をひそめて聞いてきた。

「そう。守られてって言われるのがね。ちょっと度が過ぎているというか……」
「確かにそうですね。ティオさんなんか毎日言っていますよねぇ」
「ええ、心配してくれるのは有難いのだけど……さすがにちょっとね。卒業したら王都のカフェ巡りとか観劇とか楽しみにしていたのに……」

 大抵の令嬢は卒業すると一年を待たずに結婚する。そうなれば気軽に出歩くことも出来なくなるからと結婚までは羽を伸ばすのだ。周りもそれをわかっているから大目に見て貰える時期でもあるわ。私もそのつもりでエルマ様たちと色々計画していた。

「でも仕方ないですよ。昨日だって暗殺者に狙われたんですから」
「わかっているわよ。だから大人しくしているじゃない」

 心配してくれる気持ちは有難いし嬉しいけれど、時々息苦しいと思ってしまう。ランベルツの夜会の後は一層顕著になっているし。

「イルーゼ様は家でじっとしている方じゃありませんからねぇ」
「マヌエル様だったらこの状況を喜んだでしょうね」

 彼女は人見知りで社交が苦手だから苦にはならないでしょうね。物語と楽器と素敵な庭があれば幸せだって言っていたもの。

「ザーラたちもね。いい人だけどやっぱりあっち側の人だから監視されているって感じは抜けないし……」
「ああ、それはわかります」

 彼女たちが嫌いなわけじゃない。むしろ好ましいと思うわ。それでもロッテと違って本音を話せるかと問われると難しい。言ったことを報告されるから雑談一つも気を使う。ゾルガー家に関する愚痴なんか絶対に言えないし、友人や家族の裏話なんかも迂闊に出来ない。

「お嬢様、爆発する前にガス抜きして下さいね」
「わかっているわ」

 エルマ様たちを招いてお茶会をしようかしら。そうしたら少しは気も晴れるわよね。



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