あなたに愛や恋は求めません

灰銀猫

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身勝手な元婚約者

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 フィリーネと出席した卒業生を祝う王家主催の夜会。私とガウス姉妹、フレディで婚約者の交換の話が出ていた。父もガウス伯爵も賛成し、後はゾルガー侯爵の了承を得るのみ。ゾルガー家とガウス家は政略で、フレディは姉妹どちらでも構わないように見えたのもあって私はフィリーネとともに出席した。

「ハリマン様、素敵なドレスをありがとうございます」

 目を潤ませ頬を薔薇色に染めたフィリーネが私を見上げて微笑んだ。儚げで可憐な姿は私好みそのままで、ドレスも彼女によく似合っていた。これまでも何度かイルーゼにドレスを贈ったけれど、可憐さよりも怜悧さが勝る彼女には私の好みのドレスは全く似合っておらず、礼は言うがあまり嬉しそうには見えなかった。これがフィリーネだったらよかったのにと何度思ったことだろう。だからフィリーネと参加した夜会はこれまでで一番心が躍った。

「まぁ、ハリマン様とフィリーネ様よ」
「美男美女でお似合いね」
「絵に残してしまいたい程素敵ね」

 会場に入ると若い令嬢たちがうっとりとした視線を向けてくる。そんな彼女たちに応えるように笑みを向けると黄色い悲鳴が上がった。我が国で最も麗しい一対とまで言われていた私たちは卒業生よりも注目を集めていた。なのに……

「ご覧になって! ゾルガー侯爵様が美しい女性とご一緒よ!」
「まぁ! あのデザインのドレスを難なく着こなされているなんて、羨ましいわ!」
「誰だ、あの艶めかしい美女は?」
「あれこそが真の美男美女だな」

 ゾルガー侯爵と踊っていたのは私の婚約者だったイルーゼだった。今まで見たこともない身体の線が出るドレスを纏う彼女は男たちの視線を釘付けにし、女たちの羨望を集めていた。ダンスも難なく踊っている。むしろ手本のように美しかった。私と踊る時はステップを踏み外していたのに……

「フィリーネ、どういうこと? イルーゼはフレディと婚約するのではなかったの?」

 実の姉なら知っているかと思ったが、フィリーネも知らないと言うばかりだった。彼女もイルーゼの相手はフレディだと思っていたと。いつの間にこうなったのか。
 侯爵と共にいる彼女はこれまでに見たことがないほどに魅力的だった。女性らしく出るところが出て引っ込むべきところが引っ込んでいる女性的な身体つきはフィリーネにはないものだった。あんな身体を隠していたのか? なんて女だ……

 しかも今、称賛の声は私たちではなくあの二人に向けられていた。大人っぽい美男美女はこれまで私たちが独占していた羨望を奪っていった。上質なドレスに包まれた艶めかしい身体が頭に焼きついて離れなかった。



「父上、どういうことですか?」

 夜会の翌日、父の執務室を訪れた。一晩経ったが彼女の姿がちらついて離れない。イルーゼの婚約者がゾルガー侯爵なのも気に食わなかった。そんなことになったら彼女はすぐにゾルガー侯爵夫人になってしまう。これまで彼女よりもフィリーネを優先して蔑ろにしてきたから、そうなった時彼女がどう行動するか……可愛げのない性格なだけに自分が優位に立ったと見下してくるような気がした。それも甘受し難かった。

「どうもこうも、私も昨夜会場で陛下とゾルガー侯爵に呼ばれたんだ」
「会場で? 陛下も?」
「ああ。侯爵は領地で起きた災害の対応をしていらっしゃったんだ。婚約者交換の話もそのために遅れていた」

 何だって。中々話が進まなかったのはそのせいだったのか? 領地など部下に任せてしまえばいいものを……

「仕方なかろう。領地と領民は貴族にとっての財産だ。自ら先頭に立って指揮を取られるとは侯爵はいい領主でいらっしゃる」

 父上はそう言ったけれど、自ら出ていく必要などないだろうに。何のために家令や使用人がいると思っているのだろうか。

「どうして侯爵なのです? フレディがイルーゼの婚約者になるのではなかったのですか?」
「それは私にもわからないよ。でもイルーゼ嬢のことはもう関係ないだろう? お前はフィリーネ嬢との婚約を望んでいたんだから。念願叶ってよかったじゃないか」
「それはそうですが……」

 父上はわかっていない。イルーゼが侯爵と結婚したらどんな行動に出るかわかったもんじゃない。それに子爵令嬢に横恋慕しているフレディと結婚しても相手にされないのは目に見えていた。きっと寂しいだろうから慰めてやってもいいと思っていたのに……
 侯爵は私よりも権力も金もあるし……背も高い。そんな相手にあの身体を好き勝手されるのかと思うと言いようのない腹立たしさが募った。こんなことならさっさと手を出しておけばよかった。私にだって人並みの欲はある。周りが私に品行方正な王子像を求めるから表には決して出さなかったが。

「それよりも婚姻式はどうする? イルーゼ嬢のをそのまま使うのか?」
「え、ええ。そうしないと時間がかかるでしょう?」
「ああ。卒業後は婚姻式が続く。招待客の都合を考えるとそのまま使った方がいいだろう? フィリーネ嬢もとっくに卒業しているのだし」

 そうだ、フィリーネ相手ならもう結婚出来ていた。お互い婚約者が年下だから卒業を待っていたんだから。

「ドレスはどうする? イルーゼ嬢のものはフィリーネ嬢には合わないだろう? 作り直すなら早く手配しなければ」
「そう、ですね」

 そうだった。フィリーネとイルーゼは姉妹なのに体格は全く違う。フィリーネのいいところは背が低いところだけど、こう言っちゃなんだが寸胴で凹凸がない。そうか……あの身体を抱くのか……それを想像したら何だか凄く残念な気分になった。はぁ、背が低くて身体の凹凸がある令嬢っていないんだよな……せめてもう少し胸があったらよかったのに……

「それと、領地経営はフィリーネ嬢がしてくれるのか?」
「え?」
「え、じゃないだろう? イルーゼ嬢は領地経営をやってみたいと言っていたじゃないか。その為に彼女は淑女科なのに領地経営の特別授業を受けていただろう? フィリーネ嬢がやるなら任せてもいいが、実際のところどうなのだ?」
「さ、さぁ……でも彼女はゾルガー侯爵夫人として侯爵家で教育を受けていたと聞きます。それくらいは出来るのでは……」

 フィリーネは次期侯爵夫人として婚約が決まってから学んでいると言っていた。侯爵家で行われる授業が厳しくて大変だとも。だったら公爵家の領地経営も大丈夫じゃないのか? 侯爵家の領地はうちの何倍もあるのだから。

「彼女がやりたいと言うのなら止めはしないが、やらないのならハリマン、お前がしっかりやるんだ。私はまだ隠棲は考えていないが、家は領地も小さいし産業も何もない。気を抜けばあっという間に没落してしまうからな」
「はい……」

 そんなことは昔から鬱陶しいくらい聞いているからわかっている。だけど父上は王弟で私は陛下の甥なんだ。そこまで働く必要はないだろうに。これもイルーゼが賢しらなことを言っていたせいだ。あの身体は惜しいがやっぱりフィリーネを選んで正解だった。



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