あなたに愛や恋は求めません【書籍化】

灰銀猫

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本気の恋?

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 その後姉は別人かと思うほどに話をしてくれた。こんなに長く姉と話したのは初めてじゃないかしら。箍が外れたのか牢行きが怖くなったのか、姉の口は想像以上に軽くなっていた。

「避妊薬、ですか」
「……そうよ」

 そっぽを向いて答えた姉だけど、一応純潔を失ったことを恥じる気持ちはあったらしい。意外なことに姉はハリマン様ではなくクラウス様に純潔を捧げていた。てっきりあの二人は最後までいっていると思っていたから驚いたわ。

「その避妊薬はどなたから?」
「クラウス様よ。よく効いて身体に負担もないからと。リシェル様もグレシウス国で使っていたものだって言われたから、だったら大丈夫だと思って……」

 ここでもまたリシェル様の名が出たけれど、避妊薬と言われてしまえば追及するのは難しいわね。相手は王族だからもし違ったら不敬罪に問われてこちらが牢屋行きだもの。しかもグレシウス国でも使っていたということはあちらの薬よね。厄介だわ。

 それからはどれくらいの頻度で飲んだかなどを詳しく尋ねて、ザーラに書き留めて貰った。これは後でヴォルフ様に報告しようと思ったから。何かの手掛かりになるかもしれないし、姉が薬だと信じて飲んでいたのなら罰は軽くなるかもしれないという打算もある。

「お金を持ち出していたのはその薬のためですの?」
「……そうよ。クラウス様が避妊薬を手に入れて下さるけど、俺が飲んだものじゃないから代金は払ってくれって……」

 そんなお金もケチるような男性のどこがいいのかしら? その前に誠実な男性なら結婚するまで純潔なんて奪わないけど。

「それでは……お姉様はハリマン様との婚約は白紙になさるおつもりですの?」

 あんなに真実の愛だとか言って盛り上がっていたのに、もう冷めてしまったのかしら。

「……そうよ。だって、あんなに勝手な人だと思わなかったもの。何をするにも自分優先だし、ダンスだってしょっちゅう足を踏まれるし……」

 あら、気づいてしまったのね。でも昔からそんな人だったのだけど。表面ばかり見ているからそんなことも気付けないのよ。

「それに……」
「それに?」

 まだあるのね。まぁ、言い出したらいくらでも出てくるとは思うけれど。

「あの人、僕は胸がある人がいいなんて言うのよ?! 信じられる? しかもよく見ていると女性の胸ばっかり見ているんだから!」

 ああ、なるほど……姉は胸がないことがコンプレックスだったものね。でも彼ってそういう人だったわよ。私の胸もしょっちゅう凝視していたし。あの視線が気持ち悪くて嫌だったから彼好みのレースやフリルで出来るだけ隠していたけど。

「それで今度はクラウス様と婚約を?」

 そう問いかけると姉は俯いてぎゅっと両手でシーツを握った。

「……それは、わからないわ……クラウス様は私を好きだと仰って下さるけれど……今まで婚約や結婚の話をしても……」

 はぐらかされて話が進まなかったのね。当代一の遊び人の唯一にはなれなかったと。

「そうでしたか。それで彼に純潔を?」
「え、ええ……だってそうしないと他の人のところに行ってしまうから……純潔を捧げれば、責任をとって貰えるかもって……」

 なるほど、最後の賭けに出たけれど不発だったのね。でも、クラウス様ってそう言う人だって噂は私でも知っているわよ。知っていてもそうせざるを得なかったってことは、姉は生まれて初めて本気の恋をしたのかもしれない。クラウス様にとっては姉などその他大勢の一人に過ぎなかったけれど。いつもチヤホヤされて追われる立場だったのに初めて追う立場になってのめり込んでしまったというところかしら? 純潔まで捧げたってことは本気だったのね。

「……ねぇ、イルーゼ……」
「はい?」

 姉に名を呼ばれたわ。それも酷く心細そうな声で。そんな姿を私に見せるなんて驚いたわ。

「……私は……どうなってしまうのかしら?」
「どうって……」

 急にそんなこと聞かれても私にだってわからないわ。処分を決めるのは私じゃないし私も処分を待つ方の身なのよ。それに婚約者がいながら他の男性と身体を重ねておいて今更何を言っているのよ。

「……や、やっぱり、私は終わりなのよ……クラウス様にも捨てられて……クラウス様……助けて……」

 私が呆気に取られている前で今度はさめざめと泣き出してしまった。あの気の強い姉が、私に弱みを見せるくらいなら死んだ方がマシだと叫びそうな姉が、私の前で泣くなんて……どうしたって言うの? それに泣きたいのはこっちなのだけど……

「イルーゼ様……」

 私が戸惑っていると姉付きの侍女が横から声をかけてきた。彼女は姉のお気に入りだけど私を敵視しない数少ない一人。

「そろそろお薬が切れたのでしょう。情緒が不安定なのは麻薬の影響だとお医者様も仰っていましたから」
「そ、そう」

 もしかして珍しく口が軽かったのはそのせい? でもそれなら納得だわ。あの姉が私に弱みにもなるようなことを言うはずがないもの。 

「お薬を飲んで少しお休みになった方がよろしいかと」
「そう、ね。お願い出来るかしら?」
「はい、お任せください」

 侍女の言う通りここは彼女に任せることにした。聞きたいことは聞けたし、今はこれ以上実のある話が聞けるとも思えないし。



 部屋に戻ってロッテにお茶を淹れて貰った。ザーラとマルガに向かいのソファに座って貰って先ほどの姉の話に付いてどう感じたかを聞いてみることにした。

「姉の言っていることは本当だと思う?」
「私は……嘘はないように感じました。辻褄は合いますし、フィリーネ様は良くも悪くも自分第一の方です。自ら麻薬に手を出すとは思えません」

 ザーラはそう思ったのね。私もおおむね同じ気持ちよ。麻薬の使用は厳罰だから姉がそんな危険なものに手を出すとは思えない。それに婦人病の薬と避妊薬、どっちもそうだと言われたら信じても仕方ないわ。その薬は飲んでしまった後だから手元にない。せめて予備でも残っていたらいいのに。

「マルガはどう思う? 婦人病の薬と避妊薬で中毒になると思う?」

 マルガは毒に詳しい。つまりそれは薬にも詳しいと言うこと。

「そうですね。どんな薬でも飲み過ぎれば中毒になります。症状は様々ですが……」
「どんな薬だったかはお姉様の症状からはわからないのかしら?」
「そこは何とも……そこはルーザー様が判断されるかと」
「ヴォルフ様が寄こして下さった先生ね」

 陰気な感じでヴォルフ様とは正反対の印象の方だったわ。ヴォルフ様に仕えている方なら優秀なのだろうけど、正直そんな風には見えなかった。

「はい。ルーザー様は昔王宮で薬師をされていた方ですので、見立てを間違うとは思えません」
「王宮の薬師?」
「はい」

 驚いたわ……そんな凄い経歴をお持ちだったなんて。私ったら失礼なことを思ってしまったわ。ダメね、見た目で判断するなんて。気を付けないと。

「例えば……リシェル様が麻薬を持ち込んでいる可能性は……」
「限りなく低いかと。王女殿下であれば持ち物は全て侍女が確かめるでしょう。ましてや他国で長年暮らして帰国された方ですから、王家も警戒はされているかと」

 そうよね、私たちもそうだけど王女であればもっと周りの目は厳しいから変なものは持ち込めないわ。行動だって見張られているも同然だから変わった物を手に入れようとしても見つかってしまうし。
 となると怪しいのは避妊薬? でも、クラウス様も子が出来たら困るでしょうしから避妊薬を麻薬にすり替えるなんて意味がないわよね。薬の正体が分かれば解決の糸口になるのでしょうけど、手に入らなければどうしようもない。何かいい手はないかしら。薬を手に入れられたらいいのだけど……




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