あなたに愛や恋は求めません

灰銀猫

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それぞれの動機と行動とその結果

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 真夜中になっても王宮内は明るく人の往来が絶えることはない。それでも王族が暮らす奥宮は騎士らが見回りをする足音が響くほどの静寂に包まれていた。いつものように隠し通路から王太子の部屋へ向かう。この通路は王の部屋へも繋がっているが今は滅多に使うことはない。王太子が即位すれば出番もあるだろうか。

 寝室から居間に通じる扉を開けると、ソファで自ら酒を注ぐ王太子が見えた。俺に気付くと嬉しそうに笑顔を浮かべる。機嫌がいい。王女と毒虫に関する証拠を掴んだか。

「遅くに悪いね」
「そうだな」

 事実のまま返事をすると悲しそうな表情をする。何故だ? 実際悪いのは王女を野放しにしていたこいつであり王だろうに。ここ数日の忙しさを思うと王女の尻拭いは自分たちでやれと思ってしまう。それを言い出したら時間がいくらあっても足りないから言わないが。

「証拠は見つかったのか?」

 ソファに下ろすと酒を注いだグラスを渡してきた。口に含むと渋みが広がり思わず眉に力が入った。

「ごめんごめん。ケプラー産なんだ。ガウス産が手に入らなくてね」
「手に入らない?」

 どういうことだ? ガウス家にとってワインは大きな収入源で王家にも納められているものだ。王家に納めるのは最上の誉れとあの虚栄心の強い伯爵が自慢げに話していたのを見たことがある。不作でもないのに王家に入ってこないなどあり得ないだろう。

「最近納入量が減っているんだよ。イルーゼちゃんの実家だろう? 何か聞いていない?」
「特には」
「そっか」

 最近ガウス伯爵の動きがおかしい。以前はよく通っていた当主同士の集まりも殆ど顔を出さないという。姉のせいかと思っていたが、ガウス家の重要な収入源でもあるワインを納めないのは解せない。念のため調べるか。

「それで、わかったのか?」

 今日はその話で呼び出したんだろうに。仕事が残っているから早く帰りたい。

「うん。リシェルはあの夜会でフィリーネの麻薬中毒を暴露する気だったらしいよ」

 やはりそっちか。毒虫のことは知らないと叫んでいたから目的はイルーゼだと思っていたが。続けろとの意を込めて頷いた。

「毒虫はグレシウス人の侍女が用意していたよ。王宮に持ち込むと厄介だからフェルマー小伯爵夫人が預かっていた。リシェルが伯爵家で着替えた時に交換したんだけど……これはグレシウス人と小伯爵夫人が勝手にやったんだ。断罪されたイルーゼ嬢が毒虫で自死したと見せかけて殺す気だったみたいだね」
「だが俺が気付いた」
「そう。想定外だっただろうね。グレシウス人にとっては特にかな。あの毒虫は彼の国ではありふれたものだったから自殺に見せかけられると思っていたらしい。我が国では所持するだけでも厳罰なんだけど」

 グレシウスは薬―つまり毒に関して我が国より先を行っているが、その分違法な物も多く出回っていて規制が追い付かないと聞く。毒虫は彼の国の山に生息していて入手しやすいから我が国もそうだと思ったんだろう。

「王女らの独断か?」
「今そこを調べているけれど……夜会前にクラウスが領地に送られたんだ。領地に着いたら殺されると焦ったかな。この話を出してクラウスをもう一度取り調べる必要があると主張すれば延命出来ると思ったのかもね。ついでにイルーゼちゃんとガウス家を貶めればライバルは減るし、自分の株も上がる。こんなとこかなぁ」

 随分と稚拙だな。暴露すればクラウスは罪人として処刑されるだけ。そんな男を側に置いていた自分に火の粉がかかるとは思わないのか。それとも逃がす算段が出来ていたか? 

「夜会で暴露するように言ったのはお祖母様だったよ」
「王太后が?」
「お祖母様を監視する侍女の証言だから間違いないよ。お祖母様は夜会の断罪は物語でよくあるものだと言っていたらしいけど……」
「真意はわからず終いということか」
「そういうこと」

 たまたま思い付きで言ったのか、その時だけは意識がはっきりしていたのか……もうろくした年寄りは真面な時とそうでない時があると聞く。

「話は聞いたのか?」
「もちろん。でもダメだった。会話したことも覚えていなかったよ。不思議だよねぇ、昔のことはびっくりするくらい覚えているのに、最近のことの方が覚えていないなんて」

 そういうものだと話には聞いていたがそうなのか。厄介だな。誰かに唆されたとわかれば楽なんだが……

「ただ……」
「何だ?」
「二週間ほど前にミュンター前侯爵が見舞いに来ていたらしい」
「あの爺が?」
「お祖母様が呼ぶから時々来るんだよ。昔は仲良かったから」

 仲が良かったのではなく利用されていただけだろう。先王が馬鹿なことをしたのも王太后が一緒になってつまらんことを吹き込んだからだ。

「二度と近づけるな」
「分かってるって。いつも他愛もない昔話をしていたから侍女も見過ごしていたんだよ。昔流行った断罪劇を話題にしたのは前侯爵だ。昔のことだからお祖母様の意識に残ってリシェルに話したんだろうね。それで動いたリシェルが馬鹿なんだけど」

 戯言も数打てば当たると来るたびに種を蒔いていたんだろう。労力は小さいが芽を出して上手く育てれば役に立つかもしれない。

「それで?」
「……二人とも幽閉するよ。リシェルの婚姻もなし。あ、場所は別だよ。一緒に置いておけないからね」

 当然だ。一緒にするなら墓地にしろ。それなら許す。

「侍女らもね。グレシウス人は貴族籍があるからこっちで処罰出来ないし、強制送還するしかないけど。フェルマー伯爵家もどうしたものか……小夫人の暴走だけど、籍があるから無関係じゃないし……」
「嫡男は妻と一緒になって俺に不敬だと詰め寄って来たぞ」
「そっか、じゃ仕方ないね。当主夫婦と息子夫婦は追放、息子夫婦の子は……」
「いない」
「そっか、よかった。あとはこっちで次の当主を決めるよ。なるべく当主から遠い者にしよう。リシェルの取り巻きもかぁ。ああ、王家の威信がまた……」

 頭を抱えてしまったが、ちゃんと監視していなかったんだから仕方がない。グレシウスでの役目を放棄した王女などさっさと幽閉してしまえばよかったんだ。王太后は可哀相と言うが、だったら王妃のように強かに育てればよかったものを。あれも可哀相、これも気の毒と言って面倒事から遠ざけて育った結果がこれだ。

「やっぱりミュンター前侯爵かな……」

 王太子がワインをグラスに注ぎながら呟いた。先王の代に王家の力を取り戻そうと王に語り掛け、我が家の力を削ごうとしたが、それはミュンターが我が家に成り代わるための方便だった。あの男には残念なことに他の侯爵家がそれを許さず、先王の死と共にその力は急速に落ちたがまだ夢を見ているのか。それとも王太后と同じく昔の夢を見続けているだけか……常に疑われながらも決定的な証拠がなくて今まで来たところをみると、まだ頭は健在だと思って警戒すべきか。

「ブレッケルとミュンターの娘の婚約を白紙にしろ」
「ええっ?」
「あの爺の最後の拠り所はもうそれだけだ。婚約を考え直したいとブレッケルが言っていると噂を流すだけでもいい」
「……おびき出すのか?」

 不安そうな表情の中に期待する色があるな。弟から愚痴を聞かされているか。

「あれがのさばっていてはフレディの気苦労も終わらないからな。前よりも表情が出るようになったんだ。楽にしてやりたい」
「フレディには優しいんだな。その優しさを俺にも少し分けて……」
「お前は身内じゃない」
「そんなぁ……」
「だったらブレッケルを頼ればいい」

 情けない顔をするな、お前のことなど知ったことか。周りにいくらでも人がいるんだからそこから頼れる相手を見つければいいだろうに。同じ境遇がいいならブレッケルがいる。実弟だがあれは王位に興味なんかないだろう。

「出来たらやってるよ。でもエーリックとは気が合わないんだよ」

 そんなことまで俺に言われても困る。そもそも俺とだって気が合ったことなんかないだろうに。気が合うなら俺が今考えていることもわかりそうなものだが、帰れと言わないんだからな。



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